28 信用に値するもの
「あ、乗れるかも」
「急げ急げ」
オレたちは走ったおかげで、乗れないと思っていた電車に乗れた。が、すげぇ息切れしてる。死にそう。
オレたちが乗った後すぐ扉が閉まる。しかもあれだ。帰宅ラッシュの時間だからすげぇ混んでる。
すぐ前にいる先輩の腕を軽く引いて、オレと場所を変える。扉の近くだ。こっちのほうが安定するだろうと変わっておきながら、自分が転けたらめちゃくちゃダサいなとちょっと緊張する。
「あ、ありがと」
全然って言う代わりにちょっと笑って首を振る。
だいぶ狭いからオレは背負っていたリュックを足元に下ろした。
…………てか今気づいたけど、先輩と向かい合う形になってしまった。でも今から向き変えても不自然だし、物理的に厳しいな。
そのままスマホを取り出す。別に見るもんもないのにロックを解除して、また切ってを繰り返す。
「間もなくー○○町ー○○町に着きます。降り口は左側ーお降りの方はドア横のボタンを押してお降りください」
電車が停まる。両足で踏ん張る。
扉の開く、独特な音に思わず顔を上げるーーと先輩と目が合った。……距離が。距離が思ったよりもずっと近い。
オレは目を逸らした。
必死になんでもない風を装って目を下に向けた。大丈夫なはずだ。
「………………」
「………………」
お互い何も言わない。…………あれ、感じ悪かっただろうか。まぁ、わざわざ話すこともないが。
後になって思う。あのときはあれが精一杯だったけど、実際なんだ?もっとちゃんと……ちょっと笑うとかなんか、あったかもしれない。
考えすぎなのもわかる。でも、なんか。気になる。「……え」
「アホ毛、立ってた」
先輩はオレの髪に触れた。そして髪を撫で付けるように頭を撫でられた。
先輩の手がオレの頭に触れている。
それを意識したばっかりに、どんどん体温が高くなる。やばい。今顔を上げたら、絶対赤い。
先輩の手が頭から離れる。ゆっくり顔を上げる。
先輩の口元が見えた。穏やかに、笑っていた。
「……直った?」
「ううん、直んない」
「え」
頭を触ろうとするけど、混み合ったこの場所じゃ肘が周りの人に当たってしまう。
なんとなく苦笑いをした。他に何も思い浮かばなかった。
電車のスピードが落ちる。
オレが降りるのはもう1本先だ。電車速い。嫌だなぁ。
ーー何が?
自分の中に生まれたこの感情が、或いは言葉が、自分で認識している範疇を超えている。頭でぐるぐる考える。考える。
「間もなくー□□、□□に着きます。降り口は左側ーお降りの方はドア横のボタンを押してお降りください。お乗り換え列車のご案内をーー」
周りが身じろぎする気配がする。そりゃ当たり前だ。□□の利用客は多い。特にこの時間は。
電車が停まる。その後すぐ扉が開く。それと同時に並んでた人が先を急ぐように降りていく。多いて。
……………………やっと終わったか?後ろばかり見てるとすぐ脇にいた人の通る邪魔をしていた。
「あ、すみません」
向こうは無言で通り過ぎる。まぁ、邪魔してたのはオレだもんな。人の波が途絶える。
周りで立っているのは、オレと先輩しかいない。オレは壁のある方へ移動した。で、なんとなく先輩を見る。目を離しても不自然にならない程度に。
でもその必要はなかったかもしれない。先輩もこちらを見ていたから。
「やっと、空いたね」
にこっとまでじゃないけど、ちょっと笑う先輩。
「そーうですね」
ふーっと息を吐く。やっと落ち着く。
何か話そう。……………………あぁ。何が思いつくって、よくわからない、寂しいような感情だ。先輩のような、堂々として、自分の道を歩んでいるような、そんな人といれば必然な気もするが。
「先輩は、自分がいなくなったらって考えたことあります?」
我ながら何の脈絡もない話題を出してしまった。普通、電車でする話でもないだろう。
「あるよ」
あまりに迷いのない返答にびっくりした。でも、嘘とも取れない表情。
「ある、んですね」
「うん。ある」
「……ちょっと意外かも」
「そう?割とそういうことばっかり考えてる気がする」
「へぇ?」
「どうしたって偏見はあるし、個人の考え方は変わんないし、みんな、自分が大事だし。自分がいなくなっても、何も変わんないだーとか」
「めちゃめちゃわかります」
想定外に共感できる言葉が先輩から出てきて、思わず頷く。
「お、まじ?」
「はい」
そんなオレに先輩も少し驚く。
「じゃあ、そんな君にひとつ先輩の私からアドバイスをしよう」
「あざす」
「人のこと、あんまり信用しすぎないほうがいいよ」
「え?」
先輩の声が低くなった。
「君にとっての常識が誰かから見たら非常識かもしれない。笑ってるからといって、心の内までは覗けない。人間は狡猾である。しかし君は私と時間を共有しただけで信用しているように思える」
そんなことない。反射的にそう言いたくなった。でもそうかもしれない、と心のどこかでそう思ってしまった。いくら時間を共有したところで、わからないものはわからないし。
「……はい」
先輩は色んな感情が混じりあったように、ゆっくりまばたきをして、笑った。
なんというか、闇が見えてしまったような。言葉があんなにすんなり出てくるんだ。きっと、いや絶対に過去に何かあったんだろう。じゃあ、今はなんなんだ?気丈に振る舞っているだけで、信用など端からしていないのだろうか。オレのことも。
…………それに、あの言葉。私のことは信用するな、と言ってるみたいだ。
オレには先輩がわからない。
26話図書室で本の話を再編集しました。たびたびすみません。そんなに大きくは影響しませんが、よければ読み直したほうがいいかもしれないです。
読んでくれてありがとうございます!




