20 幸せ
「たぶんこの辺だったはず」
「おお」
先輩はスマホで場所を確認する。え。スマホと距離近っ。使い慣れてないおじいちゃんがやってるみたい。あ、さすがにおばあちゃんか。自分のイメージに引っ張られすぎた。
「あ!あそこあそこ」
先輩は腕を向かいの建物に伸ばす。黒っぽい建物だ。なんかの事務所とかでありそうな感じの。
「どこで渡るんですか?」
純粋に疑問を口にする。交通量がそこそこあるのに対し、近くに横断歩道はない。
「たしかに」
辺りをもう一度見渡す。あぁ、遠くには一応横断歩道あるのか。
「どうします?」
「うん、気合いで渡ろう」
大真面目な顔で先輩は言う。気合いってなんだ、気合いって。
2人してただの道路の前に佇む。なんかあったよな。でかいスケッチブックみたいなやつ出して、行き先同じだったら連れてって、みたいな。普通に考えてあれ、気まずくないんだろうか。車乗せてもらったはいいけど、相性最悪とかないんだろうか。
「よし、尚行くよ!」
「え」
ぼーっとしてたら思い切り腕を掴まれ、引っ張られる。やべ、コケるって。
猛ダッシュよりちょっと控えめで走る。そんなに長くないはずの道路が長く感じる。スローモーションのようだ。先輩の髪が風になびいて綺麗に揺れる。なんか、楽しい。もし先輩と出会わなければこんな気分にはならなかっただろうと、道路で思うべきではないだろうことを考えてしまう。ーーこれは非日常のはずなのに先輩といれば、日常になりそうな気がした。
「いやー渡れてよかった」
「そうですね…………」
若干息切れしてるのをバレないようにゆっくり呼吸する。先輩はというと、息切れとかの気配なく平然としている。あれ?先輩って帰宅部だよな?
「さぁ入るか」
「はい」
カランカランと鈴が鳴る。既にオシャレな感じが…………。店内に入ると、2人掛けの席が5、6席。お客さんは2人しかいなかった。全体的に焦げ茶で、なんかオシャレだけど凄く落ち着く雰囲気のお店だ。
オレはキョロキョロしながら、先を行く先輩についていく。
「いらっしゃい」
店員のおじさんが笑顔で言う。あぁ。ここで注文して会計も済ませてから食べるって感じか。先輩のすぐ横に並び、メニューを眺める。トースト。たまご、ツナマヨ、オニオンキムチ…………。あ、カレーもある。うまそう。どうしよう。
「なんにするの?」
「えー迷い中……え、海苔トーストある」
「おお、おいしそう」
「オレ、海苔トーストにします」
「決めるんはや。飲み物は?」
「あーじゃあカフェオレにします」
「聞いておいて、私まだ決まってない。先会計していいよ」
「はい」
オレは財布をリュックから出しながら、注文いいですか、と言う。えっと……
「海苔トーストで、飲み物はカフェオレでお願いします」
「はーい。660円になります」
「はい……」
手間取りながら千円を出す。いつも千円持ち歩くようにしててよかった。
お釣りを受け取り、先輩の様子を窺う。ーーと目が合った。決めた、と小さく呟き、注文し始めた。
オレは邪魔にならないように少し離れる。コーヒーのいい香りがするな。って、向こうに豆が売ってんのか。それだけでこれから食べて飲むものを期待してしまう。絶対うまいな、こりゃ。思わず口角が上がった。
「うわぁおいしそうー」
先輩がオレの思ったことを代弁する。オレのプレートが届いてすぐ先輩のも届いた。たまごサンドだ。おいしそう。
「じゃあ」
先輩は顔の前で手をあわせ、にやっとしながらこちらを見る。
「「いただきます」」
さっそくメインのトーストをかじる。おお。うまい。うわ、うまい。うまいな。
「うっっま」
思わず声が出た。先輩は嬉しそうにたまごサンドを食べている。
「あー幸せだなぁ」
先輩の言葉に頷く。お腹空かせて食べるのは、まじでうまい。
「尚、なんか」
「ふぁい?」
先輩が半笑いでこちらをじっと見る。え、なに?
「目に光がある気がする」
え?
一旦、口に含んだものを飲み込む。
「オレはいつも目に光宿してますよ」
オレも半笑いで応える。
「あ、戻った」
あれ。戻ったらしい。まぁ端から目に光あるとか思ってはなかったが。
「尚って普段、若干目、死んでるよね」
「そうですか?」
「うん」
そうか。まぁ困らないからいいが。
「あと、そのサラサラのストレート髪いいよね」
「え?」
ちょっと話が変わった。髪……そうだろうか?ちょっと硬い髪だけどな。視線をすぐ上に上げる。かろうじて前髪が見える。手は塞がっていて使えない。
先輩の方に視線を移す。先輩だってサラサラじゃないか?
「私はアイロン通してがんばってる。癖毛酷すぎて、湿気高いとやばいんです」
オレの思っていることを見透かしたように言った。
「へぇ…………」
知らなかった。とてもそうは見えない。少し癖があるかなぐらいで愛嬌だと思ってたけど、そうか。みんな、知らないだけで色々あるよな。
「まぁそういうもんさ。しゃーないしゃーない」
誤魔化すように笑った。その笑顔が少し寂しそうに見えて、突然、あの手帳のことを思い出した。先輩はどれだけのものを抱えているんだろうか。




