53 近い人、遠い人
「付き合ってみない?」
「…………はっ?」
いや、まさか。
掻き消したはずの可能性が全然当たっていたことに驚く。と同時に嬉しい、という感情も浮かぶ。心臓が弾む。でも、嫌な音で鳴っているのは気の所為ではないんだろう。
「ね、どう?」
「…………」
「やっぱり先輩がいい?」
「…………」
オレは答えなかった。なんで、も何もない。オレ自身、わからないことだ。先輩が好きだけど、どうこうなりたいとは今のオレには思えなかった。オレとはかけ離れた先輩と、うまく隣を歩ける気がしなかった。
「……でも、そんなに違うかな」
「え?」
突然彼女の吐いた言葉になにか、尖ったなにかが見えた気がして、ただ間抜けに聞き返した。
「たかが高校生のときに付き合う相手なのに、私じゃ駄目かな?」
意外だ。そういうことを言ってしまえる人だったのか。その事実になにより驚いた。
「…………」
「草間くん?」
「悪癖だな」
「……え?」
「オレと付き合いたいってんならわかるだろ?オレの気持ちわかってて、言うってさ、君の、オレの嫌がること、あるいは仮にも君の好きな奴の嫌がることをするというのは悪癖だ」
キツくなりすぎないように言う。いやもっと強く言う方がいいのだろうか。いや、まぁうん。
「…………」
「……見る目、ないね」
「え?」
「見る目ないよ、河原さん。オレはこういう人間なんだから」
オレは自嘲的な笑みを浮かべ、畳み掛けるようにそう言った。
「…………」
「…………」
「ふっあははははっ」
状況を飲み込めなかった。突然の笑い声にオレはただアホ面をしていたと思う。
ーー笑っていたのは河原さんだった。
何がおかしいのか、めちゃくちゃに笑う。涙さえ滲ませて。どこに笑う要素があった?オレはただ……。
「な、え?」
「あーはは。想定以上だよ、まったく」
「は?」
「君は、優しすぎるね」
キャラの変わりようにもそうだが、 その言葉にオレは目を見開いた。
……優しい?なぜ今のやり取りからそう解釈されるんだ。
「……なにが?」
オレはとぼけてみせた。河原さんの返答を待つ。
「草間くんは、ほんとは誰より優しい人なんだね」
「だから、なにが?」
「とぼけなくていいよ。私をわざと傷つけて、草間くんを嫌いになるようにしたんでしょ?」
「…………」
オレは答えなかった。なんか、負けるような気がして。
「わかるよ、それぐらい。私は君とは違うけど……私は、偽善者だから」
おかしそうに笑っていたのに、今は寂しげに微笑んでいた。……既視感を感じる。
頭に浮かぶのはいつかの先輩の顔だ。薄く微笑んでいた、あの顔。あのとき、なんの話をしていたんだっけ。まぁどうでもいいか。
「オレは……本当に、優しくなんかないよ」
確かに、彼女の言ったことは図星だった。ヘンに期待を持たせるより嫌いになられたほうがずっと、彼女にとって良い。ーーオレにとっては楽だから。
酷い奴に見せかけて、優しい奴で、やっぱり酷い奴。それがオレだ。
自分の欲に気付くことすらできず、ただ大事なものに傷をつける。だから、優しいなんて、河原さんが勝手に作り出した幻想だ。
「……やっぱり、私達、似通ってない?」
「ーーえ?」
何を言い出したんだ?この人は。
「私は今を器用に生きるために、嘘の言葉を吐いて、それなりに生きてる。草間くんもそれが優しさじゃないって言うなら、同じようなことじゃないの?」
「……そう、かもね」
オレは曖昧に頷いた。とりあえずわかること。今までオレが見てきた彼女は、素の彼女ではなかったということだ。
「だから……って違うけど、ちょっとごめん。私、草間くんが本当に好きなのかわからないまま、付き合ってって言った。…………試したかったの。草間くんは、どこまで優しい人間なのか。なんとなく似てる気もしたし、全然違う人間な気もしてて。好きかわからないって言ったけど、少なくとも草間くんに興味はあったからさ。ごめん」
「いいよ。……結果的にはその方が楽だし」
「そう……でも、結構好感度上がってるんだ、今」
「え?なんで」
「草間くん、私と近い人間な気がして」
オレはその言葉をちゃんと理解出来ないまま、視線を落とした。…………あ。
「てか、それが河原さんの素?」
「ん?あぁ、そうそう。普段は所謂『いい子』を演じてるから」
「すごいな、疲れないわけ?」
「もう、わかんない。素の方が楽なのは楽だけど、嫌われるんじゃないか、とか考えなくていいからどっちもどっちかな」
「へぇ……なんでオレには素を見せたの」
「だって……あんなヘタな演技見せてくれたんだから、もう隠す気力なかったよ」
「ヘタ……?なのか?」
「どうだろ。なんとなく優しい人なんだろうなって思ってたから。……優しくないとか言ってたけどさ、相手がそれを優しさだと受け取るなら、裏で何を考えてても優しさでいいと思うよ」
「……ありがとう」
「お礼言われるようなこと言ってないけど。ていうか、私怒られる側じゃないの?」
河原さんは驚きながら、笑っていた。なんと言えばいいのか。オレも河原さんの好感度は少し上がっていた。近い人間な気がする、というのは案外外れていないのかもしれない。




