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天才の弟  作者:
29/81

29 オレが決める

 先輩と次の駅で別れて、軽く手を振った。先輩は普段通りだ。でもオレは、さっきの先輩の言葉が頭から離れなかった。


 人のこと、あんまり信用しすぎないほうがいいよ。


 走り去る電車を思わず振り返る。

 あの言葉に込められたものがあまりにも、わからない。普通に受け取るなら、ちょっと疑ったほうがいい、と。ただそれだけだ。でも、あの声は、瞳は、表情は……そんな単純なことだけを語っていただろうか。

 考えたってわかんねぇよな。それでもぐるぐる考えてしまう。

 ……仲が良いと思った矢先にこれだ。先輩は何か予防線を張っているような、何かを抑えているような。そもそもオレとはそこまで仲良くなる予定ではなかったのかもしれない。

 人のこと、あんまり信用しすぎないほうがいいよ。

 何度も反芻する。

 まあ、たしかに先輩のことは割と信用していた。というか、あの忠告を受けた今でも信用は消えない。なんなら忠告をくれる時点で、信用に値するんじゃないかとも思う。それすらも、甘いというのだろうか。


「卓はほんとすごいね」

「そうでもないよ」

 なんで?オレにはそんな優しい声で話さないのに、そんなふうに目を見て話さないのに、どうして?なんで?ねえ、何見てんの、オレを見てよ。

 声が出ない。2人で話さないで。オレ、子供だよ。まだまだずっと。なんで見てくんないの。ねぇ。ねぇってば。


「…………はぁ」

 夢か。それもまた随分懐かしい。今は今しかないだろ。でもやっぱり過去があって今なんだとも思う。

 夢の内容を思い出す。時間をいくら共有したって駄目なものは駄目だ。逆に言えば…………頭が働かん。

 きっとこんな夢を見たのは昨日先輩に色々言われたからだろう。重い身体を起こす。学校行かないと。


「おはよ」

 影が落ちたと同時に声を掛けられる。河原さんだ。

「あーおはよう」

「眠そうだね」

「まぁ……眠い」

 高校生なら眠くないほうがおかしい気がする。寝ようと思えば寝れるはずなんだが、意外と結構忙しいのも事実。オレが夜更かししてるというだけじゃない、たぶん。

「もしかして4stepやってた?」

「え?いや、やってない」

 なぜ4step?と思う。オレの授業態度的には、そんな前々から勉強する奴には見えない気がするけど。

「明日提出だよ」

「え、うそ。まじ?」

「まじまじ」

 河原さんはニヤニヤしながらそう言う。さっきの疑問はすぐ解決されてしまった。

「聞いてない聞いてない」

「言ってましたー」

 彼女は呑気に笑っている。いや、まじで知らない。なんだ、その情報。

「ちなみにどこ?範囲」

 オレは机から4stepを出し、聞く。

「えーっと、ここから…………」

 彼女は4stepを眺めながら、首を傾げる。パサッと彼女の下ろした髪が垂れてきた。髪、長いな。先輩よりも長い。

「…………草間くん、聞いてる?」

「え、ごめん、なんて?」

「たぶん、ここまで」

 彼女は開いたページの最後から2番目を指差し言う。あぁ、そういや発展問題はしなくていいとか言ってた気もする。

「ありがとう」

「いえいえ」

 河原さんはオレの前の席で鞄の片付けを始めた。オレも4stepを眺める。えーっと、1、2、3、4、5……21?ちょ、多くね?まじ?終わらん気がしてきた。逃げてもいいですかね?4stepを一旦閉じ、突伏した。


「ということで、今日はちょっと4stepします」

「りょーかーい」

 オレと先輩は教室で隣合わせで座る。先輩はのんびり背もたれにもたれている。

「先輩、部活じゃないし、帰ってもいいですよ」

「いや、残るよ。私も提出物溜まってきてるし」

 先輩はリュックを漁る。なんか色々入ってる。

「じゃあ、いいや」

「うん……ってか、4stepってこないだ、一緒に自習したときにやってなかったっけ?」

「あーあれは数Aです。今は数Ⅰ」

「そっかそっか」

 先輩をちらっと見ると、もう勉強のスイッチが入っているようだった。どうして頑張るんだろう。何のために先輩は今、勉強しているんだろう。邪魔をしても悪いから、後で聞くことにする。オレも今度こそ4stepと向き合う。

 三角比。その名の通り、三角形の比の問題だ。正直言って、あの先生の授業は眠すぎて内容理解どうこうの話じゃない。ほぼみんな寝てるし。

 まずどんなものか知らないと詰む。公式やらなんやらが書かれてあるものを眺めた。あー眠い。


「わからん」

 思わず口に出していた。やべ、と先輩を見ると笑っていた。先輩はシャーペンを置き、オレと目を合わせる。

「何がわかんないの?」

「えーと、三角比」

「そういえばやったなー」

 見せて、と先輩に言われ、そのまま4stepを差し出す。先輩はそれをぼーっと眺める。オレはそれを眺める。

「たぶん教えれるけど、どうする?」

 先輩は4stepを眺めたまま言う。やっぱ頭良いんだ。

「え、教えてほしいっす。最初から」

「最初から?」

 半笑いで先輩は言う。オレもつられて笑う。

「最初からっす」

「えー」

 そう言いつつも、オレには少し嬉しそうに映る。

「じゃ、ちょっと移動しよーっと」

 移動?先輩の行動を観察する。オレの前の席に横向きに座る。

「じゃあ、これだったら、普通に正弦定理使って……」

 オレに問題が見えるようにして、図を指差す。

「はい…………え?あ、ほんまや」

「で、こういうのはパターン決まってるから、ここに補助線引いたら、ここの長さ出るから」

「おーおーおー」

 できた。やりゃできるじゃん。つーかめっちゃ単純だった。何に悩んでたんだろう。

「できるじゃないですか、尚さーん?」

「実はできる子なんです」

「あれ?さっきと言ってることが」

 オレと先輩は目を見合わせて笑った。

「はぁー何しょうもないこと言ってんの?」

「いやいや先輩でしょ」

 口角が上がっていることを自覚する。あー気分がいい。やっぱり先輩といると楽だ。先輩のことは信用している。きっとなかなか変わらないものだろう。もし、いつかその信用を覆すようなことがあるとしても、オレはそれまで先輩を信用する。

 忠告がどうとか知らない。ーー先輩を信用するかどうかはオレが決める。

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