23 この髪を抜いてな
大分省いてさっきのことを小平に話した。なぜか楽しそうに小平は聞いていた。
「へぇ?キミらめっちゃ仲良しじゃん」
おもしろがるように言う。
「……だよなぁ」
「え、何その反応」
「なんでもない」
やっぱ先輩って距離感バグってる気がする。オレだけだろうな、変に意識してるのは。
「でも、あれだなぁ。パーソナルスペース広いんだろうな」
「え?」
考えてたことを言われ、一瞬焦る。小平でもそう思うってことは、そうなんだろう。……まぁ、いいや。やめやめ。
「そういやさぁ、見つけちゃったんすよー」
小平はもう話題に飽きたらしい。
「え何を」
見つけた?一瞬、あの手帳が頭をよぎる。でもまさか小平がそれを見つけるとは到底思えない。
「実はー」
「もったいぶるなよ」
なんかこの半笑いの顔見てると……殴りたくなるな。呆れたような目で小平を見つめる。何を見つけたってんだ。
「己の白髪を!見つけたんです!」
「どーでもいーわ!」
想像の何十倍もくだらなくて、思わず突っ込んだ。
「え、いや、でもさ、自分の白髪なかなか見つけんくね?」
結構真面目な話だったらしい。そんなビッグニュースか?
「まぁ……わざわざ探さねぇけど。でも白髪見つけて、そこまではしゃげん」
「世の中楽しんだもん勝ちさ」
ニヤリと小平は笑った。正論ではある。何事も楽しめるなら、それに越したことはないな。
「で?どこに白髪あんだ?」
「あ、そうそう。この辺に……」
小平が指す周辺を探す。わざわざ屈んでもくれて。おかげで、つむじがよく見えますこと。廊下で2人。まーじ、何やってんだか。
「あ、あった」
黒い、いや、若干茶色の髪の中に1本光っている髪があった。よく見つけたな。なんの意味もないが。
「だろー、凄いだろー」
「すごいすごい」
「感情がこもってない」
「ははは。この毛、抜いてやろうか」
「え、老婆みてーなこと言うじゃん」
は?老婆?……あぁ。
「羅生門か」
「あ、それそれ」
『羅生門』は、今、現代文の授業でやっている文章だ。誰もが印象に残っているだろう台詞が……
「この髪を抜いてな、この髪を抜いてな、鬘にしようと思うたのじゃ」
声を少し高くして、死にかけのような声を出す。クオリティは低い。
「くっははっやめろって草間ー」
「はははっあーしょうもねー」
暫く笑っていた。
「先輩のときも流行りました?老婆の台詞」
「ん?なんの話が始まったんだ?」
放課後、先輩とオレはまた、屋上前の踊り場に来た。準備をしながら、聞いてみる。
「羅生門です。現代文でやりませんでした?」
「ん?あーやった。やったわ」
やっぱりやってたらしい。
「なんか、今流行ってるんですよね、クラスで」
「まじ?」
あのあと小平と教室に入ったら、ちょうどクラスメイトがその話をしていた。
「お前のその髪、抜いてやろうかー!」
「おいやめろって!ハゲるだろが」
とかいう、くだらない会話が繰り広げられていた。
まじでくだらん。それはオレも同じなんだけど。
「この髪を抜いてな、この髪を抜いてな」
「あー懐かしい」
「「鬘にしようと思うたんじゃ」」
ハモった。顔を見合わせて笑う。
「1年経っても覚えてるもんだなぁ」
「たしかに。オレも覚えてるんかな」
「たぶんね」
きっとそれを思い出すとき、一緒に今の出来事を思い出すんだろう。
先輩は髪を手でとかす。やっぱりサラサラだ。先輩から目を離し、油絵を描く準備をする。ふぁーあ。なんか眠くなってきた。
「……あ、髪抜けた」
「え?」
隣で小さく呟くのが聞こえてきた。そちらに目を向けると悪戯を思いついた、というように笑う。
「鬘にする?」
「しませんっ」
まじでくだらねぇー。
芥川龍之介『羅生門』
皆さんはやりました?ちょっと狂った話を授業でやるのが1番楽しい気がする……。
読んでくれてありがとうございます!




