17 愛しい
肩にずしっと重みが来た。集中していたオレはびっくりして声をあげそうになる。
……先輩、寝てんのか。2年の冬手前にもなると、勉強もそこそこにしているんだろう。
オレは筆をパレットにそっと置いた。先輩が寝てるのをちらっと見てから、また目の前の自分の絵を眺めた。
はじめは下塗りみたいな感じで青一色の薄く淡い絵だったけど、今はだいぶ色が載っている。鴨3羽と湖に映る自然。まだまだ透明感を出すには荒っぽい。
自分らしい絵ってなんだろ。先輩と初めて会ったとき、言ってたよな。たしか……
『繊細で優しくて淡い色使いで、寂しさと、冷酷さを持っていて』
『上手に本音を隠している』
あぁ、あのときは正直焦っていた。平静を装いながら、なんでそんなはっきり言うんだって。
先輩の言う通りなら、繊細で優しくて淡い。寂しさと冷酷さを持つ、絵。
わからないな。それは良いことなんだろうか。まぁでも、悪い気分でもなかった。なんでそう思うんだろうな。
あの頃は珍しいぐらいに堂々としていて、不思議な雰囲気を醸し出していた先輩だけど、今隣にいる先輩は穏やかで柔らかい雰囲気だ。不思議なものは不思議だけど。
ーー愛しい。
思ったと同時に頭から掻き消した。
先輩が動く気配がする。起きたのだろうか。ちょっと顔を傾けて先輩を見る。
目が合うと驚いたようにこちらを見る先輩。
「んぇっ」
先輩は喉になにかつっかえたような変な声を漏らして、ばっと起きた。
「え?」
オレは半笑いでとぼけたように言う。先輩がいた方の肩に冷たい空気が触れ、少し肌寒い。
「ごめん!寝てたー」
「いやいや、そんなにですよ」
「え?ほんまに?」
「まじまじ」
先輩は髪を手ぐしで整える。ちょっと髪に癖がある。
まじまじと見るのもなんだか気が引けて、なんの気なしに腕時計に目をやる。5時40分か。ちょうど電車が出ちゃったか。次は6時11分。まだ時間あるな。
「どうかした?」
「いや、特に」
「そ?じゃいいや……ってあれ、めっちゃ進んでるやん」
先輩はオレの絵を見て、目を丸くしている。
「え、あぁたしかに」
先輩がいつから寝てたかはわかんないけど、だいぶ経ってたんだろうな。
「へぇ……やっぱ綺麗」
「あざます」
軽く応える。
「うん、もっと誇っていいよ」
「そう、ですかね」
思いの外、真剣な目で言われ返事に困った。なんか照れくさい。
「うん。いいんだよ」
そう言って先輩は、柔らかく笑った。………………やっぱり柔らかい雰囲気だ。傍にいて居心地が悪くない、というかむしろ良い。思っていたより身近な存在のように感じる。まだこの穏やかな気分のまま、ぼーっとしていたいと思う。
「あ」
「どうしました?」
「ごめん、もう帰らなきゃ」
先輩はそう言い、リュックを背負う。
「じゃね」
「え、はい」
一瞬にして帰っていった。さっきまで隣に居たのが嘘みたいに。はえー。あれ、先輩って何で学校来てるんだろ。電車だろうか。さすがにわからん。…………オレも帰ろ。
床に置いていた油の入った容器を取り、蓋を閉める。なんとなく視線を落とすと、白っぽい何かが視界に入った。なんだろう…………手帳?
容器を床に置き、立ち上がる。やっぱり手帳だ。先輩落としていったのか。
ページが開いたままだ。見ていいものなのか、と思いながらも、開いてるんだから少しぐらいいいだろうと拾い上げ、眺める。…………殴り書きのような、字。
11月11日 16時05分 2〜3 階段
なんだ、これ。




