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エピローグ 「Coda(コーダ)」

 校舎を出ると、(さわ)やかな五月の匂いと共に遠くから野球部の掛け声が聞こえてきた。

 春の斜光(しゃこう)は一瞬で去り、けれど夏はまだ遠く。

 ひと月前よりも出番を増やした太陽が、西の空を茜色(あかねいろ)に染め上げる。

 身を包み流れる優しい風に、俺は静かに身を奮わせた。

「——秀叶? どうしたの?」

 ふと、隣を歩く弦華が俺を見上げながら声をかけてくる。

 俺はハッと我に帰り、その愛らしい瞳に微笑(ほほえ)みを返した。

「……これからが楽しみだ、って思ってさ」

 俺がそう言うと、弦華はニッと笑って頷いた。

「だね……! 私たちの一年は、始まったばっかりだよ‼︎」

 そう言って弦華は駆け出した。

 わけもなく感情のままに駆け出したその背中を、俺は少し遅れて追いかける。

「アハハ! 秀叶遅くな〜い?」

「うっせ! ハハ!」

 ただ走ることが、こんなに楽しいなんて初めて知った。

 俺たちはそのまま校門を駆け抜けて、駅までの道を二人で歩いた。


「——ねえ秀叶、私頑張るから」

 ふいに弦華が口を開く。

「必ずいつか、伝えるから。歌にでもして、届けるから。だから……、その時は逃げずに聞いてね!」

 前触れもないトーンの変化に、俺は冗談まじりに応える。

「ハハッ、なんだよそれ。まだ俺に言いたいことでもあるのか?」

「あるよ……。あの日、新しくできたの!」

 弦華はそう言って、ニカッと笑った。

「……わかった、聞くよ。っていうか、わざわざそんなこと言わなくても、弦華の曲は全部きくよ。当たり前だろ? だって俺は、弦華のサポーターなんだから!」

 俺が笑うと、弦華も笑った。

「ありがとう、秀叶」


 ——ありがとう、か。それは俺のセリフだ。

 弦華がいてくれたから、俺はもう一度歌を歌えた。

 弦華がいてくれたから、俺はもう一度立ち上がることができた。

 弦華がいてくれたから、俺は俺の知らなかった歌を知ることができた。


 ——初めて人に、歌を届けたいって思った。


 ずっと、歌は俺の中にさえあればいいって、そう思ってきた。

 けれど弦華と出会って、俺は初めて『二人の歌』を知ったんだ。

 想いを伝える、歌を知った。ココロを届ける、歌を知った。

 ——そしてそれは、一人では決して出会うことのできない、何よりも大きな喜びを俺にもたらしてくれた。


 ——歌は今でも、俺の半身(はんしん)

 けれど今、俺は二つの歌を知っている。

 ——その身に刻み、えがく歌。

 ——想いを託し、叫ぶ歌。

 それらはきっと、一つになれる。

 だから俺は、これからも歌う。


 あの日のこの火を歌にして。

 あの火をこの日、歌にして。

 あの()は今日、この火となり、

 あの火は今日、この()となる。


 そう思えたのは全部、君がいてくれたから。だから——

「こちらこそありがとう、弦華」

 俺はまっすぐに、そう言葉を返した。

 栗色の髪をした愛らしい少女は、その愛らしさをそのままに笑顔で応えた。


 彼女と出会い、知ったこと。

 歌は届ける、人の想いを。時間も人も、乗り越えて。


 ——今どうしても、伝えたい。

 ——今どうしても、叶えたい。

 そう願う俺の目の前に、ただ一つ歌があったから……。


 だから俺は歩み出す。

 身に刻む歌はそのままに、これから新たに歌っていきたい。


 ——届ける歌を、歌っていきたい。


                                    (Fine)


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