18 手帳
結局好奇心に負け、その手帳をどんどんと遡った。
10月25日 19時22分 カメラの△△前 横断歩道
10月14日 7時58分 ○○駅1番線
9月29日 15時39分 ◇◇書店 2階
9月15日 8時20分 北門前階段
ひたすらに意味のわからない日付と時刻、場所が書かれている。それに、上から斜線が入っている。いや、11月の分には入っていない。なんなんだ、これは。暗号のような、謎解きのような。でもこれは、きっとそんなものではない。
…………全部を読むのにはちょっと気合いがいるな、これは。途中まで捲って止める。先輩、というかそもそも他人のものだし、これ以上はやめておこう。
手帳を閉じると、その拍子に紙が落ちた。なんだ?あ、もしかしてオレがやっちゃったのか?
慌てて拾う。その紙にはマスキングテープが上に貼ってある。手帳に貼り直してたのか。オレのせいで千切れたという訳ではなさそうだ。それは良かったが…………この紙もなかなか意味深だ。
H.S.2025.10.12.
かなりの殴り書き。これも今さっきまで見ていた謎のメモか。でもこれには場所までは書いてない。
カシャン
ビクッと身体が跳ねる。筆がパレットから落ちたようだ。あぁ、これはそういうことか。もうやめとけ、と。
中身は見なかったふりをして返そう。手帳をリュックにしまった。
次の日の放課後。時刻は17時3分。普段ならとっくに来ている時間だ。教室にはオレひとり。
先輩の教室行くか。いや…………何組か知らんな。でも先輩は理系だし、目星はつく。きっと1、2、3組のどれかだろう。このままでも暇だし行こう。あ、その前に、手帳も一応持っていっとこう。
階段を降りる。階段を降りてる途中から見える2組は電気も消え、扉も閉まっている。じゃあ1組か?…………あ。
見つけた。
でも声が掛けられない。いつも話してるのに、なぜ。ーー先輩は1人じゃなかったから。
なんとなく気まずくて、向こうから見えないように隠れる。…………なんか話してる。
「ごめん、もう大丈夫だよ」
「いや、ここまできたら探すよ、最後まで」
「いや悪いって」
探す…………もしかしてこれか?手にある手帳を見る。うん、こんなタイムリーに別の探しものはないだろう。
出ていこうか迷っている間になにやら話し始めた。
「最近さ」
「うん?」
「あの、1年といるよな」
「……あぁ、尚のこと?」
「ん、たぶん」
オレ?どういう流れなんだ。耳をそばだてる。
「で?どうかした?」
「いや、なんで一緒にいるんだろうって」
「なんでって…………」
先輩がどう答えるか迷っているのがこの距離でもわかる。オレはというと、なんて答えるか、緊張している。オレが緊張する場面でもないはずなんだが。
「…………」
「……そうだなぁ。尚の絵が好きってのが大きな理由だけど、最近は……一緒にいると安心するからかも」
心臓が跳ねた。感情がごちゃ混ぜになったような、苦しいのに嬉しいような。なんだこれ。オレの絵が好きだと、そう言ってくれたのは勿論嬉しい。でも、それ以上に…………その後の言葉が刺さった。いつも傍で無駄話をするあの時間を、先輩も同じように感じてくれていたのだろうか。
「………………そっか。変なこと聞いてごめんな」
「え、ううん」
一瞬、もう1人の先輩のこと忘れてた。そうだ。オレは大分変な状況にあるんだった。
「教室には、無さそうだな」
「うん、だね」
今だ、と思い、先輩の教室に入る。
「先輩、昨日これ落としませんでした?」
「え、尚!」
びっくりしたような顔をして、すぐ嬉しそうに笑った。なんでそんな顔するんだ。なんか一緒に笑いそうになるじゃんか。
「ごめん、探しものしてて……」
「だから、これじゃないですか?」
「え、そう!」
「ははっ」
先輩はオレの手から手帳を受け取る。そして安心したようにため息をついた。
「まじかー、あそこで落としてたのか。気づかんかった」
「帰るの早かったですしね」
「え?うん。ありがとう」
「いえ」
すっかり忘れて2人で会話していたが、もう1人いるんだった。前髪が真ん中分けの、いかにもスポーツしてそうな男の先輩。オレより背が高い。
「…………じゃあ、帰るわ」
目が合うと気まずそうに目を逸らし、そう言った。逆に申し訳なくなってきた。
「葛西君ありがとね。明日お菓子あげる」
「やった」
彼は背を向け、軽く手を振って出ていった。オレは視線を先輩に戻す。
「……ん?どうかした?」
「いや……アホ毛立ってるなって」
「え」
「うそ」
じっと無意識に見ていたのを誤魔化すために思いついたのが、アホ毛という。
「そんな子に育てた覚えはありません」
少しむっとしたように見せる。怒っても迫力が無さそうだと思ってしまう。
「育ててもらってません」
「はは、そりゃそうだ」
いつも通りの先輩だ。でも手帳を右手に握りしめている。そんなに大事なものだったのか。
「先輩、口あけて」
「え?」




