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天才の弟  作者:
50/81

50 違う、何もかも。

「……オレは…………」

 オレは無意識に筆を強く握りしめていた。何を思って?何のために?先輩が言っていたように、やんなきゃいけないから、じゃないのか?

 でも、どうしてやらなきゃいけない?世の中には勉強なんかしなくたってできる仕事が溢れている。……だったら、やる必要なんて……初めからないんじゃないか?

 なりたいものがあるなら話は別だ。なりたいもの。……頭に画家。そう浮かんで、消えた。

 オレにはなりたいものなんか、ない。ないんだ。

「尚?」

 先輩に名前を呼ばれた。その戸惑った表情から、オレは心配させているとやっと気づいた。

「強いて言うなら、自分の価値を下げないためですかね」

 その心配をふき飛ばすように、オレは慌てて言葉を発する。でも、すんなり出てきた自分の言葉に驚きながら納得した。

 オレは自分の価値を下げないように勉強している。もっと言えば、兄に負けないように。……これ以上、見離されないように。

 だから勉強する。

 ……………………それなのに。

 母親に否定されても、それでも、オレは絵を描く。

 これも母親以外の誰かに認められるようにやっているんだろうか。自分を肯定するためにやっているんだろうか。

 ……気持ち悪い。承認欲求モンスター。自己肯定感ごみ。消えたい。殺してくれ。気持ち悪いんだよ。

 ………………消えてくれ。

 消えてくれってば。なんなん?まじで。

 浮かぶ言葉全てが不快で仕方ない。

 オレって拗らせまくった、ただの承認欲求高くて気持ち悪い奴じゃん。

 自己肯定感低くて許されるのは、もっと根っこが綺麗な奴。愛される資格のある奴。

 こんなどろどろの感情でぐっちゃぐっちゃなオレなんかではない。オレじゃないんだよ。

 誰も、オレを好きになったりしない。……愛したりしないんだよ。

 ーーあー気持ち悪い。吐き気がする。

 そんなオレの隣で先輩は黙ったまま、座っていた。



 オレは黙ったまま。先輩も黙ったまま。

 ただ、静かに時間を過ごした。何をするでもなく。6時が来たらなんとなく片付け始めて。それを気まずいだとか、そういう感情はなく、ただそれ以外に行動の余地がないかのように、迷うことなくそう行動した。

「私ね」

 帰り。校門を出て先輩は話し始めた。オレは黙って次の言葉を待つ。

「さっきの話。なんで勉強するのかってやつ、考えたんだけど」

 オレは頷いた。

「私は、みんなが知ってることを自分だけが知らないことがこわい。みんなができることを自分だけができないのがこわい。明日死ぬならどうだっていいけど……大抵明日は来るから、それが何回も続いて、何年か経ったときに、空っぽな自分に気づくのがこわい。…………から、私は勉強してる。わかりやすく知識として蓄えられるから」

 オレは口を開け、固まってしまった。一つ一つオレのために丁寧に紡がれる言葉たちが、消えてしまうのがどうも納得できなかった。

 どの言葉も落とさないように、せめてオレの頭の中でだけは……。そう思うけど、さっき聞いた言葉がもう既に形を変えつつある。


 明日死ぬかもしれないなら、全部無駄じゃん。


 オレはそう考えて、毎日無意味に過ごしていた。頭の片隅でその考えを信仰して、日々を浪費していた。

 ……でも、ちげぇのか。

 明日死ぬかもしれないって、そんなの、まやかしだ。一日一日を大事にしろって、そういう意味で明日死ぬかもしれないから後悔しないよう、過ごせって。

 オレは、目先のことしか考えられないぐらいの馬鹿だってことか。

 ……あぁ、なんて、なんて、素晴らしい人だ。オレには真似できない。一瞬でも、似てるだなんて思うのは失礼が過ぎる。『オレも』だなんて言葉、簡単に使っちゃいけない相手だった。

 救われるのは彼女だからだ。彼女が立派だからだ。彼女が優しいからだ。彼女が……オレなんかを大事にするから。

 勘違いクソ野郎を生み出しかねない、危なっかしい奴。でもそれをやめられないのもまた、先輩なんだろう。

 明日を生きるなら。これから先、明日があるかもしれないなら。先輩の言うように、空っぽに気づく前に手を打つのが最適解だろう。それができるかは、また別の話だが。

 ……あと、もう一つ。先輩を傷つけないようにしよう。今更、何言ってんだって話かもしれないが、今日のことで改めて認識した。彼女は優しさが過ぎる。人に傷つけられても尚、誰かを庇いそうな危うさが見えてしょうがない。それなら、せめてオレぐらいは、傷つけないように。…………なんて、オレはできた人間じゃないのにな。それができるならきっと、先輩をオレの問題に巻き込んだりなんか、するはずがないんだ。

 オレは目を伏せる。なんとなく自覚はしていた。

 オレは、その優しさに甘えて傷つける側の人間だ。


 世の中に善人と悪人がいるのなら、オレは善人にはなれないだろう。なら、きっと悪人だ。そして先輩はまごうごとなき善人だ。


 住む世界、違ってたんだ。


なんか、少し迷走してきました。話の大まかな流れは決めているんですが、今回はかなり落ち込んだ話になってしまいました。もともとはただ普通に絵を描いていて、世間話のつもりだったはずなんですけど……あれ?ってなってます。

どうか、広い心で見守っていただけると幸いです。

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