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天才の弟  作者:
55/81

55 偶然、いや必然

 自分の顔を見つめた。これはどうやったって、絵を楽しんでいるようには見えなかった。

「あー……」

 オレは美術室で寝転んだ。…………もう、帰りたい。いや、帰りたくはない。でも、眠りについて、そのまま……楽になりたい。何にも縛られてないくせに、何から逃げるの。楽になんてなれるの。おまえは馬鹿なのか。ーー馬鹿なんだ、オレは。



 気持ちは乗らなかった。ずっと。描かなきゃって描くけど、なんか違うを繰り返して。おおかた、完成したから16時過ぎの土曜、オレは学校を出た。締め切り延ばしの最大の明日。オレは明日のオレに任せた。……だって、もう疲れたんだ。

 土曜のせいか、電車はかなりスカスカで座れた。

 ぼーっと窓の外を眺めた。止めどなく動き続ける視界。こうやって見ると緑ばっかで田舎だな。でも、だから落ち着く。

「間もなくー□□、□□に着きます。降り口は左側ーお降りの方はドア横のボタンを押してお降りください」

 まだ自分の駅ではない。いつも利用客が多い駅。まだ降りる駅の1個前。

 そこに映った。

「……えっ」

 オレは考えるより先に電車を降りた。

 なんで、いる。

 特に用事もないくせに会いたくて、降りた。心臓が締まって、緊張して、でも後戻りはできない。

「先輩っ」

「え、あ、尚!奇遇ー」

 ぱっと先輩は嬉しそうにこちらを見た。私服の先輩。何気に初めてな気がする。

「なんでいるんですか」

 オレはとにかく気になったことを聞いた。聞いた後で思い当たることもあった。聞かなきゃよかったか。

「あー、と、友達とご飯食べて、遊んで……?」

 案の定、先輩は目を泳がせながらそう言った。嘘だな。それを証拠付けるように、そばには他人と思しきおばあさんがいた。

「そうですか」

 信じたふりだけして、オレはそれとなくおばあさんの方に視線を移す。察しのいい先輩なら説明してくれるだろう。

「あ、そうだ。おばあさん、上り列車は向かいの乗り場まで行かなきゃだから、階段使うの」

 先輩はオレにちらっと視線を送りながら、おばあさんに話しかける。やっぱ、そういうことだよな。

「そうなのかい」

「うん。あ、よかったら荷物持たせてくれませんか?今、手持ち無沙汰なので」

「えぇ?ありがとう、お嬢ちゃん」

「全然。やりたかっただけなので」

 そこにはいつも通りの穏やかに笑う先輩がいた。



「ふたりは付き合うてんの?」

「あー……師弟関係です!」

「え?いや、違いますよ。先輩です、学校の」

「あらあら。仲が良いのね」

「それはもちろん」

 反対側のホームに移動して、オレたちは並んだ椅子に腰掛けた。おばあさんは終始微笑んでいた。

「おばあさん、この荷物……」

 先輩が何かに気付いたらしい。オレも軽く覗き込む。……花だ。

「あぁそうそう。綺麗でしょう、その花」

「はい」

 オレも先輩に続き頷く。

「その花、この駅の近くの花屋でねぇ買ったの。昔はこの辺に住んでたから懐かしくて」

「へぇ……」

「でも……花束?」

 紙袋に入っているのは紛れもなく花束で、それもかなり大きいように思えた。……花とか、なかなか買わないからよくわからんけども。

「娘に、あぁ、娘がおってな、渡そうと思うたんよ。お父さんにはちゃんとお礼とか言えんまま、亡くなってしもうたから、せめて娘にはって」

 おばあさんのその言葉で空気が少し緊張を孕んだのがわかった。視界に映った先輩は、戸惑いを隠すように薄く微笑んでいた。

「そうなんですね……」

「そうなの。いい歳だからねぇ、言いたいことはもう照れたりしないで言うことにしたの」

 ふふふ、と穏やかにおばあさんは笑った。……この笑顔は先輩が守ったんだろうな。

「……おふたりさんは、花って好き?」

「あー、たぶん好きです。尚は?」

「どちらかと言えば、好き?ですかね」

 オレは自分の記憶を辿りながら言った。嫌いではない。まぁ、好きということにしよう。

「あら、いいわねぇ。わたしなんてもう、花を好きだなんて思えたの、歳老いてからよ」

「え、そうなんですか?でもさっき懐かしいって……」

「それはねぇ、あそこの店員さんが好きだったからよ」

 ……そうか。そういうこともあるのか。

「いいですね、青春みたいな」

 先輩は遠くを見ながらそう言った。

「そんないいものじゃなかった気もするけどねぇ。でも、今でも覚えてるぐらい、大きな思い出だったのかもしれないわ」

 懐かしむようにおばあさんは目を細めた。……なんだか儚い。今のこの状況もおばあさんのように、懐かしむ日が来るんだろうか。

「あら、電車ね」

「あ、ほんとだ」

 電車の姿がもう見える。意外と早かった。

「人生の先輩から一つ言ってもいいかしら」

「え……はい」

 先輩と顔を見合わせて頷く。

「花はいつか枯れるけど、そこにあった事実はずっと変わらないの。だからね、何か辛くなっても、思い出にしたらいいの。歳とったときにはね、きっと思い出になるものばかりだから気にしなくていいのよ」

「…………」

 年の功と言うのだろうか。なかなか年上、しかもかなりの年上の人から話を聞く機会ってなかなかないから、刺さるものがあるというか。

「何か、やらかすぐらいが丁度いいわ」

 ありがとねぇ、と言い、おばあさんは電車に乗り込んだ。そして、ゆっくりと手を振った。

 先輩とふたりで電車を見送る。

 ーー何か、やらかすぐらい。

 思い出にできるほどの出来事を自分ができる自信がなかった。やらかす、なんてオレは綺麗なレール、走ってんだから……いや、歩いているんだから、そう簡単にできないだろう。

 つまらない人間だ。

「尚、帰ろうか」

「あ、はい」

 やんなきゃなんないのは、とにかく絵を終わらすことだ。

 明日には終わらせなければ。でも、明日になれば解放される。それこそ楽になれる。

 ……あれ?オレが絵を描くのをやめたら、先輩はいなくなるんだろうか。

 そう、だよな。初めて会ったときも、オレの絵が好きとかなんとか。ーーあ。

 先輩はオレが遭う悪い出来事から守るために、オレと接触してきたのかもしれない。今さらその可能性に気がついた。……いや、でもおかしい。突発的な事故ならこんな前々からオレと関わる必要はないはずだ。たまたま通りがかって危なかったから、とか。そんなふうにできるはずだ。だとしたら……もう知らない間に先輩に守られていたんだろうか。……それなら尚更、オレと一緒にいる必要、どこにもないじゃん。

 

 じゃあ、この関係ってなに?


 オレの一方通行の感情だったのだろうか。オレばっか勝手に盛り上がって、それでいつの間にか終わるのか。…………そうか。そうなのか。

 手を握れば握り返してもらえるような関係には、どうやったって届かないのか。

 一緒にいる必要がないなら、傷つける傷つけないどうこうの話じゃなくて、もう離れてしまえばいい。それがきっといい。

 ……あぁ、寒い。寒い。マフラーに顔を埋めた。

いつも読んでくれてる方、感謝でいっぱいです。気づけば50エピソード超えてるっていう事実に驚きです。何卒、よろしくお願いします!

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