35 草間卓の弟ですか
「図書室って……使えないって聞いた気が」
入学して間もない頃だったか、何年か前の生徒が図書室の机に落書きしたとかで使用禁止になったと聞いた。漫画や小説で出てくる類のものは、実際、現実ではなかったり、理想よりずっとつまらなかったりする。だから、ああ、これが現実か、となるのに慣れてしまった。
「実はね、申請出したら使えるって聞いて。私もこの間初めて使ったんだけど」
ふふふ、と得意気に笑った。
「知らんかった」
「大体そうだよ。表向きには使えないことになってるし」
「へえ。そうなんですか」
図書室に入る。
「「こんにちはー」」
「ああ、こんにちは」
笑顔で迎えてくれる司書さん。
「勉強に机使いたいんですけどいいですか?」
先輩が司書さんの方に歩いていく。オレもついていく。
「いいですよー。この紙書いてね」
「はーい」
学年、組、名前、利用目的。
書いてそのまま差し出す。同じタイミングで先輩も出した。
「ありがとうございます。どうぞー」
大きな、長机というのだろうか。向かい合う形で座る。なんとなく先輩を見ると向こうもこちらを見ていた。
「何の教科勉強するの?」
「うん……数学っすね」
一瞬考えたが、提出物で一番取りかかりやすい数学をすることにした。勿論、お馴染みの4stepだ。
図書室はかなり静かだった。もともと防音性が高い学校なのに、ここはそれよりさらに音が遮断されているように感じる。
時計を見る。今は18時45分。
「先輩?そろそろ帰りません?」
「んーこの問題解き終わったら帰ろ」
「へーい」
オレは一足先に片付け始める。やべーな。4stepしかやってねぇ。しかも終わってもいねぇ。まぁでもオレまだ1年だし、いいか。
ぼーっと天井を眺める。あ、そうだ。借りたまま返してない。
「あの、これ返します」
『みちをゆく』を司書さんに出す。
「読み終わりましたか?」
「あー実はまだ読めてないので、テスト終わったらまた来ます」
「なるほど。待ってます」
オレも笑って応える。
「はい」
じゃあ、と手ぶらで帰る。先輩も片付けを始めていた。
「進みました?」
「うーん……微妙」
先輩は目を細めて苦笑いをした。
「オレももう既にやめたいです」
「はやいはやい。わかるけども」
失礼しました、と言い図書室を出る。うわ。
「さっむ」
「ね。やばいね。冬だね」
「ねの三段活用」
「どうぞご活用ください」
「使えるシチュエーション、限られてません?」
そりゃそうだ、と笑いながら歩く。
「……もう、冬だね」
「え……はい」
何を当たり前な、と思いながら、先輩はふざけている訳じゃなかったようで何も言えない。
外に出る。冷たい風がオレ達の体温を下げる。
オレは何気なく空を見上げた。もう、月が見える。そのそばで輝く綺麗な星。
月が綺麗ですね。
そんな言葉が浮かび、そして消えた。オレはそんなベタな台詞を言う奴じゃないだろう。
でも、いつか。
この感情を言葉にしたくなったら。する覚悟ができたなら。らしくなくても、ちゃんと伝えよう。ーーだから、今はこのまま。このままでいさせてくれ。
「あ……」
先輩とオレは、その声の方にゆっくり振り返る。見覚えのある顔。
「その節は、どうもありがとうございました」
「いえいえ。大したことじゃないので」
11月11日の、落ちかけていた彼女が一人立っていた。少し緊張した顔つきで。
「えっと……今度お礼をさせていただきたくて」
「いや、全然……大丈夫ですよ」
「それで、できれば連絡先教えてもらえませんか」
なんか申し訳ないな。オレは先輩の様子がおかしかったから気づいただけであって、本来ただの傍観者だったのに。先輩をちらっと見ると、目が合った。
「私、先帰るね」
「え」
まじか。先輩はオレと彼女に手を振り、そのまま去っていく。それを……寂しいと思う自分がいる。
オレ達はとりあえずラ○ンを交換した。
「ありがとうございます」
「ああ、はい」
「お礼、何がいいか考えておいてください」
「あ、僕が考えるんですね?」
「決まったら、またそのとき、教えてください。ご飯奢ったり、その程度しかできないと思いますが」
「……ありがとうございます」
その気持ちは嬉しいが、少し困った。何をお礼として望むのが最適だろう。
「あ、あとお名前、依ちゃんから聞きました」
「あ、そうなんすね。えっと……あなたは……?」
「わたしは、山田由紀といいます」
「山田先輩ですね、覚えました」
オレの言葉に彼女は柔らかく笑う。緊張が解けたように見える。そしてオレのことをじっと見た。何かついてるだろうか。
「ど、どうかしました?」
「えっと……草間、さんは……草間卓さんの弟だったりするんですか?」




