13 夏と冬
オレの手の平にあるのは、エッフェル塔のデザインの薄く小さな磁石。2枚が重なってるような構造。隙間から剥がしてみる。あ、2つ折りか。
「それ、栞なんだけど、私あんま合わなくて」
「合わない?」
「そう。それ割と磁石強いじゃん?毎回つけるの、ちょっと面倒っていうか」
「あー」
「紙を表と裏?から挟むから落ちにくくて良いんだけど、私には紙の栞の方がよかったからさ、もらってくれない?」
「良いんですか?やったー」
こういう小さいものが好きだ。栞となればさらに。高校生になってから読書はかなり減ったけど、久々に読んでみようか。磁石の栞は初めてだ。嬉しい。
「よかった」
「まじでありがとうございます。結構嬉しい」
「よかったよかった」
先輩は微笑ましい、というような穏やかな表情をしていた。この人、色んな表情するな。
「よし、勉強するか」
「うっ……はい」
置きっぱなしにしていた荷物を取り、ラウンジに移動する。誰もいない。
「今の気温が一番ちょうどいいよね」
「めっちゃわかります。夏長過ぎましたね」
「ねー。小学生のときとか、30度超えたら暑いって認識やったのに、今35度とか普通にあるって、頭おかしいよね」
「それなすぎる」
もう感覚が狂ってきている。この数年で最高気温が上昇しすぎだろ。
「で、この秋が一瞬で終わって、凍える季節がやってくるんだ」
「……嫌すぎる」
「夏と冬、どっちが好き?」
「え、2択?」
「うん」
先輩は目を細めて笑う。
「究極すぎる質問ですね」
「うん、そう思う」
先輩はにまにましながら、オレの返答を待つ。
夏か秋か。強いて言うなら…………冬かぁ?でも、寒くて凍えるのは嫌だ。でも、夏で汗をだらだら流すのも嫌だ。夏は冷房がないとだけど、冬は厚着しまくればどうにかはなる。となると、やっぱり…………
「冬、ですかね。強いて言えば」
「おおー。同じく」
「でもやっぱ秋が良いかな」
「へぇ?私は割と冬、好きだけどなー」
「大体春か秋かの2択な気がする」
「あれー?」
おかしいなぁ、と苦笑いする先輩。色白で、マフラーを巻いている姿が目に浮かぶ。確かに先輩は冬っぽい。
「価値観は人それぞれってことですね」
「結局はそうなるな」
向かい合う形で座る。リュックから4stepを出す。高校生なら誰もが苦しむ数学問題集。
「あ、青い4stepだー。懐かしー」
先輩は言いながら緑色のテキストを出す。…………ん?4step?
「2年はね、緑なんです」
「おぉ…………やりたくねぇ」
あ、つい本音が。
「ん?あれ。尚って文系理系どっち?」
「たぶん、理系ですかね」
「あら。苦しみますよー来年から」
「もう十分」
「いや、理系舐めたらあかん」
「てか、先輩理系だったんすね」
「そーだよー高校生辞めたくなる」
苦々しく笑う。なんだかんだ先輩はうまくやってんだろうな。なんとなく、勉強には向き合っているような感じがする。…………オレはそこまでなりたいものもない。頑張る理由がない。だから人並みか、人並み以下にしか努力はできない。ーーかつては凄い画家になりたかったけど。
「…………ちゃんとした夢、あったら……」
先輩には聞こえなかったみたいだ。ほっとしたような、少しがっかりしたような。




