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1話



 僕は走っていた。



 何かに追われるようにがむしゃらに走る。



 周りを壁のように囲み、いく先を塞ぐかのように背丈を越えた向日葵が邪魔をする。



 視界が狭まり、方向感覚さえ危うくなる。



 継続的に出る浅い呼吸音すら今は無性にわずらわしい。

聞こえた。



 それは意識しなければ聞き取れないであろう、か細い音。いつも聴き慣れた女の子の声だとわかった。



 声のする方へ僕は進む。向日葵から、溢れる太陽が肌をじりり焼く。いくつもの壁をかき分けた幼い手には擦り傷ができ、葉があたるたびにしみる痛みにグッと歯を噛み締め、涙を堪える。



 視界が開けた。



 向日葵の壁があけ、ぽっかりとあいた空間。



 そこに、ぽつんと、取り残されたかのように、僕と同じくらいの幼子がうずくまっている。



 僕の気配にその子は顔をあげた。涙と鼻水でぐちゃぐちゃにして、目を真っ赤に腫らして、でも僕を見つけたから不安そうな顔から安堵の顔に変わり、笑みが溢れていた。



「と、ともや!いたぁ!」



 少女がかけよってくる。とてとてとした、足取りおぼつかないながらも、全力で僕の胸にひっついた。少女とは思えないその力強さ。もう離さないとばかりに、ぎゅっと、僕を抱く。安心させようと頭一個低いその少女を撫で、顔を見た。



 ああ……。



 これは夢何だろうと確信に変わった。だって彼女はいるはずがないのだから。



 彼女はいなくなってしまった。



 あの夏、凛は消えてしまったのだから。







 世界が止まった。赤い夕日が群青色のにごりになって空全体を覆っている。雑踏を、レストランや本屋、いきつけチェーン店まで全てをのみこみ、色をそげ落とし青黒くゆらゆら揺れる陽炎。



 ただ、日常生活とはかけ離れた光景に智也は言葉もなく、呆然と立つしかなかった。



 先程までいたはずの群衆は忽然と消えてしまった。ぽつんと智也一人の伽藍堂で、横断歩道の信号機はその役目を忘れてしまったのか沈黙している。地面には奇怪な模様が走っていてそれが空は続いているのがわかった。



「……ぁ」



 智也はそれだけしかいえなかった。非現実なこの光景に困惑する。狂ってしまったのだろうか?自分の眼にうつっている光景は本物なのか?その現実逃避にも似た思考停止を空から降ってきた物体により強制的に覚醒する。



 全身に響く衝撃。アスファルトの道路は、えぐりとられていた。粉塵がたちこめた先にはちょうど自分のいた位置から数歩先、奇妙な何かが蠢いていた。毛玉のような何かは、見ていると体の身が凍るような、多分それは生物何だろうか?生理的な嫌悪感を智也は感じた。



 その毛玉はのそりと立ち上がった。毛虫はずるりと起き上がり。智也を見つめると、ぎりぎりと歯を擦るような音をたて、横一線に、大きな口をパクリと開ける。



 智也は脳が痺れてしまったかのように動けない。全身から汗が吹き出て、ここから離れろと警鐘を鳴らしているのに、ただただ立ち尽くしいた。



 毛玉からぬうと細い管のようなものが伸び絡みついてくる。智也の腹部を巻き上げると、乱暴に引きずり倒す。

ようやく今になって動き出す手足。ジタバタともがくが絡みついている管はびくともせず。右へ左へと引きずられる。恐怖の震えが止まらない。



「……た!、たす……」



 毛玉の大きな口へと引っ張られて。



「—————-」



 閃光。蒼い稲妻が空から降ってきた。



 鋭い切先。その先端が、毛玉の頂点に落ちる。



「-----!!---!?!」



 声にならない絶叫が、苦悶の鳴き声があがる。



 何者かはくるりと地面に着地すると、勢いそのまま、反転毛玉の胴体をバッサリと切り裂いた。地面に張り付いた毛玉はまだ生きているのか二つの塊となってわさわさと動く。切られた断面には黒くべったりと濁った液体どぼどぼ溢れていた。



 智也は腹部の圧迫感がなくなっているの気づいた。先程の何者かが毛玉を切った時に繋がれた管も切れたのだ。



 ……誰?



 自分と毛玉の間に立つ小さなしかし、確固たる意思を感じる背中。



 漆黒の髪を足まで流して、ボロ切れのような古びた外套をくぐらせ、背丈ほどのある大きな長刀をその小さな手が掴んでいた。



 少女だ。



 何故だろうか。何か懐かしさを感じる面影、今日夢で見た消えてしまったあの子のようで。



 智也は周りの状況も、置かれた立場も忘れて見入った。刀を構え屹立するその少女を。



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