第3話♡どうしよう⁉他のヒロインたちが魅力的すぎます‼
外からスズメの鳴き声が聞こえます。わたし、藍野いおりは雑に敷いた布団の上で目を覚ましました。
「…う…うぅん、…おぁようございます、わたし。今日は………ハワッ⁉入学式です!」
時計を見るとまだ余裕はあります。わたしは入学式の予定表を片手に身支度を整えることにしました。
「さてさて、学園に着いたら…玄関に貼られているクラス決めの紙から自分のクラスに向かって、入学式やって、クラスルームで色々決めて、終わりですね。…あぁ、これが現実だったらいいのに、イケおじの世界で高校生活を謳歌しても結局は夢、なのかな…。」
シャワーで汗を流し、学園の制服を着ます。お腹がすいたのでキッチンの冷蔵庫を確認します。中には何もありませんでした。
「お腹すいたな…、あっそうだ!たしかレン君が早い時間に呼びに行くと言っていました!時間になるまでリビングで待ってましょう。」
わたしはリビングのソファーを見ます。ソファーは少しほこり被っていて、座れば舞うほこりで綺麗な制服が台無しです。
「昨日から思っていたのですが、リビングだけがほこりっぽいですね。…あーわかりました。この世界のわたしは両親を失っていましたね…」
リビングには家族写真やどこかのお土産があります。…遊園地でマスコットキャラクターと一緒に写っている3人家族の姿がありました。
「…楽しそうな顔してますね、わたし。せっかくだし綺麗にしてあげましょう!時間つぶしによさそうですし。」
わたしは洗面所にあるミニタオルで写真に被ったほこりを払うことにしました。遊園地、海水浴場、夏祭り…、いろんな所に連れて行ってもらっていたのですね。一部の写真には女角家族も一緒に写っていました。わたしとレン君が手をつないでピースしてる。これは男女のラブなのか、兄妹のラブなのか、昨日の反応からレン君は兄妹のラブなのでしょう。
「よしっ!綺麗になりました。知らない顔の両親ですけど家族は大切にしなきゃですね!帰ったらちゃんと掃除しますからこれで我慢してください。」
ドアベルが鳴る。レン君が来ました。もうお腹がペコペコですっ!今行きますっ朝ごはん!
「おはよういおりちゃ「朝ごはん!」ん?」
…
「あらぁいおりちゃん、そんなにお腹がすいていたのだったらすぐ来たらよかったのに。ふふっ、おばさん早起きだから連絡してくれたら鍵を開けておくわよ。」
「ありがとうございます。ごはんおいしいですっ!今日も頑張れます。」
わたしは2杯目のごはんを食べ終えてごちそうさましました。レン君はすでに食べ終えていてスマホを触っています。
「いおりちゃん食べ終わった?バスが来るからもう行こうか。」
「ちょっと待ってくださいっ!女の子にはいろいろと準備が必要なのですよ!」
レン君は不満そうにソファーへ座りなおしました。わたしは最低限のエチケットを済ませます。…もうちょっと女の子の気持ちを考えてほしいものです。
「準備できました!行きましょうレン君。おばさん行ってきます!」
「おばさんも後から行くからねぇ。レン、いおりちゃんをしっかりエスコートするのよ。」
「わかってるよ母さん。行ってきます。」
―――――
わたし達は今、学園行きのバス停にいます。バス停では学園の服を着た人がそれそれのグループでおしゃべりしています。
「わーおんなじ服の人がいっぱいいますね!レン君のお友だちはこの中にいますか?」
「どうだろう、あいつらは自転車通学だからいないけど、知り合いくらいなら…うーん、それらしい人は見当たらないな。いおりちゃんの友達はここにいる?」
「………あーどうでしょう。いないと思います。…それよりっバスが来ましたよ!」
バス停に旅行で使うようなバスが2台来ました。もし藍野いおりを知っている同級生が話しかけてきたら困るので、レン君の腕をつかんでバスの中に入ります。
「いおりちゃん、バスの席は決まってるから自分の席に座るんだよ」
レン君が自分の席の前までついてわたしの手をはずしました。
「わかってます!では最後にギュってしますねっ」
レン君を正面にして抱きつきます。周りがざわざわしてますが関係ありません。顔が熱くなっています。レン君の鼓動が聞こえます。これは…脈ありです!
「恥ずかしいから離れてよ、ほら他の人も見てるから」
「仕方がないですね。この次は学園についてからにしましょうっ!ではまた」
わたしが離れるとレン君は男子生徒に質問攻めになっていました。外堀作りと一目惚れ女の子の排除に成功です。自分の席に座って高みの見物と行きましょう。先に座っていた女子生徒にお隣失礼しますと言いつつ横切らせてもらいます。
「ねえあなた、さっきハグしてた男の子とどういう関係なの?」
「へっ⁉レン君ですか?レン君は幼なじみです。近所にすんでて一緒にごはんを食べる関係ですよ。…もしかしてレン君に一目惚れしちゃいました⁉」
隣に座っていた女の子が話しかけてきました。黒髪ロングで端整な顔立ちをしています。知らない顔。
「そう、ただあなたたちの関係が気になっただけ。だって多くの人が見てる中で見せびらかすように抱きつくのって不思議じゃない?。そんなに彼氏を取られたくないの?あっ、私アイラ。ごめんなさい、私気になることはすぐ聞いてしまう癖があって、苛立たせたならあやまる」
「ぜんぜん気にしてないですよっ!ここだけの話なのですけど…………実はわたしとレン君はまだ恋仲の関係ではないのです。なのでよかったら応援してくださいねっ!」
「もちろん、気が変わらなかったらね。学園生活が楽しみね」
学園に着くまでの数十分の間、レン君のことやそれぞれの趣味で盛り上がりました。アイラは、同級生だからかしこまった話し方でなくていいと言ってくれました。他人を寄せ付けない整った顔と表情からは想像もつかないおしゃべり好きで気さくな口調でした。そんなわけで学園に着いたときにはお友だちになりました。
「レン君、こちらはバスの中でお友だちになった同級生のアイラです!アイラ、このかっこいい人がレン君です。わたし、お友だちはせまく深く派なので、ふたりとも仲良くしてくださいね!」
わたしの一言のあと、レン君とアイラが気まずそうにお互いを見て話し合い始めました。
…
いおりの紹介が終わり3人で玄関にむかう間、いおりを真ん中にしてレンとアイラの会話が始まった。
「初めましてアイラさん。いおりちゃんの幼なじみの女角レンです。いおりちゃんの友達になってくれてありがとう。これからよろしく。」
「よろしくおねがいしますレンさん。いおりの友達同士仲良くしましょう。…ところで、いおりとはどのくらいの関係なのですか?」
アイラの声はいおりに聞こえない程度で、レンもひそひそ声で話した。
「いおりちゃんは大切な幼なじみだよ。ものごころついた時から一緒でほんとの兄妹くらいの関係なんだ。ただ、最近悲しいことがあって…そのせいか今まで以上に、いや前とは違う態度で僕にかかわるようになったんだ…」
玄関に貼られているクラス決めの紙の前まで来た。前にはたくさんの生徒たちがそれぞれの友達とまたは一人で一喜一憂している。3人は邪魔にならないため、順番に見に行くことにした。今はいおりが見に行っている。
「前はね、一緒にゲームや勉強をしたりしていたけど密着はしていなかった。それくらいの位置がお互いに心地よかったんだ…。でも、この学園の合格通知が届いた日に事故が起きていおりちゃんの両親が亡くなった。それから性格が何もかも変わって、記憶も自分の都合のいいように変わっているみたいなんだ。だからね、いおりちゃんの言ってることが本当のことと食い違っていても不思議に思わないでほしい。アイラにとって一番の親友だったとしても今の彼女にとっては初めての人なんだ」
「信じたくないけどバスの中で嫌ほどわからされた。いおりと連絡が取れなくなった日から会うこともできなかったけど、高校からは一緒と信じて今日まで我慢してきた。でも、バスの中でいおりをジッと見つめても私のこと知らない顔をしてた。からかっていると思っていろんなことを話したけど初めて聞いた顔をしてた。さすがに変だと思ったけどそういうことなのね。」
「アイラさんのことはいおりちゃんから話だけは聞いていたよ。いおりちゃんのためにもこれからよろしくね」
「わかってる。わたしだけ中学が別だったからあなたと面識はなかったけど、いおりのために仲良くしましょう」
いおりが自分のクラスがわかったのか笑顔でこちらに帰ってくる。2人も笑顔で迎えた。
―――――
学園に着いて今は教室に居ます。うれしいことにレン君とアイラがクラスメイトです!席の位置は、わたしが教卓の正面、レン君が後ろの黒板の近く、アイラが外が見える窓側の一番後ろでした。ずっと一緒でないのは残念ですがポジティブに考えたら授業中は何も考えなくていいのです。
「いおりちゃん、そんな顔しなくても…席替えがあるよ」
「かわいい顔が台無しよ。休み時間には話せるし、なにより授業中におしゃべりはできない」
「わかってます!…お昼も一緒ですからねっ」
教室にはもうクラスメイトのほとんどがいます。さすがこんな学園に入学する人たちなのか、グループが作られています。それぞれの話が盛り上がっているようで教室の中はうるさいです。大柄な男性が前のドアから入ってきても静まりません。
「おいっ!うるさいぞお前ら。いまから点呼をとるから黙って自分の席につけ。」
クラスメイトたちの喧噪はなりを潜めてそれぞれの席に戻っていきます。わたしたちも別れることになりました。教卓の前に立った男性は担任の先生でした。先生は生徒たちの名前を順番に呼んでいき、軽いクラスミーティングを済ませ、入学式のために廊下にわたしたちを並ばせました。
「それじゃあ体育館に行くから黙ってついてこい。」
…
男性教員、大熊大五郎は一年一組の担任として最初の仕事をするために廊下を歩いていた。大五郎先生にとって一年生の担任を務めることは初めてではない。まだ高校生としての自覚を持っていない彼ら彼女らを導くためにはファーストインパクトで舐められてはいけない。一年一組の教室前に着く。中から期待に満ちた声が漏れている。
「っうし!こいつらのためにもビビらせてやっか。」
ガラリと音を立てて中に入る。大五郎先生に気づいている生徒は少数、その中の一つのグループがこちらを見て自分の席につこうとしている。男子生徒1人と女子生徒2人のグループ、男女のグループは別に変ではないが、異様な雰囲気をしていた。大五郎先生は大声で生徒を席に戻らせ点呼をとる。
「、…女角レン、…藍野いおり、…、道程アイラ、以上35人全員いるな!最後に俺の紹介をする。俺の名前は大熊大五郎、大五郎先生と呼べ。担当教科は物理学だ。お前らには物理基礎を教える。俺の座右の銘は、この世界にファンタジーは存在しない、だ。どんな現象も必ず科学的根拠がある。わからないことがあったらいつでも聞きに来い。以上だ。なにか質問はあるか?」
大五郎先生は生徒たちを見渡す。緊張しているのか誰も手を挙げない。ため息をつくと自分の正面に座っている女子生徒がちょこんと手を挙げていた。
「お?お前は藍野だな、なにが知りたい。なんでも答えてやるぞ」
「大五郎先生に質問です。わたしはいつになったら帰れますか?」
「おい、俺への質問じゃねぇし…今日は入学式が終わったら写真撮影と明日からのことを説明して終わりだ。午後3時には帰れるぞ。その後はクラブ説明会が自由参加であるから、気になるやつは体育館に集まれ。藍野、これでいいか?」
生徒たちの話し声が増えた。大五郎先生はせっかく静かになっていたのに元に戻り少し後悔した。藍野いおりを見ると、聞きたかった答えではなかったのか無表情である。
「じゃあ大五郎先生への質問に変えます。先生はこの世界にファンタジーが存在しないと言いましたが、もし自分の世界から他人の理想の世界に飛ばされたら帰りたいと思いますか」
藍野いおりの言葉で教室が一気に静まり返った。生徒たちは奇異な目や可哀そうな目で彼女を見ている。大五郎先生は中学一年生に見える目の前の女の子からまさかイタい質問をされると思っていなかった。しかし、教員として導く立場にあると自分を説教し、藍野いおりをみる。
「いち物理教員としてツッコミたいことはあるが…もし、そんなファンタジーなことが自分に起きたら、俺は予想、実践、考察を繰り返して絶対に元の世界に帰る。大事なのはあきらめない事だ。どうだ?」
「ありがとうございます。大五郎先生が偏見を持った人と思ったのですが安心しました。一年間よろしくお願いします。」
生徒たちの藍野いおりに対する印象がやばい女の子からファンタジー少女まで和らいだ。そして大五郎先生への印象が良くなった。大五郎先生は大変な生徒の担任になったと気付かれないようにため息をついた。
…
入学式が始まりました!昨日学校に来た時に先輩たちが運んでいたパイプ椅子には新入生と参加した保護者が座っています。入場したときにレン君のお母さんを見つけました。
「…在校生代表、前生徒会会長アリスによる新入生への言葉です。」
体育館の舞台に金髪の女子生徒が現れます。昨日会ったアリス先輩です!アリス先輩は透き通った声でわたしたちを鼓舞します。生徒たちはもちろん先生たちも聞き入っています。台本を見ずに話し終えるとニコッとして舞台裏に消えました。最後こちらを見た気がしました。周りの生徒たちが俺のこと見たっ?とか美しすぎる…あの人が学園の3大美女か!とか言ってました。
「ハワー、アリス先輩すごい人気ですね。ヒロイン候補なら要注意人物です。レン君には会わせないようにしませんと!」
入学式は新入生代表の生徒が世辞を語ってそのまま終わりました。その後は教室に戻ってクラスルームの時間です。委員を決めたり写真撮影をしました。わたしはレン君との時間を奪われたくないので委員には入りませんでした。クラブも入らないつもりです。クラスルーム中わたしは寝ていたので誰がどの委員に入ったとか知りません。大五郎先生に起こされた時には全部終わってました。
「お前ら、明日から授業が始まる。授業に必要なものは各授業で説明されるからノートと筆記用具、各授業の教科書を必ず持ってくるように。寝坊して遅刻は言語道断だ!では、解散!」
大五郎先生が教室から出ていきました。…やっと自由です!わたしはレン君の席まで走って「レン君!帰りましょう!」て言って腕をつかみました。
「ごめんねいおりちゃん、クラブ説明会で中学の友達と会う約束してるからまだ帰れないよ。それとも一緒に来る?」
「クラブ説明会ですかー?興味がないので学園を探索してます。また会えるかわからないので別々に帰りましょう!帰ったら一緒に晩御飯を食べましょうねっ!」
男子生徒がレン君に羨望のまなざしを向けています。クラスメイトはわたしたちを恋人同士と思うでしょう。外堀を確実に埋めています。このクラスにわたしたちの邪魔をする人はいません。
「いおり、私を忘れてない?私はいおりと一緒に居たいよ。」
「アイラ…そうですね、一緒に探索しましょう。ではレン君、またあとでです!」
わたしとアイラは教室を出ました。
―――――
わたしたちはとりあえず職員室に向かうことにしました。
「へえ、昨日学園に来てたんだ。そのときに家の鍵を無くしたと…それで職員室に行くのね。たしかに忘れ物は職員室に置いてあると思うけど、それなら大五郎先生に聞いておけばよかったのに」
「教室から出た時に思い出したんです。今日は入学式に写真撮影にクラスルームもしたので忘れていました」
「写真撮影のときはボケーとしてたし、クラスルームのときは寝てたよね…大五郎先生は終わりまで何も言わなかったけど、まわりがいおりと先生の顔をみて気まずそうにしてた」
「申し訳ないことしました…明日謝ります。でもっ、お話の重要じゃないところって飛ばしがちですよね!」
アイラがあきれた目で見てきます。言い方を間違えました。これが寝すぎて眠いというものでしょうか。
「…着いたよ。大五郎先生がいるかわからないけどとりあえず呼ぼ」
職員室のドアをノックして中に入ります。クラブ説明会に参加している先生がいないのでしんとしています。
「失礼しますっ一年一組の藍野いおりです。大五郎先生をお願い致します」
…
しばらくして大五郎先生が出てきました。家の鍵を無くしたことを伝えると、先生は落とし物の確認のために奥に行ってしまいました。
「大五郎先生がいてよかったね。先生、絶対運動系のクラブ顧問だからいないと思ったんだけど。鍵あるといいね」
「大五郎先生は科学部の顧問もしてそうですね。そういえばアイラはクラブに入るのですか?」
「私は書道部に入ろうと思ってる。小学生のときから通っていた教室が閉業しちゃったんだけど、まだ続けたいからね。いおりは?」
「えー?料理部は興味あるのですが、レン君との時間を減らしたくないです。それに放課後になるころには、睡魔と戦ってると思います」
アイラはわたしが放課後に寝ている姿を想像したのか、クスクスと笑って頭をなでてきます。そんなことをして戯れていたら大五郎先生が職員室から出てきました。
「鍵の落とし物は無かったぞ。念のために他の先生たちにも聞いてみたが知らないそうだ。放送で生徒たちに鍵を拾ってないか呼びかけてみるか?」
「とりあえず昨日行ったところを見てきます!予備の鍵を持っているので今日見つからなかったら、明日放送おねがいしますっ」
「わかった、こちらでも探しておくから下校時間になったら必ず帰れよ」
わたしたちは大五郎先生と別れ、家庭科室へ歩き始めました。
…
「昨日ぶりだねいおりちゃん。…鍵?いや見てないな。それよりさ、料理部に入部しに来たの?新入生ちゃん」
家庭科室に着いてドアをたたいたら昨日会った先輩でした。先輩、ちずる先輩は二年生で、会ったときからわたしが新入生だと気づいていたそうです。
「気づいていたのですかっ!それなら聞いてほしかったです。変にドキドキする必要なかったじゃないですか」
「だって面白かったんだもん。でも、カレーライス食べているときぜんぜん気にしてなかったでしょ?ボクあの時思ったんだよね、こんなに美味しそうに食べてくれる娘がウチに入部してくれたらいいなーって。だからさ、うーん、どうしよっかなー、入部してくれたらいおりちゃんが食べたいものを作ってあげる」
ゴクリ、毎週食べたいものを食べられる…。わたしはちずる先輩の魅力的な提案に早くも心が移りそうです。料理部の活動は、平日に1回ミーティングをして休日に料理をするそうです。休日に料理部で料理………
「ちょっといおり!正気に戻りなさい!なに口車に乗せられているの。大事な休日を料理部につかうのもいいけど、休日に女角レンをほったらかしにしていたら、あなたの知らない女と遊びに行っちゃうかもよ」
「そうでしたっ!休日はレン君と二人きりデートの時間です。危うく目的を忘れるところでした」
ちずる先輩はニコニコしながら入部届の紙を渡そうとしてましたが、わたしのデートという言葉で笑顔が消えました。
「へえデート?料理部より魅力的なんだね。それで、レン君というのは君の彼氏?ボク気になるなー」
「だっだめですよ!レン君はまだわたしの恋人ではないですけど、わたしの大切な人ですから先輩は会っちゃだめです!」
ちずる先輩がわたしの両肩に手を置いて、えーなんでー?と聞いてきます。
「だって、ちずる先輩と比べたらわたしなんてお子様ではないですかっ、レン君にはできるだけヒロイン候補と出会わさせたくないのです」
「じゃあ、ボクはいおりちゃんにとってレン君のヒロイン候補になりえる女性なんだ」
「はい!ちずる先輩は魅力的な女性です!」
わたしがまんべんの笑みで答えると、ちずる先輩の手が肩から背中に降りてわたしを抱きしめました。
「やっぱり料理部に欲しいなー。でもこんな可愛い娘のお願いなら仕方ないね。そのレン君のことは忘れるし、いおりちゃんを料理部に入部させることもあきらめるよ。ただ、もし時間があったら遊びにおいで。じゃあね」
ちずる先輩はわたしを解放して家庭科室に戻りました。最後、ドアを閉めるときにいたずらを思いついた小悪魔の顔をしてわたしを見ていました。
「いおり、変な先輩に目をつけられたね。あれは絶対諦めてない。もう関わっちゃだめ」
「そうですか?アイラは心配性ですねっ。学年が違うからレン君と関わることないですよ。そんなことより、ここに鍵はなかったので次のところに行きましょう」
「心配なのはいおりの方なんだけど…そうね、ここに突っ立っていても仕方ないし、行きましょうか」
わたしたちは生徒会室に向かいました。
…
「ねえ、ドアに張り付いて聞き耳立てるなら一緒に行ってあげたら?次期部長が新入生にぞっこんなのも嫌だけど」
「しっ………次は生徒会室ね。先回りしておこうかな」
「学園の王子様が何してるんだか…。ほらっミーティング再会するよっ」
「あーっ引っ張らないでっ!わかったわかったから」
―――――
わたしたちは生徒会室に着きました。ここに着くまでの間、アイラが何度も後ろを見て、ついて来てないねとつぶやいていました。
「アイラ…心配しなくてもついて来てないと思います。ちずる先輩がわたしに執着する理由はないですし。そんなことより!生徒会室に人がいるか確かめないとっ、…すみません誰かいますか?」
大きい声で呼びかけたのですが、何も反応がありません。もう一度、今度はドアを叩いて呼びかけましたが中から物音ひとつ聞こえませんでした。
「いおり、誰も出てこない…生徒会役員はまだ決まってないから、このまま待っていても誰も来ないんじゃない?」
「昨日、いつでも来てって言ってくれたからいると思ったのです。でも確かに忙しそう…アリス先輩」
アイラはわたしのこぼした名前に聞き覚えがあるのかうんうんと考えています。アリス先輩は植物部と仲がいいので、クラブ説明会に行っているのかもしれません。
「今日はもうあきらめて帰ります。交番に届けられているかもしてませんし」
「帰りますの?」
アリス先輩が後ろにいて、わたしもアイラも飛び上がって振り返りました。
「そんなに驚かなくてもよろしくて?珍しいものではなくってよ」
「アリス先輩、急に声をかけられたら誰でもびっくりしますっ!…あっそれより、生徒会室か屋上で鍵を拾いませんでした?昨日、わたしの家の鍵をどこかに落としたっぽくて」
「鍵ですの?………見てませんけど、もしかしたら生徒会室で落としたかもしれませんわね。室内を探してもよろしくてよ」
そういうと、アリス先輩がドアを開けて中に入れてもらいました。昨日寝そべったソファーの隙間や床に鍵があるか探しますがほこり一つありませんでした。アイラとアリス先輩も一緒に探したので時間はかかりませんでしたけど、屋上にもありませんでした。
「ありませんわね…おちからになれず申し訳ありませんわ。そうですわね…元生徒会長として新入生の困りごとを見過ごすことはできません。昨日帰り道で落としたかもしてませんし、一緒に帰りましょう」
「そんなっ⁉アリス先輩に迷惑かけられません!それにアリス先輩の帰り道と同じか分からないです」
「あなたの不安に比べたらわたくしのことなど問題じゃなくってよ。わたくし、こう見えてもお金持ちのお嬢様ですの。あなたが落としたと思う場所まで車で送って差し上げますわ」
アリス先輩は微笑みながらわたしの手をとりました。心なしか目がキラキラしています。アリス先輩の有無を言わせない顔とアイラのあきらめ顔を見て、はい、としか言えませんでした。
「では、すぐに車を呼びますわっ」
…
今、わたしとアイラは黒塗りの高級車の後部座席に座っています。汚したら張り替えるのに十数万円はしそうな座席カバーにびくびくしながら、昨日行った商店街のケーキ屋さんまで向かっているところです。
「お二人はもう何の部活に入るか決めまして?強制ではありませんが、せっかく部活動が活発なこの学園に入学したのですからいろんなことに挑戦することも大事ですわよ」
「私は決まっているんですけど、いおりは他にやることがあるって言ってどこにも入部しないそうです」
「やっぱり帰宅部希望ですのね…昨日はなぜなのか言ってませんでしたが、よろしければくわしく教えてくださいまし?」
わたしはちずる先輩に話した内容をもう一度話しました。助手席に座っているアリス先輩の反応は声からしか分かりませんでしたけど、幼なじみのレン君と結ばれたいって言ったときに返事をしてくれませんでした。そして、話し終えるとちょうど商店街の入り口に着きました。
「着きましたわ、ではさっそくお話に挙がったケーキ屋に行きましょう…ふふっ入学前だったとはいえ、学園帰りにお買い物は高校生を謳歌してますわねっ」
「昨日はいっぱい頑張ったので、そのご褒美でシュークリームを買ったのです。頑張った自分にご褒美、これ基本です!」
「いい考えだね、いおり。………私も今日頑張ったから書道雑誌でも買おうかな」
「わたくしはいおりとまた会えたことが一番のご褒美ですわ。」
ケーキ屋さんに着くまでの短い時間が終わりました。わたしとアイラはケーキ屋さんに入って鍵の落とし物が無いか尋ねましたが、昨日と同じ店員さんに拾ってないと言われました。アリス先輩は商店街の知り合いに聞いてきますわと言ってどこかに行ってしまいました。先輩が帰ってくるまでの間、アイラとケーキトークで盛り上がり、イチゴ味のシュークリームを買ってお店の外で美味しくいただきました。
「アリス先輩どこまで行ったんだろ…、というか気になったんだけど、いおりって年上の女性によく好かれるよね。昨日のうちにちずる先輩とアリス先輩に気に入られて、ケーキ屋のお姉さんも色っぽい目つきでいおりを見てた」
「わたしが好かれたい人はレン君だけなのですけど…でもっ!好きと言っても色々ありますから、わたしの低身長体型に母性本能をくすぐられたのかもしれません。それに、もし恋愛関係になっても女の子同士ですし、レン君にばれないように隠せばいいだけです!」
えへん!とアイラに胸を張ると呆れた顔を向けてきました。もちろん冗談だったのですが。アイラがジッと見つめてきたので、話を変えようと明日の授業について話そうとしたときにアリス先輩が帰ってきました。
「お待たせしましたわ。知り合いに聞いた結果………なんと鍵がありましたわ!ただ、この鍵がいおりのお家の鍵と同じかわかりませんので確かめてくださいまし」
「あったのですね!えっと…鍵の見た目は同じなのですが、帰って確かめてみますねっ。ありがとうございました!アリス先輩っ」
「(キュン!)ま...まあ、このくらいのことならいつでも頼ってくださいまし?ではいおり、アイラ、もう暗いですしお家まで送りますわ」
アリス先輩と再会して鍵を見つけてもらってからすぐに車に乗りました。アイラの家は学園行きバス停の横にある駅から二駅ほど超えた先で、アイラと別れて自宅に着くころには外は真っ暗でした。
「送ってくれてありがとうございます…今日の生徒会長としての挨拶とかお仕事で忙しそうなのに…こんなに付き合ってもらってすみません」
「問題なくってよ、わたくしがしたいことをしただけですわ。それよりいおり、あなたの瞼が閉じかかってますわ。部屋まで連れて行ってあげますから手をつなぎましょう…」
アリス先輩に手を引かれながら自分の一室の前に着きました。先輩に渡された鍵を鍵穴に差し込みひねるとかちゃりと音を立てました。
「この鍵で合ってました…ほんとぉにきょうはありがとうございました…おやすみなさい…」
「ええ、おやすみなさいまし」
…
いおりが明かりのついてない玄関に消える。ドアの錠を閉める音が聞こえるまで立っていたアリスは隣の一室を確認した後車に戻る。家に着くまでの間、アリスはいおりが座っていた席に顔をうずめていた。
「んふふっ、あの子の信頼と住所と…。あの子の好きな男が隣に住んでるって聞きましたけど、わたくしは別に独占したいわけではないですし…んふふふっ」
決して他人には見せない歪んだ笑顔を浮かべ、明日からの偶然をよそおい出会う計画を考え始めた。
―――――
真っ暗な廊下を進み、洗面所で手を洗います。時計を確認するとまだ夕食に呼ばれる時間ではありませんでした。寝たい気持ちを抑えるために風呂は湯船に入らず体を洗いシャワーですませて、レン君のお家にお邪魔します。今夜のごはんにはお刺身がでました。レン君は写真部に入るそうです。なんでも、ミラーレスカメラの貸し出しがあるとか。うつらうつらと食器を洗い、明日の朝にレン君のお母さんとお弁当を作る約束をして帰ります。
「眠たいけど…リビングのソファーだけでもきれいにしないと」
雑巾でほこりをふきとりながら、今日の出来事を振り返ります。かりそめの高校生活が始まり、気持ちが追い付いてないのか先生に変な質問をしてしまいました。
「レン君と結ばれなかったら一生をこの世界で過ごさなければならないのに…クラスメイトに可哀そうな目で見られると思うと、明日が憂鬱です。でも大五郎先生はわたしを突き放さなかったから、困ったら先生に相談するのもありですね…」
眠気が限界に近くなってきたので、和室のぐちゃぐちゃな布団に倒れこみます。
「おやすみなさい…」
―――――
午後九時、明日の準備を済ませ、友達とオンラインゲームに潜る。いおりちゃんはもう寝ただろうか。彼女が変わる前までこの時間には必ず寝ていたけど、今の彼女はどこか無理をしているから心配だ。
「おーい、何ぼけーとしてんだ?早く次のクエスト行こうぜ」
「どうせいおりちゃんのことでも考えてたんだろ。こうなったレンは定期的に固まるからな」
「いおりちゃん?誰だ?」
学園でできた友人と小学生の時からの友人がいおりの話で盛り上がっている。やれ天使だ不思議ちゃんだと言っているが話にならない。
「で?結局レンにとっていおりちゃんはどうなんだよ」
「…いおりは、僕にとって大事な子だけど、なんていうか…中学生のときに好きだった彼女と今の彼女は違う気がして…まだ受け入れられないんだ」
「ふーん、そんなもんか。でもよく見ておけよ。いおりちゃんは学園の美少女予備軍だぜ。気づいた時にはファンクラブに囲まれて手出しできなくなるかもな」
いおりと関われなくなるとか冗談でもやめてほしい。そう思ったらいおりの彼氏になるべきかという気持ちもわいてくるが、もう少し決意を固める時間も欲しい。
「考え事できたからもう寝るね」
「おう、また明日な」
「おやすー」
―――――
最後まで読んでいただきありがとうございます。