10 あなたの名前は
「お名前、なんでしたっけ?」
「…………」
先輩は驚いたようで、ただでさえ大きな瞳を見開く。しばらく固まった後、先輩の肩は震え始めた。
ん?なんだその顔は。口を引き結び、力を入れているのがわかる。何かを堪えるように、オレの、その先を見ているように見える。…………まさか。
「えっと……真剣なんですけど」
「うん……あははっははっ。やばい。あははっ」
堪えられない、というようにめちゃくちゃに笑う。…………なんで。
「な、何がそんなおもしろい……」
「え?何がって……ふふっ。あははっ」
「いや、笑いすぎですよ」
何がおもしろいのかわからないのに、先輩が笑っているのを見ると思わず笑ってしまう。真顔ができない。
「尚の必死な顔の理由が、こんなくだらんことかって思うと……ふふっ」
まだ笑ってる。まじか。オレ、そんな必死な顔してたか?
「だってさ、尚。こんな顔してたんだもん」
そう言って先輩は自分の眉毛に人差し指を当てて、ハの字を作る。犬みてぇ。ていうか。
「オレ、そんな顔してませんて」
「してた!まじでしてた」
また思い出したのか、笑い出す先輩。
「深呼吸しましょ、深呼吸。吸ってー吐いてー」
「めちゃくちゃ棒読みじゃん」
先輩は律儀に深呼吸した後にそう言った。やっと笑いが収まってきたようだ。よかった。
「尚のせいで、腹筋筋肉痛なるよ」
「よかったですね。明日には割れてるかもしれません」
「いや割れんって」
ナイスツッコミ、と心の中で呟く。
「で、お名前は?」
「あぁそうだった。じゃあ改めまして、神原依です」
にやにやした表情のまま、先輩は自己紹介する。かんばらより、か。
「かんばらって神の原?」
「そうそう。依は依存の依、ね」
神原依。
「なんか、かっこいい苗字だ」
「え?そう?」
「自分的には」
「そうか……羨ましいだろう」
先輩はにやっと笑って見せる。けど。
「なんか……今更感が否めない」
「ははは。だよねぇ」
すぐ笑う。笑顔がデフォルトみたいだ。
「まぁ、とりあえず、名前たぶん、覚えました」
「たぶん……まぁそれでいいや」
さっき笑いすぎたせいか、先輩は目元を拭う。
「じゃあ仕切り直して同級生ごっこするか」
「同級生ごっこって長いな。まあいいか」
「うん。…………じゃあ、今日はなんかおもしろいことあった?」
「……おもしろいこと……?」
「うん。なんかどうでもいいようなこと」
「うーん……」
先輩は簡単に言うけど、そういう類の質問が一番難しくないか?おもしろいこと、おもしろいこと、おもしろいこと、おもしろい……。
「あ」
「お?」
「おもしろいかわかんないですけど」
「あ、敬語」
「ああ。おもしろいか、わからんけど?」
「うんうん」
敬語外すと違和感半端ねえ。普段からまともには敬語使ってる訳でもないけども。
「えっと、今日、寝た」
おい、語彙力。




