一、春祭り
一、春祭り
逗子は、初詣の時よりも活気付く神社の境内を、遊び仲間の子供達と歩いて居た。
「皆、あんまり離れるなよ。最近、人拐いが、出て居るからな」と、右の頬に、少しケロイドの痕の残る少年が、強い口調で、忠告した。
「廉兄ちゃん、分かってるって」と、逗子は、にこやかに言った。戦後のどさくさで、幾度も、拐われそうになったからだ。
「逗子、大人は、狡猾なんだぞ! 俺も、実験体として、拐われそうになったんだぞ! しかも、憲兵だった奴らにだ!」と、廉が、語気を荒らげた。
「あたいの時は、白髪のおっさんだったよ」と、逗子は、あっけらかんと言った。あの時は、隙を突いて、逃げる事に成功したからだ。
「私は、元担任の女教師に、メリケンの兵隊さんへ、売り飛ばされそうになったわよ」と、瓶底眼鏡のお下げ髪の少女が、口を挟んだ。
「おいらなんか、実の兄貴に、団松山の施設へ、入れられそうになったよ」と、坊主頭の少年が、あっけらかんと言った。
「マジかよ…」と、廉が、渋い顔をした。そして、「噂だが、あそこに入れられたら最後、生きて出られないそうだぜ」と、真顔で、語った。
「私も、聞いたわ。靄島空襲の時に使った爆弾の病気を治療する為の施設だって…」と、お下げ髪の少女も、口添えした。
「気味が悪いわね」と、逗子は、身震いした。そして、「団松山の施設って、メリケンの兵隊さん達が、彷徨いて居るって、江来先生が、近寄らないようにって、言ってたわね」と、口にした。朝礼で話して居たのを思い出したからだ。
「確かに、あそこだけは、近寄らないに越した事は無いな」と、廉も、同調した。
「この前、保険室に在った子供の骨格標本を、メリケンへ譲れって、破解石区長が、美根我さんへ詰め寄って居たな」と、坊主頭の少年が、口にした。
その瞬間、「あれは、お義父ちゃんの娘さんなんだよ!」と、逗子は、語気を荒らげた。骨だけになっても、美根我の愛娘に変わり無いからだ。
「逗子ちゃんが、本当の娘じゃないの?」と、お下げ髪の少女が、指摘した。
「ううん。あたいは、去年の大晦日に、養子になったのよ」と、逗子は、事情を語った。
「だから、時々、美根我さんが、骸骨へ、語り掛けて居たんだな」と、廉が、頷いた。そして、「メリケンの奴ら、美根我さんの娘さんを、あんな姿にしておいて、ふざけんな!」と、憤慨した。
「メリケンからすれば、ただの物だろうからな。破解石も、何を考えて居るのやら!」と、坊主頭の少年が、吐き捨てるように言った。
「だからこそ、破解石は、メリケンの手先に成り下がったんじゃない? あいつの菓子屋って、和菓子から洋菓子へ乗り換えたそうよ」と、瓶底眼鏡のお下げ髪の少女が、憎々しげに、語った。
「戦時中から、配給で、材料も手に入らなかったから、その反動で、洋菓子へ、鞍替えしたんじゃないの」と、逗子も、冷ややかに、同調した。そして、「それに、洋菓子の材料の方が、手に入り易いからね」と、補足した。和菓子よりは、洋菓子の方が、メリケン兵達にも、売れ行きが良いからだ。
「う〜ん。そうとも限らないぜ。年末のXマスの洋菓子は、破解石の店だけ売れ残っていたぜ」と、廉が、口にした。
「銭市場にも、置いて在ったけど、他の店は、完売してたけど、破解石の商品は、メリケン兵にも、見向きもされてなかったな」と、坊主頭の少年も、口添えした。
「和菓子屋風情が、慣れない洋菓子に手を出すから、痛い目に遭うのよ」と、瓶底眼鏡のお下げ髪の少女が、毒づいた。
「珠姫ちゃん、厳しい〜」と、逗子は、苦笑した。言っている事は、強ち、味が今一なのは、間違い無いからだ。(※逗子の味覚です。)
「美根我さんの黄桜の餡を入れた餡パンが、断然美味しいかな」と、廉が、称賛した。
「でも、黄桜の蜜って、あんまり採れないから、商売にならないんだって」と、逗子は、溜め息を吐いた。美根我に、銭市場へ出す事を提案した事が有ったからだ。
「あそこは、止めといた方が良いぜ。衛生面で、問題だらけだからな」と、坊主頭の少年が、口を挟んだ。
「そうね。惣菜なんて、生ゴミに、調味料を掛けて、加工しているって噂よ」と、珠姫が、口にした。
「うへぇ〜。マジかよ…」と、坊主頭の少年が、ドン引きした。
「美根我さん、まさか、銭市場の闇麦なんか買って居ないよな?」と、廉が、表情を強張らせながら、問うた。
「あそこの闇麦は、高いから、買って居ないと思うわ。それに、銭市場の責任者が、お義父ちゃんを目の敵にして居る奴ららしいのよ」と、逗子は、否定した。戦時中、因縁の有る者達の出入りを確認したと聞かされて居るからだ。
「そうなんだ~。でも、美根我さんは、何処から、材料を仕入れて居るんだい?」と、廉が、小首を傾いだ。
「何でも、酸の島で知り合った方の故郷から、お取り寄せして居るそうよ。この街では、新型爆弾の毒で、土壌が、汚染されているって話だからね」と、逗子は、回答した。そして、「あれだけの死体の埋まった土で、出来た作物は、食べたくないからね」と、冴えない表情で、見解を述べた。あの日の惨劇は、生々しく覚えて居るからだ。
「そうだな。忘れちゃいけないんだよな」と、廉も、腕組みをしながら、頷いた。
「確かに」と、珠姫と坊主頭の少年も、頷いた。
「まあ、今日は、楽しもうぜ!」と、廉が、にこやかに言った。
「そうだね。戦争が終わって、初めてのお祭りですからね」と、坊主頭の少年も、賛同した。
「そうね。楽しまなきゃ損よね」と、逗子も、同調した。過ぎた日の事を思い返しても、滅入るだけだからだ。
「逗子ちゃん、ちょっと…」と、珠姫が、左の袖を引っ張った。
逗子は、生理現象を察するなり、「二人は、先に行ってて。後から行くから」と、促した。
「分かった! 行こうぜ、黄休!」と、廉が、承知した。
「何だか判らないけど、早く来いよ」と、黄休も、口添えした。
間も無く、二人が、参道の人混みに消えた。
その間に、逗子達も、左の脇道へ向かうのだった。