24 体操服
「尚!」
「え?」
朝から名前を呼ばれた気がした。なんだ?寝ぼけてるのか、と思いながらとりあえず振り返る。と先輩がいた。
「体操服持ってない?」
「たいそうふく……あぁ、ありますよ」
焦ったような表情をしている。珍しい。
「貸してくんない?」
「何時間目ですか」
「1時間目」
「オレ3時間目なんで、ちゃんと返しに来てくださいよ?」
リュックから出しながら、少し意地悪く言う。先輩のことだ。絶対すぐ返しにくるだろうけど。
「もちろん。ありがとうございます!」
深々と先輩は頭を下げた。なんか申し訳ないな。
「じゃ、また後で!」
「はい…………慌ただしいな」
先輩がいなくなった後、小さく呟く。
………………ちょっと待てよ。先輩がオレの体操服を着るのか?まじ?絶対ぶかぶかじゃん。ちょっと見たい。いやいや……そうじゃなくて。先輩がオレのを着るってことは、もはや、あれじゃね?彼シャツみたいな。
『かさいくん』
先輩が彼を呼ぶ声がフラッシュバックする。先輩が手帳を探しているときに一緒にいた2年。あの人も体育一緒か。だったら…………いいか。見せつけたい訳じゃないけど、なんというか…………いや、見せつけたいのか。…………先輩に彼氏ができるのは、なんか嫌だ。
「ほんっとーにありがとうございます!」
1時間目が終わりすぐ、先輩は体操服を返しに来た。
「はやっ。全然いいですよ」
「いやー他のクラス体育なくって。まじ焦ったよね」
「忘れ物とかしなさそうなのに」
「え、全然だよ。むしろ逆」
「つまりポンコツだと」
「そこまでは言ってねー」
冗談をすぐ返してくれる。こういうのって意外と大事だな。
「ねぇ、あれって…………」
「すっかり忘れてたけど、まじ?」
「意外とモテるのか……」
…………なんか、視線を感じる。先輩と初めて会ったときもこんな感じだったな、そういや。
「…………なんか、言われてる?」
「そーっす、ねー……」
「ごめんね」
「いやいや。元からモテないんで、ダメージゼロっす」
というか、モテたいとはあまり思ったことがない。もし誰かと付き合ったとしても、すぐ別れるならそもそも付き合わないほうがいい。大前提として、異性と話す機会がほぼない。今の時代、色んな恋愛があっていいとは思うけど、オレの恋愛対象はおそらく異性だけだ。結局、恋愛をする状態にない。…………先輩のことはわかんないけど。
「そーかなー」
先輩は教室を軽く覗き込む。オレもなんとなく、そちらに視線を向けるが、その瞬間みんなが視線を逸らした。やっぱオレたちのことだったのか。でもその中で1人こちらを凝視してくる奴がいる。ーー小平。おまえ情緒どうした。すげぇ変な顔してるぞ。
「じゃ、とりあえずありがとね」
「うーい」
立ち去る雰囲気だから軽く手を上げる。けど、ん?
「……尚」
「なんですか?」
「あ、いや…………た、たぶん、汗はかいてないから」
先輩はオレの腕の中の体操服を見ながら言った。さっきの沈黙はなんだ。隠し事をしているような。嘘つけなさそうだな、この人。
「えぇ、はい」
「じゃ」
シュッと手を上げ、帰っていった。やっぱり変な人。
「おい、何ニヤニヤしてんだ」
「うぉっ」
小平がオレの肩に腕をまわし、体重をかけてくる。
「ニヤニヤしてねぇし」
オレは無表情を作る。いや、作ってる時点で無表情ではない気がする。
「まぁ、おれは?応援するけど?」
「いや、だから違うって」
しかもなぜ上から目線なんだ。おまえだって彼女いない歴=年齢だろ。
「あ、せんせー来た」
帰った帰った。とりあえず落ち着く。無意識にため息が漏れた。別に嫌だった訳ではないが。
「あの、草間くんって…………」
「え?なに?」
前の席の女子に話しかけられる。たしか……河原さんだったか。
「あの先輩と付き合ってるの?」




