42 食ってのは
「何食べたい?」
「そうだなぁ……」
先輩はいつも通りで、オレもいつの間にか通常運転になっていた。…………それは少し嘘かもしれない。通常運転を心掛けていた。
オレ達はレストラン街に入り、ぼちぼち歩く。焼肉、寿司、ハンバーグ、お好み焼き…………悩むな。ーーあ。
「おいしそー」
「ですね」
パスタの店の前のサンプルを眺めて、先輩は目をキラキラさせていた。確かにおいしそう。焼きたらこパスタ。絶対うまいじゃん。唾液が増えたのを感じる。
先輩がこちらを見る。オレは彼女と目を合わせる。探るような目だ。
「……ここにする?」
「はい」
先輩の表情が安堵に変わる。うまそうだから、勿論オレは文句なしだ。
2人で店の前に行き、名簿の前に立つと、店員さんにすぐ案内された。平日だからか結構空いてる。ラッキー。
「こちらの席どうぞー」
向かい合って座る。先輩は手に持っていたマフラーをリュックにしまった。オレも上着を脱ぎ、椅子の背もたれにかける。
「何食べよっかなー」
先輩は嬉しそうにメニューを開く。オレも覗き込む。が、オレはさっき店の前で見た、焼きたらこパスタにしようと思う。
「オレは焼きたらこパスタにします」
そのページが来たタイミングで言う。先輩は驚いたようにこちらを凝視した。
「もう決めたん?はや」
「いや、店の前でうまそうだなぁって」
「尚は割と即決するタイプか」
「いやいや」
会話しながらも先輩は真剣にメニューを眺めていた。…………いまいち先輩の好みがわからん。チョコが好きってことぐらいしか。
「決めた」
「おお」
「店員さん呼ぼうか」
「そうですね」
オレのすぐそばにあった呼び鈴を鳴らす。
「ご注文はお決まりでしょうか」
オレは先輩にどうぞ、と軽く手を向ける。先輩は目で頷き、
「明太子カルボナーラを一つ」
と言った。…………そうなんだ。
「えっと……焼きたらこパスタを一つ……以上?で」
先輩の顔を見ながら言う。頷いたからきっと大丈夫なはず。
「先輩も、たらこなんですね」
店員の後ろ姿を見ながら言う。
「あぁそうそう。私は辛い方だけど」
「そっすね」
店員さんが運んできてくれたお冷を飲む。冷たい。
「…………」
「なんか、先輩の好きなものってあんまり想像できないんですよね」
「えー?そうかな……」
先輩は斜め上を見ながら耳を指で触る。オレはガン見にならないように先輩を見る。普段髪で隠れてて見えない耳とか、なんか、心臓に悪い。
「じゃあ、犬か猫だったら?」
「犬かなー」
「へぇ……じゃ、ラーメンかうどん」
「パスタの店でその質問?どれも好き」
頬杖をついて先輩は答える。
「好きな季節は?」
「んー、冬。…………って、こんな話前にもした気がする」
「あ、確かに。あのときも冬って言ってましたね」
「尚は……秋だっけ」
「はい」
覚えてたんだ。少し嬉しくなる。
「ねぇ、尚」
「なんです?」
一拍置いて、少し緊張した面持ちで言った。オレは姿勢を正す。
「尚は…………お兄さんのこと、好き?」
「え?」
なんの脈絡もなく先輩は言った。なぜ、突然アイツの話になるんだ?
「いや、えっと全然、答えなくてもいいんだけど…………この間駅でその話したじゃん?私のほうがそれ、気になっちゃって」
先輩は困ったように笑っていた。あのこと、考えてくれてたんだ。中途半端に話した申し訳なさとともに、なんだか嬉しかった。
「……兄のことは、嫌いじゃないです」
濁した。実際オレですら、わからない。好きなのか、そうじゃないのか。でも、憎むほど何かがあった訳じゃないし、今更めちゃくちゃ会いたいのか、と聞かれればそうではない。だから、『嫌いじゃない』。
「そっか」
「たぶん。オレは、好きにも嫌いにもなれるほど、兄のことをわかっていないので」
自分の口からさらっとそんな言葉が出てきて驚くとともに、あぁそうだよなって。オレは言うほど兄のことを知らないのだ。
「確かにね。よく知らないのに、嫌いにもなれないよね」
納得したような言葉選びだけど、表情を見ると何かが違う気がした。本当にそうなのか、と疑っているような。そんな。
「せんぱーー」
「お待たせいたしました。こちら、焼きたらこパスタでございます」
「あ、はい」
オレは軽く手を挙げる。目の前に大きな皿が置かれる。
「明太子カルボナーラでございます」
先輩の前にも置かれる。どちらもおいしそうだ。
「ご注文の品はお揃いでしょうか?……ではこちらに伝票置いておきますね」
オレと先輩は目を合わせて頷く。
「いただきましょうか」
「うん」
手を合わせる。
「「いただきます」」
フォークで麺を巻き、口いっぱいに放り込む。
「うまっ」
思わず目を見開く。顔を上げると、、先輩もおいしそうに目をキラキラさせていた。
「めっちゃおいしい」
先輩はしみじみとそう言った。さっきまでの雰囲気は跡形もなくなっていた。食ってのは偉大だな。
人間が食事を大事にするのはわかる。オレも人間なのに何を上から目線で言ってんだろうか。
先輩も嬉しそう。なら、何でもいいんじゃないか。兄のことも、他のことも。今この瞬間だけは。
先輩を見てると、そんな気分にさせられる。




