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天才の弟  作者:
20/81

20 幸せ

「たぶんこの辺だったはず」

「おお」

 先輩はスマホで場所を確認する。え。スマホと距離近っ。使い慣れてないおじいちゃんがやってるみたい。あ、さすがにおばあちゃんか。自分のイメージに引っ張られすぎた。

「あ!あそこあそこ」

 先輩は腕を向かいの建物に伸ばす。黒っぽい建物だ。なんかの事務所とかでありそうな感じの。

「どこで渡るんですか?」

 純粋に疑問を口にする。交通量がそこそこあるのに対し、近くに横断歩道はない。

「たしかに」

 辺りをもう一度見渡す。あぁ、遠くには一応横断歩道あるのか。

「どうします?」

「うん、気合いで渡ろう」

 大真面目な顔で先輩は言う。気合いってなんだ、気合いって。

 2人してただの道路の前に佇む。なんかあったよな。でかいスケッチブックみたいなやつ出して、行き先同じだったら連れてって、みたいな。普通に考えてあれ、気まずくないんだろうか。車乗せてもらったはいいけど、相性最悪とかないんだろうか。

「よし、尚行くよ!」

「え」

 ぼーっとしてたら思い切り腕を掴まれ、引っ張られる。やべ、コケるって。

 猛ダッシュよりちょっと控えめで走る。そんなに長くないはずの道路が長く感じる。スローモーションのようだ。先輩の髪が風になびいて綺麗に揺れる。なんか、楽しい。もし先輩と出会わなければこんな気分にはならなかっただろうと、道路で思うべきではないだろうことを考えてしまう。ーーこれは非日常のはずなのに先輩といれば、日常になりそうな気がした。

「いやー渡れてよかった」

「そうですね…………」

 若干息切れしてるのをバレないようにゆっくり呼吸する。先輩はというと、息切れとかの気配なく平然としている。あれ?先輩って帰宅部だよな?

「さぁ入るか」

「はい」

 カランカランと鈴が鳴る。既にオシャレな感じが…………。店内に入ると、2人掛けの席が5、6席。お客さんは2人しかいなかった。全体的に焦げ茶で、なんかオシャレだけど凄く落ち着く雰囲気のお店だ。

 オレはキョロキョロしながら、先を行く先輩についていく。

「いらっしゃい」

 店員のおじさんが笑顔で言う。あぁ。ここで注文して会計も済ませてから食べるって感じか。先輩のすぐ横に並び、メニューを眺める。トースト。たまご、ツナマヨ、オニオンキムチ…………。あ、カレーもある。うまそう。どうしよう。

「なんにするの?」

「えー迷い中……え、海苔トーストある」

「おお、おいしそう」

「オレ、海苔トーストにします」

「決めるんはや。飲み物は?」

「あーじゃあカフェオレにします」

「聞いておいて、私まだ決まってない。先会計していいよ」

「はい」

 オレは財布をリュックから出しながら、注文いいですか、と言う。えっと……

「海苔トーストで、飲み物はカフェオレでお願いします」

「はーい。660円になります」

「はい……」

 手間取りながら千円を出す。いつも千円持ち歩くようにしててよかった。

 お釣りを受け取り、先輩の様子を窺う。ーーと目が合った。決めた、と小さく呟き、注文し始めた。

 オレは邪魔にならないように少し離れる。コーヒーのいい香りがするな。って、向こうに豆が売ってんのか。それだけでこれから食べて飲むものを期待してしまう。絶対うまいな、こりゃ。思わず口角が上がった。


「うわぁおいしそうー」

 先輩がオレの思ったことを代弁する。オレのプレートが届いてすぐ先輩のも届いた。たまごサンドだ。おいしそう。

「じゃあ」

 先輩は顔の前で手をあわせ、にやっとしながらこちらを見る。

「「いただきます」」

 さっそくメインのトーストをかじる。おお。うまい。うわ、うまい。うまいな。

「うっっま」

 思わず声が出た。先輩は嬉しそうにたまごサンドを食べている。

「あー幸せだなぁ」

 先輩の言葉に頷く。お腹空かせて食べるのは、まじでうまい。

「尚、なんか」

「ふぁい?」

 先輩が半笑いでこちらをじっと見る。え、なに?

「目に光がある気がする」

 え?

 一旦、口に含んだものを飲み込む。

「オレはいつも目に光宿してますよ」

 オレも半笑いで応える。

「あ、戻った」

 あれ。戻ったらしい。まぁ端から目に光あるとか思ってはなかったが。

「尚って普段、若干目、死んでるよね」

「そうですか?」

「うん」

 そうか。まぁ困らないからいいが。

「あと、そのサラサラのストレート髪いいよね」

「え?」

 ちょっと話が変わった。髪……そうだろうか?ちょっと硬い髪だけどな。視線をすぐ上に上げる。かろうじて前髪が見える。手は塞がっていて使えない。

 先輩の方に視線を移す。先輩だってサラサラじゃないか?

「私はアイロン通してがんばってる。癖毛酷すぎて、湿気高いとやばいんです」

 オレの思っていることを見透かしたように言った。

「へぇ…………」

 知らなかった。とてもそうは見えない。少し癖があるかなぐらいで愛嬌だと思ってたけど、そうか。みんな、知らないだけで色々あるよな。

「まぁそういうもんさ。しゃーないしゃーない」

 誤魔化すように笑った。その笑顔が少し寂しそうに見えて、突然、あの手帳のことを思い出した。先輩はどれだけのものを抱えているんだろうか。


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