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天才の弟  作者:
54/81

54 もやもや

 あれから、先輩と連絡を取ったのは年明けちょうど12時だった。

『明けましておめでとー!今年もよろしく〜』

 確かそんな内容だった。オレもそれにつづいて、明けましておめでとうございます、とか返したと思う。

 そっからはスタンプの送り合いでいつの間にか終わって、今日一週間ぶりぐらいに先輩に会う。会いたいけど、なんか緊張して胃のあたりがぐるぐるしてる。なんならちょっと吐きそう。

 ……なんでかな、こんな緊張すんの。

 オレは靴箱で先輩を待った。

 先輩とはほぼ連絡を取ってなかったけど、河原さんとはご飯を食べに行った日から、中身のない話を時々ラ○ンで話してる。今日大掃除してたらデカいゴキブリの死骸出てきたとか、宿題をしない理由の正当化を真剣に考えてたり。素の河原さんと会話をしている。河原さんから連絡がきて、会話が始まる感じ。いかにも友達って感じになってる。気まずくはならないっていうね。謎。

「あ、尚!」

「あ」

 先輩が早足で駆け寄ってくる。あんなに緊張していたのが嘘みたいにオレの口元は緩んでいた。

「明けましておめでとー」

「明けましておめでとうございます」

 嬉しいんだ、オレ。ただどうしようもなく彼女が好きなのは確かなんだ。それが付き合うどうこうの話に繋げられなくても、好きなものは好きで、きっとこれから先も会えるだけでも嬉しいんだろう。

「今年もよろしく」

「はい、よろしくお願いします」

 当たり前みたいに微笑む彼女にオレも笑い返した。

 遠いかもしれない。でも、オレと近しいかもしれない人間もいると感じると、先輩と歩くのも前よりは気が楽かもしれない。

 口角が上がってるのを自覚した。そしてーーなぜかあの日の先輩の言葉を思い出してしまった。


 大抵明日は来るから、それが何回も続いて、何年か経ったときに、空っぽな自分に気づくのがこわい。


 忘れかけていた。

 あんなにも衝撃的だと感じたはずだったのに。

 オレは先輩を傷つけないようにするんだ。しなきゃいけない。気を遣ってもらうばかりの今を変えないと。

 そう考えるといつも通りなんて駄目で。

 オレは不自然な笑い方しかできなかった。



 そういう日が何日か続いて、気づけば絵の締め切り前日になっていた。

 先輩は何かを言ってくることもなく、ただいつも通りに接していた。

 ……にしても、間に合わない。

「先生」

「あれ、今日はこっち?」

「あ、はい。じゃなくて」

「どうしたの」

「締め切りって延ばしたら最大いつまでですか」

 先生は驚いたように目を丸くし、指を折って考え始めた。

「そうだなぁ。業者に渡すのが火曜日になってるから、月曜……と言いたいところだけど、油絵はなかなか乾かないからできれば1日延ばしの土曜、11日。最大でも日曜かな」

「……わかりました」

「あとどれぐらいで完成?」

 先生は手元にある何かの資料に目を落としながら聞いた。あと、どれぐらい。こっちが聞きたい。

「そうですね……わかりません。けど、日曜までにはどうにかします」

「そっか。じゃ頑張って」

「はい」

 美術準備室を出て隣の美術室に入り、 キャンバスや絵の具やなんやらを準備する。

 今日が9日。もう年明けの授業も始まって、今日明日の絵を描ける時間は2時間やそこらだ。急げ。そう思うけど、どう急いだらいいのかわからず、ただ絵の具をいつも通り出して筆を握って、自分の絵を眺めていた。

 ……やっぱり、何かが違う気がする。

 十分に綺麗だ、と思う。でもあと一つ。もう一つ足りないような。

 モノクロに抜き出すところは大まかには終わった……が、若干明度が高すぎる気がする。

 ……塗り直すか。

 白の絵の具をごそっとつけ、黒も少しだけつける。いや、もうちょいか。

「………………」

 描きたい。……気がする。でも絵を描くオレの顔はどうだろうか。笑っているだろうか。

 いや、どうでもいいか。

 今、ここには先輩がいない。

 どうやら完成形は美術館で初めて見たいらしい。

 オレは、えぇ……と思いながらそのまま受け入れた。嬉しかった。でもちょっとこわかった。もっと言えばそれと同じくらい自信があった。

 だって、ちょっと異色な絵になりそうな気がしたから。

 でも、まぁ……どうだろうな。

 キャンバスから顔を上げる。時間は17時過ぎ。まだ時間はある。

 美術室の棚は、透明のアクリル板の扉がある。そこに映っていたのは紛れもなくオレでーー薄ら笑いを浮かべていた。

ちょっとだけ時間とか表現を編集しました。特に大きくは変わらないので、気にしないでください。


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