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天才の弟  作者:
28/81

28 信用に値するもの

「あ、乗れるかも」

「急げ急げ」

 オレたちは走ったおかげで、乗れないと思っていた電車に乗れた。が、すげぇ息切れしてる。死にそう。

 オレたちが乗った後すぐ扉が閉まる。しかもあれだ。帰宅ラッシュの時間だからすげぇ混んでる。

 すぐ前にいる先輩の腕を軽く引いて、オレと場所を変える。扉の近くだ。こっちのほうが安定するだろうと変わっておきながら、自分が転けたらめちゃくちゃダサいなとちょっと緊張する。

「あ、ありがと」

 全然って言う代わりにちょっと笑って首を振る。

 だいぶ狭いからオレは背負っていたリュックを足元に下ろした。

 …………てか今気づいたけど、先輩と向かい合う形になってしまった。でも今から向き変えても不自然だし、物理的に厳しいな。

 そのままスマホを取り出す。別に見るもんもないのにロックを解除して、また切ってを繰り返す。

「間もなくー○○町ー○○町に着きます。降り口は左側ーお降りの方はドア横のボタンを押してお降りください」

 電車が停まる。両足で踏ん張る。

 扉の開く、独特な音に思わず顔を上げるーーと先輩と目が合った。……距離が。距離が思ったよりもずっと近い。

 オレは目を逸らした。

 必死になんでもない風を装って目を下に向けた。大丈夫なはずだ。

「………………」

「………………」

 お互い何も言わない。…………あれ、感じ悪かっただろうか。まぁ、わざわざ話すこともないが。

 後になって思う。あのときはあれが精一杯だったけど、実際なんだ?もっとちゃんと……ちょっと笑うとかなんか、あったかもしれない。

 考えすぎなのもわかる。でも、なんか。気になる。「……え」

「アホ毛、立ってた」

 先輩はオレの髪に触れた。そして髪を撫で付けるように頭を撫でられた。

 先輩の手がオレの頭に触れている。

 それを意識したばっかりに、どんどん体温が高くなる。やばい。今顔を上げたら、絶対赤い。

 先輩の手が頭から離れる。ゆっくり顔を上げる。

 先輩の口元が見えた。穏やかに、笑っていた。

「……直った?」

「ううん、直んない」

「え」

 頭を触ろうとするけど、混み合ったこの場所じゃ肘が周りの人に当たってしまう。

 なんとなく苦笑いをした。他に何も思い浮かばなかった。

 電車のスピードが落ちる。

 オレが降りるのはもう1本先だ。電車速い。嫌だなぁ。

 ーー何が?

 自分の中に生まれたこの感情が、或いは言葉が、自分で認識している範疇を超えている。頭でぐるぐる考える。考える。

「間もなくー□□、□□に着きます。降り口は左側ーお降りの方はドア横のボタンを押してお降りください。お乗り換え列車のご案内をーー」

 周りが身じろぎする気配がする。そりゃ当たり前だ。□□の利用客は多い。特にこの時間は。

 電車が停まる。その後すぐ扉が開く。それと同時に並んでた人が先を急ぐように降りていく。多いて。

 ……………………やっと終わったか?後ろばかり見てるとすぐ脇にいた人の通る邪魔をしていた。

「あ、すみません」

 向こうは無言で通り過ぎる。まぁ、邪魔してたのはオレだもんな。人の波が途絶える。

 周りで立っているのは、オレと先輩しかいない。オレは壁のある方へ移動した。で、なんとなく先輩を見る。目を離しても不自然にならない程度に。

 でもその必要はなかったかもしれない。先輩もこちらを見ていたから。

「やっと、空いたね」

 にこっとまでじゃないけど、ちょっと笑う先輩。

「そーうですね」

 ふーっと息を吐く。やっと落ち着く。

 何か話そう。……………………あぁ。何が思いつくって、よくわからない、寂しいような感情だ。先輩のような、堂々として、自分の道を歩んでいるような、そんな人といれば必然な気もするが。

「先輩は、自分がいなくなったらって考えたことあります?」

 我ながら何の脈絡もない話題を出してしまった。普通、電車でする話でもないだろう。

「あるよ」

 あまりに迷いのない返答にびっくりした。でも、嘘とも取れない表情。

「ある、んですね」

「うん。ある」

「……ちょっと意外かも」

「そう?割とそういうことばっかり考えてる気がする」

「へぇ?」

「どうしたって偏見はあるし、個人の考え方は変わんないし、みんな、自分が大事だし。自分がいなくなっても、何も変わんないだーとか」

「めちゃめちゃわかります」

 想定外に共感できる言葉が先輩から出てきて、思わず頷く。

「お、まじ?」

「はい」

 そんなオレに先輩も少し驚く。

「じゃあ、そんな君にひとつ先輩の私からアドバイスをしよう」

「あざす」

「人のこと、あんまり信用しすぎないほうがいいよ」

「え?」

 先輩の声が低くなった。

「君にとっての常識が誰かから見たら非常識かもしれない。笑ってるからといって、心の内までは覗けない。人間は狡猾である。しかし君は私と時間を共有しただけで信用しているように思える」

 そんなことない。反射的にそう言いたくなった。でもそうかもしれない、と心のどこかでそう思ってしまった。いくら時間を共有したところで、わからないものはわからないし。

「……はい」

 先輩は色んな感情が混じりあったように、ゆっくりまばたきをして、笑った。

 なんというか、闇が見えてしまったような。言葉があんなにすんなり出てくるんだ。きっと、いや絶対に過去に何かあったんだろう。じゃあ、今はなんなんだ?気丈に振る舞っているだけで、信用など端からしていないのだろうか。オレのことも。

 …………それに、あの言葉。私のことは信用するな、と言ってるみたいだ。

 オレには先輩がわからない。


26話図書室で本の話を再編集しました。たびたびすみません。そんなに大きくは影響しませんが、よければ読み直したほうがいいかもしれないです。

読んでくれてありがとうございます!

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