38 どんな
「依さん」
「……尚」
驚いて固まっているようだった。でも、そんなに?
「依さん、そろそろ勉強しに行きません?」
「え、あ、うん。そうだね」
はっと我に返ったようにオレから目を離し、リュックを背負う。
「じゃ、また明日」
「え、じゃー、ねー…………」
先輩がこちらに早足で来る。さっきまで話していた人達は呆然とオレ達を眺めていた。…………いいのか、あれ。先輩を見ると、未だ驚きを隠せない、というような顔でこっちを見ていた。
「……な、なんですか」
「いや、え、何さっきの」
「え?依さんって言ったこと?」
こくりと先輩は頷いた。嫌だったか?確かに先輩は先輩でも、神原さんや神原先輩、依先輩とか他にも呼び方はあったか。でもあのとき、ぱっと頭に浮かんだのが、依さん、しかなかっただけだ。
「……周り、先輩しかいなかったから」
「そ……まぁそれもそうか」
一瞬、は?とでも言いたげな顔で見られたが納得したらしい。まぁ、これ以上聞かれたってオレは答えようがない。
「あ、先輩。チョコあげる」
横を歩く先輩に小さいチョコを渡す。
「え、やったーありがとう」
「いえいえ」
迷うことなく受け取ったな。めっちゃ幸せそうな顔してるし。今日のうちのクラスのあの雰囲気とは大分違う…………うん、やめておこう。
「てか呼び方、先輩のままなんだ」
早速チョコを口に入れながら言う。
「え…………依さんって呼んでほしいですか?」
気になって聞いてみた。まぁ、特に考えることもなく思ったことを言っただけなんだろうけどな。先輩なら。
「……悪くはないかなーって思っただけ」
オレは思わず立ち止まる。先輩は早足で先へ進んでいく。…………なんだあれ。かわいい。
オレは先輩のもとへまた足を進める。
「先輩、待ってくださいよー」
「え、やだ」
「やだ?」
今日もそれなりに勉強をした。思ったことは、先輩の集中力ってすげぇなぁ、ということだけだ。オレの場合、4stepとやらは途中から事務作業のようになってしまった。解けたは解けたけど、脳みそに入っていないような感じ。…………まぁ、テストはどうにかなるでしょう。知らんけど。
「あ」
「え?」
「雨」
先輩が外を指差して言う。オレも外を見る。ほんとだ。しかもかなり降ってる。なんというか、小雨がいっぱい降ってるような。…………小雨がいっぱい降るならもう小雨じゃないよな。でも大雨、というほどでもないし、なんて言うのが適切なんだろう。
オレはとりあえず鞄から折り畳みの傘を出す。電車乗るまではいいけど、駅からは濡れるな。カッパは持ってないし、チャリで爆走すっか。
「あれ、先輩、傘は?」
先輩は何をするでもなく、雨をぼーっと見つめていたが、オレの声でこちらを向く。心底憂鬱そうな顔で。
「忘れたです」
「日本語変ですよ」
オレは傘を開く。普通の傘より小さいけど、無いよりマシだろう。
先輩と距離を詰め、傘の中に二人が入るようにして歩きだす。
「帰りましょう」
「え、でも尚が濡れるでしょ」
「雨に濡れる娘を置いて帰れって?無理ですよ」
「娘……」
なんか呟いていたがスルーして、バシャバシャと地面を踏みしめる。滑りそうだ。横目に先輩を見る…………離れすぎだろ…………。
手を取り、少しオレのほうへ引き寄せる。
「え」
「あ、すみません。突然、こわいですよね」
オレは慌てて手を離そうとする。
「こわく、ない」
先輩がそう言い、離そうとしていたオレの手を握ってくる。
オレ達はどちらからともなく立ち止まった。目が合う。雨で湿気を含んだのか、潤って見える瞳がやけに色っぽくて、思わずキスしたい。そう思ってしまった。
「……昨日、由紀ちゃんとどんな話した?」
由紀ちゃん?一瞬誰のことかわからなかった。山田先輩のことか。
「どんなって……」
…………まじで大したこと話してないぞ?先輩は何を気にして…………。
「ごめん!」
「え?」
「仲良い後輩が友達と仲良くなるの、ちょっと寂しいなって思っただけだから」
先輩は笑った。でも目は笑ってない気がして。先輩のことがわからない。もっとも、わかるなんて思ったら間違いなのかもしれないが。
先輩がゆっくり歩きだし、オレもそれに続く。
「何も、話してませんよ。連絡先交換して、お礼何がいいかとか。でもオレ、やっぱりお礼はいいって言って、帰っちゃった」
「……なんで?」
「さぁ?なんか、めんどくさくなったんじゃないですか?」
本当は違う。オレが山田先輩と話すのが嫌になったから。もっと言えば、山田先輩より、先輩と話していたいと思ったから。
「じゃない?って自分のことなのに……」
呆れて見せる先輩は、どこか嬉しそうにオレの目に映った。その表情の意味はなに?先輩はオレのこと、どんなふうに思ってるんだろう。
いつも読んでくれてありがとうございます!
先日、全てのエピソードを段落の最初を一字下げしました。内容に変化はないので、気にしないでください。
全然関係ない話ではあるんですが、短編を書いて投稿しました。『俺の初恋泥棒について』という話です。よければ読んでみてください。




