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天才の弟  作者:
42/81

42 食ってのは

「何食べたい?」

「そうだなぁ……」

 先輩はいつも通りで、オレもいつの間にか通常運転になっていた。…………それは少し嘘かもしれない。通常運転を心掛けていた。

 オレ達はレストラン街に入り、ぼちぼち歩く。焼肉、寿司、ハンバーグ、お好み焼き…………悩むな。ーーあ。

「おいしそー」

「ですね」

 パスタの店の前のサンプルを眺めて、先輩は目をキラキラさせていた。確かにおいしそう。焼きたらこパスタ。絶対うまいじゃん。唾液が増えたのを感じる。

 先輩がこちらを見る。オレは彼女と目を合わせる。探るような目だ。

「……ここにする?」

「はい」

 先輩の表情が安堵に変わる。うまそうだから、勿論オレは文句なしだ。

 2人で店の前に行き、名簿の前に立つと、店員さんにすぐ案内された。平日だからか結構空いてる。ラッキー。

「こちらの席どうぞー」

 向かい合って座る。先輩は手に持っていたマフラーをリュックにしまった。オレも上着を脱ぎ、椅子の背もたれにかける。

「何食べよっかなー」

 先輩は嬉しそうにメニューを開く。オレも覗き込む。が、オレはさっき店の前で見た、焼きたらこパスタにしようと思う。

「オレは焼きたらこパスタにします」

 そのページが来たタイミングで言う。先輩は驚いたようにこちらを凝視した。

「もう決めたん?はや」

「いや、店の前でうまそうだなぁって」

「尚は割と即決するタイプか」

「いやいや」

 会話しながらも先輩は真剣にメニューを眺めていた。…………いまいち先輩の好みがわからん。チョコが好きってことぐらいしか。

「決めた」

「おお」

「店員さん呼ぼうか」

「そうですね」

 オレのすぐそばにあった呼び鈴を鳴らす。

「ご注文はお決まりでしょうか」

 オレは先輩にどうぞ、と軽く手を向ける。先輩は目で頷き、

「明太子カルボナーラを一つ」

 と言った。…………そうなんだ。

「えっと……焼きたらこパスタを一つ……以上?で」

 先輩の顔を見ながら言う。頷いたからきっと大丈夫なはず。

「先輩も、たらこなんですね」

 店員の後ろ姿を見ながら言う。

「あぁそうそう。私は辛い方だけど」

「そっすね」

 店員さんが運んできてくれたお冷を飲む。冷たい。

「…………」

「なんか、先輩の好きなものってあんまり想像できないんですよね」

「えー?そうかな……」

 先輩は斜め上を見ながら耳を指で触る。オレはガン見にならないように先輩を見る。普段髪で隠れてて見えない耳とか、なんか、心臓に悪い。

「じゃあ、犬か猫だったら?」

「犬かなー」

「へぇ……じゃ、ラーメンかうどん」

「パスタの店でその質問?どれも好き」

 頬杖をついて先輩は答える。

「好きな季節は?」

「んー、冬。…………って、こんな話前にもした気がする」

「あ、確かに。あのときも冬って言ってましたね」

「尚は……秋だっけ」

「はい」

 覚えてたんだ。少し嬉しくなる。

「ねぇ、尚」

「なんです?」

 一拍置いて、少し緊張した面持ちで言った。オレは姿勢を正す。

「尚は…………お兄さんのこと、好き?」

「え?」

 なんの脈絡もなく先輩は言った。なぜ、突然アイツの話になるんだ?

「いや、えっと全然、答えなくてもいいんだけど…………この間駅でその話したじゃん?私のほうがそれ、気になっちゃって」

 先輩は困ったように笑っていた。あのこと、考えてくれてたんだ。中途半端に話した申し訳なさとともに、なんだか嬉しかった。

「……兄のことは、嫌いじゃないです」

 濁した。実際オレですら、わからない。好きなのか、そうじゃないのか。でも、憎むほど何かがあった訳じゃないし、今更めちゃくちゃ会いたいのか、と聞かれればそうではない。だから、『嫌いじゃない』。

「そっか」

「たぶん。オレは、好きにも嫌いにもなれるほど、兄のことをわかっていないので」

 自分の口からさらっとそんな言葉が出てきて驚くとともに、あぁそうだよなって。オレは言うほど兄のことを知らないのだ。

「確かにね。よく知らないのに、嫌いにもなれないよね」

 納得したような言葉選びだけど、表情を見ると何かが違う気がした。本当にそうなのか、と疑っているような。そんな。

「せんぱーー」

「お待たせいたしました。こちら、焼きたらこパスタでございます」

「あ、はい」

 オレは軽く手を挙げる。目の前に大きな皿が置かれる。

「明太子カルボナーラでございます」

 先輩の前にも置かれる。どちらもおいしそうだ。

「ご注文の品はお揃いでしょうか?……ではこちらに伝票置いておきますね」

 オレと先輩は目を合わせて頷く。

「いただきましょうか」

「うん」

 手を合わせる。

「「いただきます」」

 フォークで麺を巻き、口いっぱいに放り込む。

「うまっ」

 思わず目を見開く。顔を上げると、、先輩もおいしそうに目をキラキラさせていた。

「めっちゃおいしい」

 先輩はしみじみとそう言った。さっきまでの雰囲気は跡形もなくなっていた。食ってのは偉大だな。

 人間が食事を大事にするのはわかる。オレも人間なのに何を上から目線で言ってんだろうか。

 先輩も嬉しそう。なら、何でもいいんじゃないか。兄のことも、他のことも。今この瞬間だけは。

 先輩を見てると、そんな気分にさせられる。

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