21 赤
食べた後、また学校に戻った。てっきり一緒に帰るのかと思ったら、学校に忘れ物をしたと言い、学校前で慌ただしく別れた。おかげで先輩が学校にどう登校しているのか、聞きそびれてしまった。まあ、困らないからいいが。
駅まで歩く。最近は陽が落ちるのが早くなったな。まだ6時半やそこらなのに、辺りは暗くなってきている。少し冷たくなった風がなんだか物悲しいような、そんな気分を運ぶ。
オレは特に苦労して今まで生きてきたとか、なにかわかりやすいトラウマがあるとかそういうわけではない。それなのになんでこんな気分になるんだろう。こうして毎日学校に通い、1日3食食べられて。オレは十分恵まれた環境にあるというのに。
信号が目の前で赤に変わる。それと同時に立ち止まる。車が動き始める。ああ、もう冬だ。嫌だ。特にこれといった理由もないのに、そう反射的に思う。なんか、焦る。なあ。誰か、オレの未来を勝手に決めてくれないか。決められないとそう思うくせに、きっと決められていたらなんで決められているんだ、と文句を垂れるんだろう。やっぱりみんな、というか自分は、いつもどこかで文句を言う理由を探している気がする。
駅に着く。視界に入る人はみんな、下を向きスマホを眺めている。一体何を見て時間を潰しているんだろう。そんな人たちを横目に乗り場まで移動し、ただ空を見上げた。世間一般では美しいとされそうな赤く染まった雲。太陽が落ちていく。
「赤い」
誰かに言う訳でもなく、1人小さく呟く。
ああ、太陽も地球も動いているのに、オレは変わってない。オレは将来何をしているんだろうな。唐突にそう思った。
「はあ…………」
息を吐き、玄関の扉を開ける。足を踏み入れる。視界に母の靴が入った。まぁ、いるよなそりゃ。
まっすぐ自分の部屋に行こうか迷いながら、のろのろと靴を脱いでいると母さんがリビングから出てきた。
「あ……」
思わず声が漏れた。
「ああ……おかえり」
こちらを見てすぐ目を逸らした。一瞬の、期待して失望したような表情を見逃さなかった。いや、見逃せなかった。何度願ったって貴方のお求めの奴は帰ってこないんだから、もう諦めてくれ。
オレはそのまま自分の部屋に直行しようと早足で進む。
「尚」
掠れた声が聞こえてきた。
「え?」
まさか呼び止められるとは思わず、間抜けな声が出る。母さんとまともな会話をするのは基本、父さんもいるときだけだ。あくまで良い家庭の演出をその瞬間だけしているだけで。
「あなたは……私を裏切らないでね」
「……うん」
なんとかそれだけ答えて部屋に入る。扉を思い切り閉めたくなる衝動をどうにか抑えて、静かに閉める。そのまま扉にもたれかかる。……なあ、母さん。あれは別に裏切りでも何でもないだろ。ただアイツが自分の人生をすべて自分の足で歩むことを決めただけだ。つまりは、完全な自立。だから、母親ならそれを喜ぶべきなんじゃないか?どうしてそこまでアイツに固執するんだ。母さんには悪いが、オレは高校卒業したらこの家を出ていくつもりだよ。流石に一年に何度かはちゃんと帰ってくるつもりだけど。腐っても親に変わりはないんだから。…………こんな言葉は虐待やもっと酷い仕打ちを受けた人にだけ許される言葉な気がする。自分自身を可哀想ぶっている気がして、嫌気が刺す。おかしいな。もっと楽しい気分で帰って来たはずなのに。
伸びてきた前髪をかきあげる。疲れたよ、もう。リュックを投げ捨て、そのまま倒れ込む。あれ、筆が落ちてる。なんで?そうか、昨日の夜中突然描きたくなってやったんだ。でも結局色を塗ろうと思ったら、寝落ちしてほとんどできなかった。
ゆっくり身体を起こし、椅子に座る。水も入れっぱだ。
拾った筆を水につけ、パレットの上で固まっている絵の具を溶かす。透明だった水が、だんだん赤色になる。でも明るすぎる。そう思いながらも画用紙に絵の具を垂らした。滲む。ゆっくりと、だけど確実に広がっていく。




