四、現場の痕跡
四、現場の痕跡
夜が明けるなり、美根我達は、逗子が居なくなった厠の前へ来て居た。
厠の前を、縮れ頭の眼鏡を掛けたカーキ色の軍服姿の男性が、竹箒で、掃き掃除をしている最中だった。
「おはようございます」と、美根我は、柔和な笑みを浮かべながら、挨拶をした。そして、「ちょっと、お聞きしたい事が有るのですが…」と、問い掛けた。少しでも、手掛かりが、欲しいからだ。
「はい。何でしょうか?」と、縮れ頭の男性が、竹箒を止めた。
「ちょっと、娘を捜してまして…」と、美根我は、駄目元で、尋ねた。縋りたい気持ちだからだ。
「娘さん…ですか…?」と、縮れ頭の男性が、怪訝な顔をした。
美根我は、珠姫から聞かされた話を語った。
しばらくして、「ここから、足取りが無いと…」と、縮れ頭の男性が、眉間に皺を寄せた。そして、「一応、敷地内は、昨夜、見回しましたけど、人っ子一人、見かけませんでしたよ」と、回答した。
「そうですか…」と、美根我は、嘆息した。敷地内には、既に居ないと考えられるからだ。そして、「不審な人は、見掛けませんでしたか?」と、問うた。
「さあ。昨日は、人の往来が、盛んでしたので、気が付きませんでしたね」と、縮れ頭の男性が、見解を述べた。
「美根我さん、人の目が多いから、悪さをしようとしても、中々、出来ないんじゃないか? まあ、札付きの悪なら、別だけどな」と、廉が、口にした。
「そうですね。でも、そういう方は、出入り禁止ですよね?」と、美根我は、縮れ頭の男性に、質問した。騒動を避ける為、事前に、出入りを断ると考えられるからだ。
「ええ。比炉汰組の方々には、お祭りの日だけ、出入りを断らせて頂きました」と、縮れ頭の男性が、語った。
「比炉汰組の線は、消えますねぇ」と、美根我は、溜め息を吐いた。暴力団絡みではないからだ。
「困りましたねぇ」と、縮れ頭の男性も、眉根を寄せた。
「美根我さん、周辺を見させて貰おうぜ」と、廉が、提言した。
「そうですね」と、美根我も、同意した。その為に、ここへ来たのだからだ。
「でも、掃除をされちゃっているから、痕跡が見つかるかどうか、判らないよ」と、黄休が、指摘した。
「確かに」と、美根我は、表情を曇らせた。黄桜の花びら一枚落ちて居ないからだ。
「そう言えば、奥の植え込みの手前に、大人と子供の足跡が、続いて居ましたねぇ」と、縮れ頭の男性が、右手で、植え込みを指した。
美根我は、その方を見やった。だが、その痕跡は、残って居なかった。その瞬間、「くっ!」と、歯噛みした。痕跡を確認出来なかった事が、悔しいからだ。
「申し訳無い…」と、縮れ頭の男性が、陳謝した。
「あ、あなたを責めている訳では…」と、美根我は、取り繕った。掃除を非難している訳じゃないからだ。
「誘拐しても、あんまり、お金にならないのによ」と、廉が、ぼやいた。
その瞬間、「そう言えば、100とか言って居たわね…」と、珠姫が、口にした。
「逗子が、100圓?」と、黄休が、眉根を寄せた。
「まさか!」と、美根我は、息を呑んだ。子供を誘拐して、金を出す場所と言えば、メリケン軍が運営している団松山の施設だと考えられるからだ。そして、「メリケンの兵隊さんは、来てましたか?」と、尋ねた。
「いえ。一人も見掛けませんでしたよ。被害者感情を考慮しますと、メリケンの兵隊さんを出入りさせるのは、不味いですからね」と、縮れ頭の男性が、理由を語った。
「多分、金に目が眩んだ奴らが、逗子を売り捌いたに違いないよ!」と、廉が、怒りを露わにした。
「私も、同行しましょうか?」と、縮れ頭の男性が、申し出た。
「ここは、穏便にしたいので、我々だけで、行ってみます」と、美根我は、断った。まだ、施設に居るという確証は無いからだ。
「でも、逗子を連れて、団松山の施設へ行くのって、目立つんじゃないか?」と、黄休が、口を挟んだ。
「歩いて運ぶにしても、かなりの距離が在るからな」と、廉も、同調した。
「日が暮れるまで、逗子は、何処かに、監禁されて居るかも知れないねぇ」と、美根我も、頷いた。ここから、団松山の施設へ向かうにしても、体力的にきついだろうからだ。
「俺だったら、メリケンの車を呼び寄せて、金を貰って、逗子を渡すかな?」と、廉が、考えを述べた。
「なるほど。楽をして儲けようと考える連中のやりそうな事を想像しましょうか…?」と、美根我は、口にした。焼け野原の靄島の街で、逗子を監禁出来る場所が、限られるからだ。
「銭市場の倉庫は、どうかな?」と、黄休が、告げた。
「あそこは、元々、軍が配給品を備蓄して居ましたねぇ。造りがしっかりしてましたから、外壁を焦がした程度で、済みましたからねぇ〜」と、美根我も、頷いた。確かに、銭市場の倉庫なら、この街では、一番、頑丈な場所で、現役だからだ。
「じゃあ、乗り込もうよ!」と、廉が、意気込んだ。
「う〜ん。憶測ではねぇ〜」と、美根我は、難色を示した。銭市場に、業務妨害で、訴えられる事を懸念したからだ。
「そう言えば、銭市場を出入りして居る元軍人さん達を見掛けましたよ」と、縮れ頭の男性が、告げた。
「ひょっとして…」と、美根我は、表情を曇らせた。ゴー・ホーム事件の三人の男の顔が、脳裏を過ったからだ。その直後、「決め付けは、いけませんね」と、呟きながら、頭を振った。思い込みで、犯人にする訳にはいかないからだ。
「犯人捜しよりも、逗子を助ける事が、先決だよ! 美根我さん!」と、廉が、決断を迫った。
「そうですね。逗子を見付けてからですね!」と、美根我も、同意した。疑わしい場所へ赴くべきだからだ。
「でも、鍵をかけられているんじゃない?」と、珠姫が、指摘した。
「新型爆弾の爆風で、扉が歪んで、鍵がかけられないから、手錠を鍵代わりに使って居たよ」と、黄休が、口にした。
「まるで、戦時中の時に、やって居た泥棒避けの方法だな」と、廉が、溜め息を吐いた。
「ははは。昔は、図々強盗なんて奴が、居ましたからねぇ」と、美根我は、一笑に付した。すぐに捕らえられるように、置いて居たからだ。そして、「結局、我が家には、現れませんでしたけどね」と、補足した。
「まあ、こんな治安の悪い状態じゃあ、気休めにしかならないだろうな」と、廉が、呆れ顔で言った。
「そうだね。むしろ、怪しいかもね」と、黄休も、同調した。
「私も、神隠しなんて、変な噂を立てられても困りますからね。巫女様にも、話しておきますね」と、縮れ頭の男性が、足早に、境内へ向かった。
「私達も、銭市場へ向かいましょう!」と、美根我も、意気込んだ。気に掛かる場所へ、一刻も早く向かいたいからだ。
間も無く、一同も、立ち去るのだった。