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第4話♡胃袋を掴め‼幼なじみの特権朝ごはんイベント!!

 おはようございます!わたし藍野いおりです。今日は『ときめき学園』2日目です。………ですですばかりですみません。でも、入学式が終わってぐっすり眠って、冷静に自分を考えることができたのです。


昨日までのわたしは最短期間でレン君と結ばれることを目標としていました。早く帰りたいという気持ちが頭の中でグルグルして周りが見えていませんでした。なので!今日はおとなしくします。


…でも朝ごはんくらいはいいですよね。


「おはようございます!今日も一日頑張りましょう!レン君」


「うんおはよう。今日はなんだかスッキリとした顔をしているね。それに抱きついてこないし」


「じゃあ抱きつきますねっ!」


わたしはレン君に飛びつきました。あれ?レン君が抱きしめ返してくれます。まだわたしの背中に手を添えるだけですけど、それでもレン君の気持がわたしに向いているということでしょうか。


「レン君っ!大好きです!」


レン君との好き好きハグを終えて朝ごはんを食卓に置く手伝いをします。実は…レン君が起きる前におばさんにお願いして一緒に朝ごはんを作ったのです。今日の朝ごはんが受け入れられたら、もはや結ばれたと同じではないでしょうか。白ごはん、お味噌汁、ツナサラダ、わたしが作った卵焼き、おいしいと言ってください。


「この卵焼きおいしいね。母さんがいつも作っているやつより甘くてトロトロしてる」


「いおりちゃんが作ったのよぉー。ふふ、よかったわねぇ。こんな可愛くてお世話の焼いてくれる女の子絶対に逃しちゃだめよぉ」


「母さん…うるさいよ、あー…いおりちゃんありがとう。こんなにおいしい卵焼きは初めてだよ」


「はいっ!どういたしましてです!好きな人に料理を褒められるなんてわたしはしあわせものです。ところで他の料理もお手伝いしたのですが、明日から毎日朝ごはんのお手伝いをしてもいいですか?」


レン君がわたしの目を見て微笑みます。


「いいよ。でも、もし早起きがしんどくなったら止めてもいいからね」


「了解しましたっ!」



 通学の時間になりました。バス停までレン君と二人きりの登校です。今日から通常授業が始まるので学生カバンが重たいです。


「レン君っ、授業に必要なものは全部持ってきていますか?忘れ物をしても同じ教室のわたしやアイラは貸すことができませんからねっ!」


「大丈夫だよいおりちゃん。最初の授業だから教科書を忘れても減点にはならないと思うよ。それよりカバン持とうか?さっきから何度もカバンを持つ手を変えているよね」


「心配無用ですっ!これくらい持てなくちゃだめなんです!それともなんでもお願いする女の子の方が好きですか?」


レン君が困った顔をして手をわたしのカバンに近づけます。


「じゃあ、卵焼きのお返しということでいいかな」


わたしの学生カバンの持ち手を掴んで取り上げてしまいました。


「ハワワっ⁉………あ、ありがとうございます」


両手が空いてしまったのでもじもじしているとバス停に着いてしまいました。チラチラとわたしたちを見る目が恥ずかしいです!人目を避けてバス停の列に並ぶと、前に並んでいた女子生徒が振り返って話しかけてきます。昨日友たちになった同級生のアイラです。


「朝からアツイね。朝から見せつけてくれるじゃん。でも、バスの中でカバンが無かったら困るから自分で持ちな、いや隣の席の私が持ってあげてもいいけど」


アイラがレン君からわたしの学生カバンを強引にもらいました。ちょうどバスが来たのでわたしは手を空っぽにして乗車することになりました。バスの中でもわたしへの視線があってはみょはみょです…。


―――――


 バスが学園に着きました。前の人から次々と降りてわたしの番になります。バスの中ではみょはみょになっているわたしは、活気づいている下駄箱前の生徒たちをバスの窓ごしに見て席を立つことができませんでした。


「人がすいてから降りるのでお先にどうぞです」


うしろの席の人たちにお願いして先に降りてもらいます。アイラはわたしと一緒に降りるそうです。バスの乗客席にわたしたちしかいなくなってからもう一度下駄箱前を確認すると、さっきよりも息苦しくなさそうなのでおりることにしました。


「始業のチャイムまで時間はあるから外で待っていてもいいけど」


「いえ、ここでくじけてしまってはダメな気がするので行きます。それとアイラ、学園内で友だちにカバンを持たせているところを他の人に見られるのは恥ずかしいので返してください」


「………分かった」


アイラから嫌々カバンを渡してもらい、バスから出ます。今日から本当に高校生活が始まる。今の今まで中を見てない教科書も先生から教えられる妄想では説明できない内容も受け入れて、この世界を受け入れて、日常を過ごす覚悟の一歩を教室に着くまで何度も踏みしめました。



 目の前でちっこいのがぷるぷると震えながら歩いている。そんなに勉強が嫌いなのだろうか。昨日は出会ってから別れるまで終始笑顔でこんなおびえた顔見せなかった。それとも昨日の教室での発言を思い出してしまったのだろうか。私もいおりのあの発言には驚かされた。見た目は中学一年生で振る舞いも少女のそれだったから私の知っているいおりではなかったけれど、かわいいな程度で済ませていた。先生にした変な質問でいおりに対する見方が変わった。たぶん、目の前で震えている少女はわたしの知っているいおりでも、あの女角レンという男の知っているいおりでもない。


「いおり、やっぱりカバン持とうか?小鹿みたいに震えていると余計目立つ」


「だ、だ、だいじょうぶです!これはただのむしゃぶるいです!カバンが重くて震えているわけではありません」


でもたとえ中身が何であれ、私の大好きな藍野いおりの姿をしているなら世話くらいはしてやろう。


「ほらカバン貸して。あと迷子になるから手もつながないと」


「ハワーッ⁉子どもあつかいしないでください!」



 教室に着き自分の席に座ります。朝補充したごはんエネルギーが急激に消費されたので、ぐでーっと机に倒れこみ目を閉じます。


「寝るな!」


アイラに邪魔されてしまいました…。


「朝礼始まったら一時間目の授業が終わるまで話せないから」


アイラは黒髪ロングで誰も話しかけないでっていう感じを周囲にまき散らしているのに、わたしの睡眠は邪魔してきます。


「一時間目の授業の準備はできているの?」


「いちじかんめはー…英語です。はろーアイラー…ぐっない」


「居眠りする悪い子は…こうだ」


「ハワッ!…っふ、ふふふ。くすぐったいです!」


「眠たいなら顔を洗ってきたら」


そう言うと、アイラはわたしにハンカチを渡してトイレに行くよう促しました。仕方がないので、わたしは朝礼のチャイムを気にしながら小走りでトイレに向かいました。



 朝礼前のトイレには誰もいないと思っていたのですが先客が一人いました。首を傾けないと顔を見ることができない居酒屋ちずる先輩です。


「いおりちゃん昨日ぶりだね。今日から授業が始まるけど予習はしてきた?」


「ちずる先輩昨日ぶりですっ!もちろんばっちりですよっ。ほら見てくださいこの眠そうな目!昨日の夜べんきょうしすぎて寝不足なんです」


ちずる先輩の横を失礼して顔を洗います。さっぱりとした顔で先輩を見上げるとニヤニヤしていました。


「ふーん、ちゃんと予習してえらいね。ご褒美にボク特製のクッキーをあげよう。はいどうぞ」


ちずる先輩はカバンの中からクッキーが数枚入ったプラ袋を取り出しました。わたしはちょっとだけ罪悪感を感じ、クッキー入りプラ袋を受け取りました。


「ところで、ちずる先輩はどうして一年生のトイレを使っているのですか?」


「それはね…いおりちゃんみたいなかわいこちゃんに会うためだよ」


ちずる先輩がわたしのほっぺたを両手で挟みます。ちずる先輩は数回わたしをモチモチしたあと満足したのかわたしのほっぺたを解放しました。


「またねいおりちゃん。次ぎ合うときにクッキーの感想を教えて?」


ちずる先輩がトイレからいなくなったあと朝礼前のチャイムが聞こえ、わたしは急いで教室にむかいました。



朝礼が終わり、一時間目の授業が始まる。


一時間目の授業が終わり、二時間目、三時間目、四時間目の授業が終わる。


 抽象的になりますが、わたしの予想どうり現実を突きつけられました。教科書にはわたしの知らない知識が詰まっていてあっという間に時間が過ぎていました。


「いおり、ぼけーっとしてるけど昼ごはんはどうするの。食堂利用するなら早くいかないと席が無くなる」


「アイラ、午前中の授業はどうでした?」


「普通。難しくはないけど復習しなかったら困るくらい」


「ですね。ふつうの、高校生が習うレベルのちゃんとした授業でした。…日常が始まるのですね。…さあ、食堂に行きましょう」


「わかった。レンはおいていってもいいの?」


「レン君は別教室の友達と昼ごはんを食べると言ってました。それに、ずっと一緒に居ても特別感が薄れるだけですから、学園の中ではあまり話しかけないと決めたのです」


「そっか」


わたしたちは食堂に向かいます。おいしいものを食べて午後授業を乗り切りましょう!


―――――


 午後授業が終わりました。教室に差し込む夕日の光はわたしの帰りたい気持ちを増長させます。放課後、仮入部している生徒たちはすぐに教室から出ていき、予定のない生徒たちは好きに過ごしています。レン君もわたしにまた明日と言って友達と部活に行きました。


「いおり、私も書道部に行くけど、よかったら…」


「いえ!今日は家の用事で帰ります。部活動楽しんでください!」


「家の用事ね…わかった、また明日」


アイラが教室から出ていきました。今のところレン君とアイラしか知り合いがいないこの教室にいても時間の無駄なので、わたしも出ることにします。


「大五郎先生さよならですっ!」


「ああ藍野ちょっと待て。来月の話になるんだが、三者面談に連れてくる保護者がいるなら予定を空けておくよう伝えておきなさい」


「わかりました!」


大五郎先生に別れの挨拶を伝え、まだ人が残っている廊下に出ます。軽くなったカバンを片手に玄関口まで歩いていると、後ろから声をかけられます。


「いおりちゃん、朝ぶりだね。ちずる先輩だよ」


「ちずる先輩!後ろから声をかけられるとびっくりするのでやめてください。料理部なら行きませんよ!」


「声をかけたのはいおりちゃんを見つけただけだよ。今日は部活動の日じゃないので勧誘はしないよ。それより、ボクが作ったクッキーおいしかった?」


「………はいっ!おいしかったです!」


「何味だった?」


「えぇーと…」


「食べてね」


「はい…」


すっかり忘れていたカバンの中のクッキーが粉々になっていないことを祈りながらちずる先輩と別れました。



 わたしは今、帰りのバスを待つ生徒たちの集団にのまれています。知らない生徒たちがこの街のレジャー施設のことで盛り上がっています。植物園、町一番の商業施設、電車を使えば遊園地に海水浴場、温泉も⁉…イケおじ神様が用意してくれた外出デートのバラエティーの多さに何としてもレン君と結ばせるという意思を感じます。


「でもレン君はこの街の住人なのですから、新鮮味は得られなさそうです」


生徒たちの話し声で情報収集しているとバスが着きました。先輩たちが次々と乗り一台目のバスが満員になります。同じ学年の生徒たちが二台目に乗り始めます。すでに仲良くなっている人同士で乗るので、わたしのようなお一人様は最後まで待たされます。二台目が満員になりかけているときに、待っている人がわたしが乗れるくらいの数まで減りました。


「お家に帰ったら掃除の続きをしないとですね!」


「あら、もうお帰りですの?いおり」


列の最後尾で待っていたわたしに艶やかな金髪をなびかせたお嬢様口調の女子生徒が話しかけてきました。元生徒会長三年生の女神さま、アリス先輩です。


「アリス先輩!こんばんはです。先輩もバスで帰るのですか?」


「わたくしは執事が来るまで学園を見回りしているところですわ。わたくしもバスで通学したいのですけれど、他の生徒たちに気を使われてしまうので、いつも一人で通学しているのですわ…」


「アリス先輩…」


「でも今年で卒業ですから…いおりはご友人と楽しく帰るのですよ」


バスに乗り込む生徒たちを眺めるアリス先輩は口角を少し上げて笑顔をつくっていました。わたしの前にならんていた生徒がバスに乗り乗務員さんが乗車を促してきます。わたしは乗務員さんに乗らないことを告げ、アリス先輩に向き直します。


「アリス先輩、わたし人が多いところが苦手なので次のバスに乗ろうと思ったのですが、今日は早く帰りたいことを今思い出しまして………よかったらアリス先輩の車に乗せてくれませんか?」


「あらあら、いおりはやさしいですわね。よろしくてよ。…執事の車が着いたそうなので一緒に向かいましょう」


「はいっ!」


わたしはアリス先輩の後ろを早歩きでついて行きます。凛とした姿勢で歩くアリス先輩を見ていると頭が横に揺れていることに気が付きました。



 今、わたしは黒塗りの高級車の後部座席に座っています。昨日と同じくびくびくしながら、助手席に座っていたアリス先輩がわたしの隣に座っていることに安心感をおぼえます。今から向かう先はわたしの住んでいるマンション、ではなくその近くにあるスーパーマーケットです。今日どうしても早く帰りたかった理由、わたしがあの一室で生活するために必要な消耗品を買いそろえたかったのです。そのことをアリス先輩に伝えるとせっかくだから手伝いますわっと言って行き先を変えてくれました。正直、数日にかけて揃える予定だったので助かりました。そんなこんなで近所のスーパーに着きました。


「いおり、消耗品を買うとは言いましたが具体的に何を買うか決めてますの?」


「学園に来る前に書いた買い物リストを見せますね。…これです!一人で買いそろえる予定だったので今日は本当に必要なものだけなのですが」


「トイレタリー用品、洗濯洗剤、携帯食料、…あら?今日までに必要なものかしら。昨日までにすべて使い切ってしまったのかしら?」


「いえ、一応家にはすべて揃っているのですが、なんていうか…違和感があって。慣れている物があればなって」


「そうですの?まあ好きになさいまし。一人暮らしはなにかと必要なものがあるでしょう。わたくしの執事が荷物を持ちますから欲しいものはすべて買ってもよろしくてよ」


「了解ですっ!あの、執事さんもありがとうございます!」


執事さんがお構いなくとジェスチャーをします。


「いおり、この時間帯は混みますから手を繋ぎましょう」


「高校生にもなって手を繋いでいるところを周りに見られるのは恥ずかしいです!」


「周りから見たら仲の良い姉妹にしか見えませんわ。それとも姉妹として見られるのは嫌ですの?」


「ううん…別に嫌じゃないです。アリス先輩が姉だったら絶対に幸せです!でも、恥ずかしいことには変わりません」


「ずいぶんと恥ずかしがり屋さんでしたのね。心配無用ですわ!」


わたしが顔を横に振って手をもじもじしていると、アリス先輩がわたしの左手を握りスーパーの中まで引っ張ってしまいました。顔を真っ赤にして周りを見ます。しかし、わたしが考えていたことよりもアリス先輩の存在は特殊だったようで、アリス先輩のほうが注目されています。わたしは少しの安心感と罪悪感からアリス先輩との間にあった空間を埋めました。


「ほら見たことでしょう。わたくし、この街では有名人ですのよ。確かに人の視線は避けられませんが、それはわたくしに対してですわ。くっついてくれるのはうれしいけれど、いおりの目的を早く済ませてしまいましょう」


「はい…」


わたしは最短で買い物を終えることにしました。雑貨エリアで『わたしが使っていた物』をカゴの中に入れてレジに向かいます。他の客の視線を見ないために床を見て歩くわたしはアリス先輩にグッと引っ張られて、死角から飛び出てきた子どもと衝突を防がれました。かわりにアリス先輩の豊満な胸に頭がぶつかります。


「あっ、ごめんなさい」


「何を焦っていますの。わたくしのために急いでくれるのはありがたいですが、それは余計なお世話ですことよ。いおり、【聞きなさい】」


アリス先輩がわたしが持っているカゴを床に置いて、わたしの顔と同じ高さまでしゃがんで見つめてきます。


「わたくしとあなたとの間にはたった2年の差しかありません。ですが、中学4年生と高校3年との間には埋められない差がありますわ。しかもわたくしはお嬢様ですでに大人との社交経験もあります。そのわたくしからみると、いおりは言い表せない不安定な行動や言動が目立ち、はっきり言えば危険です」


アリス先輩の説教がわたしのココロにささります。


「わたくしはあなたが抱えている問題に無理やり口を出すほど無礼ではありませんが、あなたの不安定な芯を支えるくらいは許してくださいまし」


「あの、あ…あの、わかりました。わかりましたからもう見つめるのはやめてください。恥ずかしいです…」


アリス先輩がニコリと笑ってわたしを抱きしめました。そしてすぐに離して、わたしの手をもう一度握ります。執事さんが自然な動きでわたしの買い物カゴを持ちます。


「では買い物を続けましょうか。いおりに必要なものを選んであげますわっ」


アリス先輩がわたしの歩く速さに合わせて移動します。わたしはアリス先輩の横顔を見つめながら買い物を楽しみました。



いつの間にか買い物カートを使っていた執事さんが支払いを済ませ車に向かって歩いています。


「…あっお金。今払えない分は帰ったら払えるのでレシートをください」


「何度も言いますが、わたくしお嬢様ですのよ。このくらいのお金を代わりに払えないほど貧乏ではありません。それとも、施しを断ってわたくしの顔に泥を塗るつもりですの?」


「そういうつもりじゃないですけど…」


「わたくしといおりは、血のつながりはありませんし、なんなら3日前に初めて出会った仲ですけれど、あなたのことを家族同然に感じてますわ。このくらいのことは甘えられてくださいまし?」


アリス先輩がわたしの顔を覗き込む。彼女のお願い顔は断る気力も後ろめたい気持ちも消してしまいました。


「あうぅ、甘えさせてもらいます…」


「あらぁ、ホントウのいおりはこんなにしおらしいのね」


車の前に着く。アリス先輩がドアを開けて車の中にわたしを導きます。執事さんが手慣れた動きでトランクに荷物を入れて車を発進させます。


「さて、わたくしとしてはいおりを全力で甘やかしたいのだけど、恥ずかしいでしょうから自重しますわ。ですから、まずはわたくしが考える甘えと、いおりが考える甘えをひとつずつ言って実行しましょう」


「甘えですか?わたしは…ひとりぼっちで帰るのが本当は怖かったから、アリス先輩に一緒に帰りたいとお願いしました。だから、これからも一緒に帰ってほしいです」


隣に座っているアリス先輩がわたしを抱き寄せます。アリス先輩はふふふと笑っています。


「ええこれから毎日一緒に帰りましょう。放課後になったら生徒会室で落ちあいましょう。生徒会室に誰かが来てもわたくしの名前を出しなさい。まだ影響力はありますわ」


「わかりました。わたし待ってますから忘れないでくださいね」


「もちろんですわ!ではわたくしが考える甘えですが、そうですわねぇ………わたくしと二人きりのときはアリス先輩ではなく、アリス姉さまと呼んでくださいまし?」


「うぅ、恥ずかしいけど今度からそう呼んでみます」


「今呼んでくれませんの?」


アリス先輩が抱き寄せたわたしの身体をさらに密着させる。アリス先輩にわたしの鼓動が聞かれそうで恥ずかしい。


「あの…執事さんがいますから二人きりじゃないです」


「ああ!そうでしたら、わたくしと親しい人がいても呼んでほしいですわ。だめですの?ダメならダメとはっきり聞かせて?」


「ダメ…じゃ、ないです。………アリス…お姉さま?」


「はいっ!よくできましたわ、いおりっ」


アリス先輩…、アリスお姉さまがもう一度もう一度と何度も要求してくる。わたしはマンションに着くまでのたった短い間に、頭の処理能力がパンクするほどアリスお姉さまと言った。


―――――


 執事さんにわたしの一室まで荷物を運んでもらいました。その流れでアリス姉さまを中に案内します。まだほこりが積もっているリビングに入ったアリス姉さまは執事さんに部屋の清掃を命じました。


「わたくしの大事ないおりがハウスダストになってはいけませんわ。できることならいおりを我が家に招待したいのですが、ここはいおりにとって大切な場所。それにいおりの自由を奪うことは致しませんわ。だから、これくらいはさせてくださいまし」


執事さんはわたしに許可を取って不要なタオルと車から取り出してきた小型の掃除機で掃除を始めました。わたしたちは掃除が終わるまでの間に買ってきたものを決めた場所にしまいます。和室に入ったとき、布団をぐちゃぐちゃにしていたことをすっかり忘れていたことを思い出しアリス姉さまに叱られてしまいました。「こうやって寝ると気持ちいいのです」と布団の上に寝転がると、「そうですわね」と一緒に寝転がってくれました。そのあと、藍野いおりの父親と母親の布団をふすまの中にしまい、わたしの布団だけを丁寧に敷いてくれました。布団の上に座って両親がいない理由を説明し終わると、執事さんが清掃完了の報告をしてくれました。


「ほこりが見えない…執事さんありがとうございました」


執事さんがどういたしましてとジェスチャーします。


「急に清掃させましたから粗が目立ちますが、及第点ですわ」


アリス姉さまにペコペコと謝っている。アリス姉さまが無視してわたしに話しかけます。


「いおり、今日の夕食は決まっておりますの?よかったら一緒に外食しませんこと?」


「気持ちはうれしいのですが、晩ごはんはレン君と食べる予定があるのです」


「レン君…隣に住んでいる女角レンのことかしら。わたくしより優先順位が高いなんて羨ましいこと」


「はい、レン君はどんなことよりも優先される存在なのです。今のところはレン君がわたしの希望ですから」


「わたくしはいおりの希望になれませんの?」


「ごめんなさい。これだけは、これだけはどうにもならないのです」


アリス姉さまが困った顔をしてわたしを抱きしめます。がさごそと服のすれる音がなんだかうるさいです。


「そう…やはり女角レンがあなたの不安定な芯の原因ですのね。この街から排除することは容易でしょうが根本的な解決方法がわかるまでは行動できませんわね。わたしのいおり、必ずわたしだけを見るようにしてあげますわ」


「アリス姉さま?何か言いました?」


アリス姉さまがわたしを解放します。


「いえ、何も言ってませんわっ♡ふふっ今日はもう帰りますわ。明日からよろしくね」


「はい、よろしくおねがいします。アリス姉さま」


アリス姉さまと執事さんがわたしの一室から出ていきます。エレベーターまで見送ると別れの挨拶をもう一度して二人は去りました。


「アリス先輩、いえアリス姉さまはこの世界で信用できる人かもしれません。でも何でしょう。この、これ以上関係を深めてはいけないと感じる胸のざわめきは。わたしが別の世界から来て帰りたいことを教えてもいいのでしょうか…」


ライトで道を照らしている車が公道に出て遠ざかっていきます。太陽はすでに消えて、しかし曇り空で少し明るく感じます。


「もうすぐレン君帰ってくるかな。エレベーター前で待っていたら驚くかな」


わたしは考えることを止めました。


―――――


 書道部が活動している特別教室にて、高校一年生の女子、道程アイラは考え事をしながら墨をすっていた。仮入部でありながら練習用墨液を使っていないことは彼女が入部が確定していることを示している。そんな彼女に書道部の先輩が話しかける。


「みちほどさん、何か大事な考え事でもしているの?水からすり始めたのに凄いドロドロだよ。もう書き始めてもいいよ」


「あ…すみません、考え事をしていました。今日は2000年版の教書を借ります」


「オッケー、他の新入部員の手本に使いたいから臨書が終わったら数枚貸してね」


「私のでいいんですか。世辞じゃないですが、私より先輩の字のほうが賞を取れますよ」


「あたしの字は癖があるからダメなんだ。それに比べてみちほどさんの字は癖がない。あたしの師匠もほめていたよ。かい書をちゃんとしている人の字だってさ」


「光栄です。では書き始めるので反応できなくなります」


 書道部の先輩が別の場所に移る。アイラは一番大切な友人を思考から追い出した。


―――――


 レン君の家で晩ごはんをいただき、今日の授業内容を一緒に復習したらもう寝る時間になってしまいました。高校生になっても変えることができない睡眠時間に自分の身体の不便さを感じながら、泣く泣くレン君におやすみの挨拶をします。


「レンくん…きょうはね、アリスせんぱいとなかよくなったよぉ…だからぁ、レンくんとはもーっとなかよくなりたいな」


「いおりちゃん、よかったね。何回も教えてくれてありがとう。よっぽどうれしかったんだね」


「うんっ!」


「そっか。でももう遅いから寝なきゃね」


「うん…」


「………うん。じゃあ、はい、おやすみ」


ぼけーっとしているわたしをレン君がぎゅーってします。いっぽぜんしんですっ!ふにゃりとほほえんで、わたしは自分の部屋に帰ります。


おやすみ…


空の行を入れましたが読みやすいでしょうか?

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