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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

夜鳴ノ星 -常識倒錯-

作者: 星乃カナタ

この作品を見て下さり、ありがとうございます。

 無機質な砂嵐の微音のあと、聞こえてきた。

『───速報です。細八町(ほそやちょう)で起こっていた連続怪奇連続殺人事件で、警察は殺人の疑いで釧路(くしろ)(ひびき)容疑者を先程逮捕したとのことです』


 ある暗がり、細八町(あるまち)の路地裏。

 流し聞きしていた自身のポケットに入れた携帯ラジオから飛散する事実に、男は苦笑していた。脳天を金槌(かなづち)で殴られたような衝撃。

 共犯が捕まってしまったことに対して、単純に驚く。

 そんな感情が溢れ出てきた。


「あー、ひーちゃん。捕まっちゃったのかぁ、はは。まぁしゃーないよな、アイツは処理が下手だったから」


 それよりも、と男は眼下に倒れる制服姿の女に視線をよせた。

 胸に八回、右腕に三回、左手に二回、両脚に四回。きっちりと男の記憶通り、瀕死の女の体には赤く染まった刺し傷があった。

 男が右こぶしに握る銀牙(ナイフ)も同様に紅に浸食されているが、それが何のアカなのかは言うまでもないだろう。


 一歩、ただの狂人が踏み出す。


「ひっ……!?」

「あれ、まだ生きてるの。しぶといねぇ、っつーても。オレが魔術で無理やり生かしてるだけなんだけどね、でも痛覚は残したままだよね? 痛いでしょ?」

「あ、ああ、ああ」


 そう問いかけて、男は目の前の獲物を■した。

 ザク、ザク、ザク。一回を丁寧に、確実に。


「ああ、────ったああああ、ああ……!? ああ、ああああ…………あ……あ…………………あ……────」


 そして動かなくなった肉塊を見て、ああ、空を見上げて目を瞑る。また一つ、進んだ。達成感を感じる犯罪者の横を夜風が通り過ぎ、一秒一秒の秒針を狂わせていく。

 あまりにも一秒が長いように感じられるその夜に、彼は銀牙を捨てる。


 魔術。


 それは世間一般で、有り得ないと言われる事象だ。

 それはごく当たり前のことで、本当に『魔術』なんて奇跡があることなんて、普通ならば一般人は知ることすらできないだろう。

 魔術とは、いわば裏の世界に生きる科学だ。


 表の世界に生きる住民には、理解出来ないのは是非もない。


「マァ、ひーちゃんが”行動”してるんだ。俺もささっとこの町を終わらせて、蟲どもを炙り出さなきゃな」


 そう、”普通”ならば。



 ◇◇◇



 眠い……。

 そう思いながら、俺は進むために自転車のペダルを力強く踏み込む。この町でかなり大きい並木道を通っていくが、やはり人だかりは少ない。

 ここ最近起きてる連続殺人事件が原因なのは言うまでもない事だが。

 やはり人が少ないと、必然的に和気あいあいとした町が見れないので、悲しいものだ。


「おい、起きてますか~?」


 そんな声と共に、意識が覚醒した。

 声を頼りに、聞こえてきた右側を見ればそこには竹馬の友である『山城(やまぎ)(りゅう)』が立っている。

 深紅の髪に、筋肉質の体型。

 一見ヤンキーに見えるが、ちょっと運動好きなだけのオタクゲーマーだ。


 にしても……眠すぎて意識が混濁していたのか。


 気が付けば、俺は地街高等学校の駐輪場に自転車を止めて立っていた。

 地街高等学校はこの町にある俺が通っている県立の高校であり、学力的には全国的にも、県的にも中の中辺りだ。


 いわゆる可もなく不可もなし、ってところだな。


「ったく、相変わらず眠そうな顔をしてんな」

「オレは勤勉家なんだ。夜、勉強してて寝るのが遅かった」

「へぇ、その割にはゲームでオンラインになってたが?」

「うぐ……、バレたか」


 ちょっとした噓をついてみるが、どうやらゲームの設定を公開設定(パブリック)のままだったらしい。これでは徹夜でゲームをやっていたことが、フレンドであるみなに筒抜け。


 既に反論の余地すらない。


「いやぁ、新作ゲームが面白くてな」

「やれやれ。二か月前の入学式で俺が教えるまで知らなかったビデオゲームが、これほどまでに鐘ヶ江のツボだったなんてな」

「山城のせいで、俺はすっかりゲーム中毒かもな」


 鐘ヶ江、それは俺の苗字だ。

 フルネームにすると鐘ヶ江(かねがえ)真也(しんや)

 普通の高校一年生である。

 学力は学校の中では平均的、勤勉家をよく自称しているが、それが事実である証拠は残念ながらない。

 スポーツ面では、ちょっと速く走るのが得意なぐらいであり、特段好きなわけでもないので部活には入っていない。


「おかげで両親と姉には、勉強しろ勉強しろと言われてばっかりだ。これも全て山城のせいにしてもいいんだぜ?」

「げ、それだけはやめろよな。お前の父ちゃん母ちゃんは、怖いだろ」

「そうだな。俺でも自信を持っていえる、うちの父さん母さんを怒らせたら死ぬ。そう断言できる」


 その言葉に顔をすこし青白くする山城だったが、それに追い打ちをかけるように始業のチャイムが鳴った。


「やべ、もう時間じゃねぇか……!!」

「お、遅れる! これも全部山城の!!」

「んでもかんでも、俺のせいにすんなーーー!!!!」


 そんな会話を繰り返しながら、俺たちは急いで校舎に入って自身の所属する教室へ向かっうのだった。

 まずいな、眠すぎて足がふらつく。

 そんなつらい状況の中で、ギリギリに教室へつき俺は安堵の息を漏らした。


 席について、鞄から教科書類を取り出す。

 慌ただしい授業準備。隣の住民が話しかけてきた。


「やほー、なんだか大変そうだね?」

「ああ、全くもってその通り。駐輪場で談笑してたら、時間を忘れててな」

「あーあ、やっちゃった。自業自得~」


 俺の苦労も知らないで、吞気に茶髪の髪の毛をいじる隣の少女の名は『美樹(ミキ)アリス』。

 高身長で、顔は文句なしの美人。成績も優秀で……ああ、あれだ。いわゆる高嶺の花って呼ばれるような存在。

 この地街高等学校においてのソレが、彼女である。


 まだ俺と同じ一年生であり、入学してからまだ二か月にも関わらず、全校生徒の間からは絶大な人気を誇っている。

 美樹のポテンシャルは、恐ろしいものだ。


「面目ない……」

「まぁ、仕方がないんじゃない? 私もよく同じ事して、焦る事あるしさ」


 こう。さりげないケアを出来るのも彼女が人気な一つなんだろうな。

 ギャルと清楚の中間を行く雰囲気を放つ彼女。人と隔たりなく話せる美樹が凄いことを改めて実感する瞬間だった。


「ああ、そういえば。さいきんセンター試験の過去問解いてさ、八十パーぐらい取れたんだよねぇ」

「まじか」


 それって国公立とかの難関大合格ライン付近じゃないだろうか。

 まぁたとえ届かなくても、高校一年生二か月目の時点でそれだけ完成しているなら、あとは時間の問題だろう。


 もしそれが事実なら、だが。


「俺もそれぐらい勉強ができるようになりたいもんだ」

「一日八時間ぐらい勉強すれば、簡単だよ」

「八時間って、相当だぞ? いや、受験生とかにとっちゃ違うのかもしれないが。少なくとも、オレじゃ無理だな」

「はは、頑張って」


 乾いた返しをされて、俺の士気は更に下がった気がした。


「それにしても、生徒の数が少ない気がするな……」

 辺りを見渡して、俺はそう呟く。


 独り言のつもりだったが、どうやら美樹に聞こえてきたらしく彼女が返答する。


「そうだね、今日は五人も欠席してるよ」

「やっぱりアレか。この町……細八町で起こっている連続殺人事件のせいか」

「うんうん、そうだろうね。私も正直怖いなーっ、でも内申下がるのは嫌だし登校してる」


 そして会話はついに終わって、ほぼ同時に数学教師である風谷(かぜだに)が入ってきた。

 イカツイ顔だが、声はイメージと違って軽快だ。


「よーし、最近この町は物騒だが。学校は相変わらず続いてるからなぁ、数学やるぞー」

 一限目は、俺が一番苦手な教科である数学である。



 ◇◇◇



「はぁ」


 やっとの思いで授業を乗り越え、四限目が終わりを告げた。

 俺は地街高等学校の校舎一階にある食堂に向かう。学食というだけあって、ある程度リーズナブルな価格設定でメニューが組まれている。

 学生の自分にとってはあまりにもありがたい良心だ。


「さってと、どうするか……」


 メニューとしては『カレーうどん』『カツカレー』『カレーライス』『チャーハン』『餃子』『醬油ラーメン』『生姜焼き定食』『焼き鮭定食』『カツ丼』『シーザーサラダ』等。


 その他にも色々とある。


「何にするのか、迷ってんのか?」

「ん、まぁな」

「山城はどうするんだ?」

「オレ? 俺はカツカレーと生姜焼き定食」

「二つも食うのかよ……」


 話しかけてきた友人は、過食気味である。いや、普通の高校生ならばそれぐらい食べるのだろうか? 俺にはあまりわからないが、自分は一般的に見れば小食の方であると思っている。

 何を食べようかと顎に手を当て、熟考する。


「決めた。醬油ラーメンを食べる」

「お、いいチョイスだな?」

「前にこの学食で食べた醬油ラーメンが美味しかったのを、しっかりと覚えてたんだよ。だからこれにする」


 山城は隣で親指を立てて、賛成を示した。

 一か月前、独りで始めて学食に行った時にチョイスしたのが六百十円の醬油ラーメンで、かなり美味しかった記憶がある。


「じゃあ、決めたことだし早速注文しに行くべ」

 山城がそう言った。


 ということで、俺は醬油ラーメンを注文し食べた。

 隣の席に座った山城はさっき言ってた通り、カツカレーと生姜焼き定食をぺろっと完食していた。というか、それに加えてカレーうどんまで追加で注文し、食べきっていた。


 恐ろしい、本当に。

 コイツの胃はカー〇ィレベルなんだろうか……。


「にしてもさー、鐘ヶ江よ。なんかさ、人少なくね? 前来た時、食堂はもうちょっと混んでた気がするんだがな」

「それは、あれだろ。三年生は全員休みらしいしさ」

「あぁ、そうだったな。そういうことか」


 そう。

 地街高等学校では、細八町で起こっている連続殺人事件のせいで受験である三年生は休みになっている。

 一応、出席停止なので内申に問題はないらしいのだが。

 学校に行かずに家で勉強漬け、想像するだけで嫌になる。


 三年生は三年生で大変そうだ。


「あれだろ、怪奇連続殺人事件……」

 先程まで大きな声で喋っていた山城が、わざとらしく小さな声で言う。


「そうだろうな。本当に物騒な話だ」

「確か、見つかってる死体は何か刺されまくって肉体が欠損してるとか、または血液が全部なくなってたり……とか」

「想像しただけでおぞましい、な」


 しかも恐ろしいのは、肉体が破損しているのはちょっとやそっとの話なんかではなくて……頭ごとなくなってたり、腕ごとなくなってたり、という感じらしい。

 そんな猟奇的な反抗を、同じ人間がやってると考えると気持ちが悪くて仕方がない。


 そんな事件にあっている被害者は、今現在、合計して十三人。男七人、女六人とのことらしい。


「でも、もう大丈夫だろうけどな。三年生もすぐに登校するだろうさ」

「……どうしてだ?」

「犯人らしき人物がついに捕まったらしいからな」

「へぇ、そりゃ良かった。オレも怖い思いはしたくないからな」

「だろ? でもな、犯人の供述? 的なヤツで『これからが始まりだ。ショータイム』なんて言ってたりするとかなんとか、聞いたぞ」


 なんだそりゃ。

 まるで今からが犯行の本番だって言ってるようなもんだな。

 これから犠牲者が増えるのは、本当に勘弁してほしい。

 ……いや、それは嘘だ。

 正直、自分の周りの人間が死ぬことさえなければ、っていうのが本心だろう。


「怖い話だ、山城。お前はやんちゃだからな、巻き込まれないようにしろよ? 本当に、冗談抜きにして」

「大丈夫だろ、問題ねぇさ」


 そういうのは世間一般でいう死亡フラグってヤツなんだが。


「勘弁してくれ……」


 ああ、こんな話をしていると頭が痛くなってくる。


「ま、オレもオレなりに自粛してるから、問題ねぇさ。流石に自分だって死にたくないからな!」

「自粛って、具体的にいうと?」

「そうだな。少なくとも夜にゲーセンには行かなくなったな」


 山城はよく、校則を破って夜にゲーセンに行っていた。

 ガタイのいい体なため、大学生と間違えられるのが少なくないので……店員にバレないからだろう。

 高校に入ってから、そんな話をよく聞いていたのだが。

 どうやら、ついに非行に走るのを止めたとのこと。


 その理由はもちろん、事件に巻き込まれたくないから。


「そりゃそうか……、死にたくないよな」

「ああ。それに一瞬でコロシテくれるんならまだマシだろうけどさ、絶対痛いだろ? このシに方は、まずいヤツだ」


 重くため息を吐き、首を縦に振る。

 同感だ。あまりにもな。


 そんな他愛もない会話を織りなし、昼間のちょっした休みは終わった。



 ◇◇◇



 放課後。クラスはざわついていた。

 別になんも特別なことはなく、ただ今日の授業が終わったから友達同士で盛り上がっているだけ。


「ふぃ~~、やっと授業(じごく)が終わった」

「今日は疲れたね、わたっしは疲れてナイけど!」

「なんだそりゃ」


 隣で帰りの支度をする美樹。

 彼女は確かに疲れてなさそうだな。


 いつも通りニコニコしている。成績優秀だから、授業は簡単すぎて疲れるに値しないんだろう。


「授業って、退屈なだけだから」

「流石優等生、オレもそんな事を言ってみたいものだ……、ははは」

「君だってしっかりとそれぞれの教科を理解すれば、そうなるよ」

「そうだといいんだけどな」


 あいにく、自分は凡人だからな……。


「ま、頑張りたまえよ鐘ヶ江クン」

「あ、ああ。そうだな、頑張るさ」

「おうよ! 頑張れ!」


 そう喝を入れてくれる彼女だが、次元が違い過ぎて話にならない。オレじゃどれくらい努力したって、出来るようになる気がしないんだがな……。

 苦笑しつつ、応える。


「おーい、帰ろうぜーかーねーがーえー」


 ふと、教室の外から声が聞こえてきた。

 山城が手を振ってコチラを誘っている。俺は美樹に「またな」と残した後、その場を去って山城の所へ脚を稼働させた。


「やれやれ、お前はいちいち声が大きいんだ。すこしは周りのことを考えたらどうだ?」

「だってよ、声小さくすると鐘ヶ江は気づかないだろ」

「むむ、そんなことないし。俺はこれでも地獄耳なんだ」

「本当かねぇ、そんなの初耳なんだが」


 それは本当だ。

 小さい頃から、そうだった。

 だから苦労したもんだ。聞きたくもない陰口とか、中学生時代はうんざりするほど聞いてきたからな。

 眼を瞑れば、今でも脳内を巡り合う。


 …………俺に対するクラスメイトからの凶器(コトバ)


 嫌な思い出だ。イジメっていうほどではないが、かなりの暴言や陰口を言われていた気がする。思い返さなくても鮮明に浮かんでくるほどに。


「んま、そんな事はどうでもいい。別に自慢する気はなかった」

「そ、そうか?」

「ああ」


 聞こえても得のないモノが聞こえてくるんだ。

 そんなの、要らないし自慢にならない。


「にしても、そろそろ寒くなってきたな」

「そりゃそうだ。もう十一月だぞ」

「十一月、ねぇ。これからは寒くなるし、厭なもんだ」

「そうか? 俺は冬、好きなんだが」


 渡り廊下の窓から見れるのは、暁の空。

 まるで血のように染まったオレンジ色の上空は、なんだか哀愁が漂う。十一月はもう冬だからな、寒くて当然だ。

 もうすぐで日は暮れるだろう。


 肌寒い空気を吸って、静かに吐く。


「そろそろ帰るべ、暗くなったら。危ないだろ?」

「それは同感だな」

「じゃあ行くか、確か途中まで帰り道は一緒だったな」

「でも自転車だからな……」


 帰り道が大体一緒だとしても、両者自転車だから喋る事はない。喋ってよそ見でもしてたら、何があるか分からないしな。

 取り敢えず、早く帰った方がいい。


 それは確かなことだ。


 駐輪場まで喋りながら歩いて、オレは帰宅するのだった。



 ◇◇◇



 山城と別れてから、静かに黙って自転車を進めていると。不意に足が止まった。目の前に、見知った制服を着る生徒が倒れていたのだ。

 倒れたといっても、自転車をこいでて転んだ。という感じ。

 オレは自分の自転車から降りて、その生徒に駆け寄る。


「あの、大丈夫ですか?」

「ん、いたた。……あっ、あはは。ごめんね、ちょっと転んじゃっただけ。大丈夫だよ」

「そうですか、でも一応」


 倒れていたのは、どうやらうちの学校に通う二年生の生徒っぽい。

 前に先輩たちをたくさん見た時にこの人がいたのをなんとなく記憶している。なんで覚えてるの? キモイよってか?


 ……そりゃあ、この人があまりにもな美少女だったからだ。


 黒髪ツインテール黒眼の彼女で高身長の名も知らない先輩は、一年生の間でちょっとした話題になっていたのだ。

 その事に、いま気付いて思い出しながら。


 手を差し伸べた。


「どうぞ」

「う、ごめんね……」

「いえいえ、先輩ですからね」

「あはは、君は後輩か」


 先輩の手が俺に触れ、体温が伝わってくる。

 彼女はこちらの手を起点として、ゆっくりと起き上がった。


 見た感じ、膝にかすり傷がある。


「あの、それ」

「こりゃあただのかすり傷だから、問題ない。それよりも早く帰らなきゃ」

「そ、それはそうですね」


 彼女がニコッと微笑んで、そう言った。

 その笑顔の、悪魔的な可愛さには思わず動悸が激しくなる。魅力的すぎるその姿には、ちょっと苦しくなるのだ。

 本能的に、な。


「では」


 そうなって、会話は切れた。

 正直先輩ともうちょっと話してみたいと、高校生男子あるあるな想いが自分にもあったのだが絵空事だと諦める。


 しかし、


「あ、……ちょっと待って」


 先輩は話しかけてきた。


「名前、聞いてなかった。教えてくれない?」

「名前って、オレのですか」

「うんうん」


 しかも名前を聞いてくれた。

 ……っ!! この質問は脈ありってやつなのか? そうなのか? もしや、そうなのか? 

 はい、あり得ませんと。

 先輩は優しいからな、単純に気遣ってくれた人の名前を覚えておきたいとか。そういうだけだろう。


 オレは特に迷うこともなく、名乗った。


「鐘ヶ江真也です」

「ふーん。鐘ヶ江クンか、ありがとね。私も一応、言っとくけど……私の名前は『緋色坂(ひいろざか)(あかね)』」

「覚えておきますね、緋色坂先輩」

「あ、茜でいいよ?」


 ま、まじか……。

 下の名前で言うのは、恥ずかしくてなんだかためらってしまうものがある。


「わ、分かりました。茜先輩」

 ”先輩”は付けておく。


 すると先輩はやれやれ、とわざとらしく溜息を漏らされた。

 そこから微かに溢れる笑顔も魅力的だが、なんだかペースが分からない人である。

 なんなんだこの人は、と一瞬疑問を持つがすぐに解決する。

 ああ、そうか。分かった。

 この人はアレだ。『人の心をもてあそぶ』小悪魔か。

 それならば合点がいく。


「ふむ……。そういえば、さ。最近この町、物騒だけど。君は大丈夫そうかねねねね?」

「いや、どうですかね。不安要素はもちろん、たくさんありますが。でも連続殺人事件の犯人なら捕まったそうじゃないですか。この物騒な雰囲気も、もうすぐでなくなりますよ」

「そっか、そうだね。そうかもしれない。でもさ、まだコレで終わったとは限らないよね? 動機不明、ただの狂気でもない殺人事件。何か裏がありそうだし、まだ危険にさらされてるとは思わない?」

「そうですね、でもそりゃ先輩も同じ状況でしょう? いや、そんな話をするなrばこの細八町に住んでいるみんながそうだ」


 わざわざ外でこんな話をするもんじゃないなと思いながらも、話を中断する勇気がないオレは続けた。

 それが失敗だったのかもしれない。

 後悔する。


「そうじゃないと思うけどなー」

「え? まさか、自分が犯人だって言うんじゃないですよね。」

「流石に違うよっ! 勘違いしないでよね? 私だって、犯人たちに怒りを感じてるよ? 私たちの平和を奪ったんだから」


 ツンデレかっ! そうツッコミたくなってしまうが。

 今は雰囲気が根本的に違う。

 違和感。


 なんだか、前に見た時と別人みたいだ。


 夕焼けの光が差し込む彼女の顔は、なんだか。


「すいません」

「いやいや、別にいいんだよ? 確かに私はね、”君たち”とは立ってる世界が違うから」


 ……なんだ?

 遅れて発現した厨二病なのか、先輩は? それにしちゃ、不謹慎な話だ。こんな恐怖以外の何者でもない事件をネタにするのは。


「先輩、ふざけてるなら帰りますよ」

「あはは、ごめんごめん。本題はね、そうだねぇ。これかな、コレ。()れてあげるよ。私を助けてくれたお礼、本当は違う人にテキトーに渡す予定だったけど。気が変わったんだ」

「え?」


 彼女はそう残し、俺に何かを手渡してきた。


「あの、開けてもいいんですか?」

「いいよ」

「っていうか、これは……なんです」

「中身はなんだろうね? っと、時間だ。早く帰らなきゃ、じゃ、ばいばい!」


 えっ、中身を見る前に茜先輩は自転車に乗って帰っていった。

 まじかよ。


 手渡された何か。

 それは小包に入っていた細い物体だった。

 紺碧に染まる小包。なんだかヒンヤリとして、硬い感触が伝わってくるが果たしてなんだろうか。


 時間もないしすぐさまゆっくりと小包を開いて、確認する。

 がさがさと音を立てて、開く。



「────────は?」



 そして、ようやく、やっと、今更に先輩の異常性を感知した。


 そこには折り畳み式のナイフが、折りたたまれた状態で『二本』入っていたのだ。持っていたら明らかに銃刀法違反的な何かの法律に抵触しそうな、ただの凶器。

 ……それが、小包の中にはあった。


 見た感じ、ロックバック式の代物だが。

 それはネットで知ってただけで、実物はもちろん触れたことなんてないので、動揺が、走る。

 本当にどういうことだ。


「先輩、なんでこんなのを俺に渡すんだ」


 呆然と、暗くなる空の下、並木道に立ち尽くして考えてみるが、いつになっても答えが導けることはなかった。


 ◇◇◇



「……ただいま、母さん」

「お帰り、真也。今日は遅かったね」

「いや、まぁ、ちょっとした人助けをしてたんだ」

「それは良いことね! さすがはうちの、自慢の息子!」


 高校から自転車を漕いで約三十五分、家に着いた。

 オレはさっそく玄関前に自転車を止めて、家に入る。そこにはいつも通り、俺のお母さんが立っていた。

 鐘ヶ江家は、歴史ある古い平屋建てである。

 お世辞にも広いとは言えないが、居心地は良い。


 畳の匂いがふんわりと漂い、木の質感は最高だ。冷たくもあるし、適度な温かみもある。実家だから…………だが、俺的にはベストな環境だ。

 ま、家はあまり広くない代わりに庭が広い。

 それは自慢できるほどに、だ。具体的にどれぐらい大きいのか、といえば大型のトラックが三台は余裕で止めれる、という感じ。


 加えて、庭には自然が豊富であり、手入れも行き届いているため文句の言いようがない。ここから覗く夜空は、本当に綺麗だ。


「ああ、それと今日の夕飯は、オムライスよ」

「俺の好きな料理じゃないか」

「うんうん、私が頑張ってつくった甲斐があったかも」

「オレも手伝えればいいんだけど……」

「もう、無理しないでね真也。高校生なんだから、もうちょっとヤンチャしててもいいのに」


 それでも、母さんに迷惑をかけるわけにはいかないだろ。

 身勝手にそんなことするのは、どこまでも悪い気がする。


「母さんこそ、無理するよなよ。父さんだって仕事で忙しいんだから、手伝うさ」

「悪いわねぇ」


 父さんは今日もきっと、書斎にこもっているのだろう。

 彼は実業家であり、いつも忙しそうにしている。まぁそのおかげで、俺たちは不自由なく暮らせてるのだから感謝しかない。

 本当に、頭が上がらない。


 だから俺も、何か家族に貢献しきゃなとなるのだが。


「あ、そういえばさ……今日の帰り道人だす……け」

 そう、自然と声が出た。


 しかし、やはり止めておく。

 気味が悪かったからだ。

 なんだか、厭な風が吹いている気がするからだ。

 直後、母さんには不審に思われたがその後オレは、飯を食べるときも、テレビを見ながら談笑する時も、就寝する前も、決して『凶器』の話をする事はなかった。


 あの後、貰った二つの凶器を鞄に入れて変な汗をかきながらも自分は自転車をこぎ、家に向かった。


 幸い、あの時他に通行人がいなかったから大丈夫だろうが、いたら多分通報ぐらいはされていただろう。

 俺は動揺しすぎて、帰り道のことなんて何も覚えちゃいない。


 自室の布団について、今日の放課後を思い出す。

 今日食べたオムライスの味はしなかった。

 その出来事のせいで。


「なんで、ナイフなんか……」


 考える。

 あのナイフは間違いなく、武器だった。

 紛れもない凶器である。

 果物を切るとか、そういう用途ではなく。

 純粋に、人に対しての行使を前提とした様な。


 そんな鋭利な刃を持つ二つの凶器。

 それをなぜ、わざわざ俺なんかに渡すのか。

 というか、先輩がなんであんな代物を持っているのか。


 考えれば考えるだけ、疑問は溢れ出てくる。

 まるで泥沼だ。


「もしかして、茜先輩は。俺に人を殺させようとでもしてるのか? そう考えるなら、やっぱり彼女が犯人に思えるんだが」


 最初は、ただの厨二病系の人なのかと思った。

 だが現実は違った。

 だって、ただの女子高校生があれほどの凶器を買えるはずがない。ここら辺のスーパー等にそんなものは売ってないし、なにより高価なはずだ。

 それに、あのおかしな雰囲気、厭な感覚、もしかして……そうなのか?


「はは、狂いすぎだろ」


 ────先輩(さつじんき)、か。


「どうだかな」


 少なくとも、マトモな人間ではない。

 それは、なんとなくじゃなくて分かりきったことだ。



 ◇◇◇



「行ってきます」


 早朝はあまり良い朝とは言えなかった。

 どちらかといえば、最悪な方よりである。

 なにせ昨日の出来事が衝撃的すぎて、な。


「いってらっしゃい、真也」

「うん。行ってくる」


 だがいつまでもそうは言ってられないだろうし、俺は今日もしっかりと登校することにした。


 凶器はどこに隠しておこうかと考えたけれど、見つかったらヤバイことになりそうなので、俺はそれらを鞄に入れて……持っていくことに決めた。とはいっても使う気はない、ただ茜先輩に返そうと考えたのだ。


 朝食の目玉焼きを食したあと、歯を磨いて、寝癖を直し髪を整えて、制服をきて、カバンを背負って、家を出る。


「はぁ、ここまで重く感じた朝は今までに、ないな」

 そう愚痴を漏らしつつ、現実に悲観する。


 自転車をこいで、俺は学校に向かった────────……。



 ◇◇◇



 校門を越えて、昨日のように駐輪場に自転車を止める。

 昨日のような眠気は一切ない。

 最近ハマっていたゲームなんて、する気にすらならなかった。


「……よう、鐘ヶ江。無事だったか」

「ん? まぁ、大体無事さ。なにもない」

「そうか、それならいいんだが」


 開幕からテンションの低い山城と遭遇する。

 無事だったかって。どうだろうか、案外精神的には無事じゃないかもしれない。なにせ昨日はよくわからない先輩に絡まれたからな。

 疲れた、というかふわふわした感覚だ。


「にしてもやつれた顔だな」

「それは山城も同じだろ。どうした、ゲームでもし過ぎたのか?」


 友達とであって精神的に多少ホッとしたのか、視野が広がってやっと気づいた。山城の目には熊が出来ているのだ。


 コイツは、そういうタイプじゃない。


「お前の柄じゃないな、クマをつくるなんてさ」

「そうか? いや、そうかもしれねぇ。昨夜、今朝は寝れなかったからな」

「なんかあったのか?」

「そりゃあ、あっただろ。もしかして鐘ヶ江、知らない?」


 はぁ、なんだろうか。

 彼がここまでなるもんだ。

 政治的なものに関心の薄い山城が寝ないほど興奮するってことは、新作ゲームの発表でもあったとか?

 好きな女優の電撃結婚のニュースとか?

 それとも、宝くじの一等に当選しちゃったとか?

 嬉しいことがあって、感動して、寝れなかった?



 ────なんてはずがない。



 分かってる。そんなのは、最初から分かっているんだ。

 知っていたけど。思考したくない。


 だが、無情にも情報は伝達される。


「知らない、な」

「また新しい犠牲者が出たんだよ。この細八町でな、連続殺人事件の犯人はまだ。捕まってなかった」

「……」


 そうか、と言うほかない。

 同時に、脳内では『やっぱりかよ』という言葉が飛び交う。やはりオレの予想は当たってたんじゃないのか。

 本当に物騒だな、とだけを口にしようとするも。


 まだ、山城は続けた。


「しかもその犠牲者は、この学校の二年生。茜先輩だってよ」

 と。


 的外れだったと気付くと同時に……。


 その情報を聞き、絶句する。

 身近な人が死んだ、ということと。

 彼女が”違った”、ということ。

 それら二つに驚いた。


「……その情報、本当なのか?」

「ああ、本当さ。二年生の中ではわんさか広がっていたよ。聞いたところによると、茜先輩の携帯メールから二年生の他の生徒たち宛てにある写真が送られたんだとよ。写真は茜先輩の死■が映ってたそうだ」

「────っ!」


 途方もないおとぎ話を聞いているような感覚だ。

 嘘だろ? そんなのは、ありえないだろう。

 そこから推察するに、犯人は茜先輩をコロシテ、そして彼女の携帯を奪って、撮って、送った。という事になる。

 そんな所業、ありえない。


 本当に、人のやる事なんだろうか?

 頭が酔ったようにくらくらする。


「暗いな。この話は、今は止めておくのが吉か」

 そう山城が話を締めることで、悪夢のような時間はいったん終わりをつげた。



 重い足取りで校舎を歩いて、

 教室につけば、周りが大きくざわついているのを感知した。昨日とまでは違う雰囲気である。理由は言うまでもないだろう。

 さっきと、同じだ。


 ざわざわと。

 クラスメイトは笑顔なく何かを語り合っている。

 というよりは、悲しんでいた。


 自分はただ席につき、黙ってショートホームルームが始まるのを待つ。

 昨日は授業が始まる直前についてしまったが、今日は時間的にかなりの余裕がある。


 しかし、心にはないのだが。


「ふふんふーん」

「あんたは随分と余裕そうだな」

「ん? ああ、あの事でみんなやつれてるの? あんなの、気にする方がダメだよ。過去は変えられないんだからさ、それこそファンタジーな世界じゃないかぎり」

「ごもっともだ」


 美樹は相変わらずである。

 不謹慎ではあるが、一理あるな。

 確かに、そうだ。過去は変えられないのだから、受け止めるしかない。


 それはそうだろう。


「だから、私は身内がなくなっても悲しむけど仕方がないと割り切れる。諦め、かもしんないけどね」

 頬杖をつきつつ、彼女はそう微笑した。


 いいや、自分自身に対する嘲笑のほうが的確かもしれない。

 そこには、核のような、絶対的な意志が感じ取れる。過去に何かあったのだろうな。辛いことを経験した人間のようだ。

 俺には分からない。


 だから、芯が無い。


「そうか、美樹もいろいろと経験してるわけか」

「まぁね、ちょっと人より慣れてる、それだけだけどね」

「それでも、俺は凄いと思うけどな」


 そうして曇天な世界のまま、授業はいつも通り始まった。二年生のある一つのクラスでは、当然一つの席がカラッポの状態で授業が始まるのだろう。

 そう考えると、どこか悲しくなる。


「はあ、今日も退屈な一日が始まったなぁ……」

 気だるそうに、彼女の声が聞こえてきた。



 ◇◇◇



 今日は食堂も行かなかった。

 行く気分じゃなかったのだ。

 それはみんなそうだったらしくて、ある一部の生徒以外は……昼休み、教室で友人と話していたりして過ごしていたのだった。


「さて、今日は帰るか」


 厭な気持になっているのは、全生徒共通か。

 俺が普段通り帰ろうとしていると、体育教師であるゴリラ骨格の松村まつむら先生が声をかけてくる。


「お、鐘ヶ江。良いところにいた、ちょっと荷物運び手伝ってくれるか?」

 そんなちょっとした頼み事。


 今の気力なしな俺は到底やる気になれなかったが、それ以上に断る気力さえも残っておらず。了承した。


「分かりました」

「あー、じゃあ体育倉庫にある『体育教科』の本が入った段ボールを十個、職員室のオレの机まで運んでくれ。俺はちょっとやることがあるから、悪いな」

「……はい」


 ありがとうは、なしか。


 にしていも手伝えと言いながら、彼は別のことをやるらしい。

 これはただの奴隷だな、そう心の中で思う。

 ……彼はどことなく、生徒を下に見ているタイプのヤツだと自分の中では認識している。だから、嫌いだ。


 でも反論することもできない弱者のオレは、限りある時間を使って段ボールを職員室へ運び込んでいく。

 合計で一時間。オレの体力がもうちょっとあればいいのだが、中高と部活に入ってない自分は休み休みやっていたので思ったよりも時間が掛かってしまった。


 やっとこさ、頼み事を消化した後。

 

 オレは駐輪場に止めていた自転車に跨り、帰路を行く。


 ……事件に巻き込まれたくないので、早く帰ろう。


 唐突な案件に時間を要していたため、既に日は完全に暮れてしまっていた。冬の日没は早いのに、なんてことだ。

 並木道に均等に置かれた電柱についてるライトは、心なしか点滅を繰り返しているような気がして不穏。


 緊張と不安が脳内を廻っていく。

 早く帰ろう自転車をこぐ、こいでいく。


「はっ、はっ、はぁ、はっ……」


 すでに夜。

 カラスが鳴いて笑っている。

 ああ、くそ。今更になって後悔が湧いてきやがった。なんでオレは、あんな卑劣な願いを受けたのだろうか。

 素直に断ればよかった。


 だが、すでにそんな考えは遅く意味のないものだ。

 そんな愚行をした自分に、そしてそんな事を掘り返す自分に、妙な苛立ちを覚えながら自転車をこぐ。


 そんな時だった。

 数十メートル先の電柱に何かが立っていた。


「……ん」


 目を凝らして、確認する。

 なんだ、何があるんだと。

 オレはその物体を凝視して……理解する。それは真っ黒い人の影であり、影の本体はない。つまるところ、自分が理解出来ないものだと、理解したのだ。


 ────、は?


 遅れて、”恐怖”を覚えた。

 普通に考えて、理解できるはずもないだろう。

 学校の帰路で、意味も分からず、人外のナニカを見たなんて。…………だがその恐怖もすぐになくなった。


 ゆっくりと自転車を減速させ、いっしゅん片手で目をこすってみればソコには何も立っていなかったから。


「はぁ、流石に精神的にやられすぎてるな、オレ」


 どうやら、最近町が物騒すぎてどこか頭がおかしくなってたらしい。

 そのせいで、幻覚を見てしまったのだ。

 オレはそう結論づけて、再び自転車を動かす。

 ったく最近は本当に物騒だからな、幻覚で良かった。本物の殺人鬼なんかに出会ったら、シャレにならないし。


 いつもと変わらぬ並木道を通り過ぎ、急いでオレは家に帰った。


 昨日と同じように玄関の前に自転車を止めて、物理的に地に足をつける。……外は暗く、空気が不味い。


「はぁ、やっとついた。部屋にでもこもって、寝よう」


 そう思って、ドアノブに手をかけて開く。

 安堵の息と、暖かい体温が伝わってくる。

 先程までの生活感、自分自身が、鐘ヶ江真也が十五年間過ごしてきた家の全てが伝わってきて、ホッとした。

 やっと帰ってこれた。


 永遠にも感じられた、なんでか長い帰り道。

 そこをやっと越えて、帰ってこられた。


 しかし、その先に広がっていたのは、赤色だった。


「────、え?」


 ドアを開いて数秒も経たぬ刹那。

 ズブ、と聞いたこともない音が聞こえた。何かがぶつかって、後ろに転げる。うげっと呆気なくオレはその場に転げ、尻餅をついた。

 鞄が床に転げ落ち、中身が飛び出た。

 中で。音一つない空虚が我が身を穿ち、体を駆け巡る。


 それは純粋な『痛み』と感知して。


「あ、がッ────、あ────っ!!!!!」


 体には激痛が走った。脇腹を起点とし、広がる地獄に身は燃えるように熱を持つ。じわりと広がる色鮮やかな紅の液体。ただ、刺されたという事実だけが目の前を通過していく。


「ああああああああああああああぁがぁ!?」


 痛い。痛い、痛い、痛い!


 言いようのない阿鼻叫喚が鐘ヶ江真也を待ち続ける。不運としかいいようのない、一撃。なんだ。何が起きた。なんで痛いんだ?

 その痛みの原因は俺の腹に刺さる凶器は、ナイフだ。

 違う、そんなことはどうでもいい。果たして誰がやったのか?


 俺がドアを開いた瞬間、ナイフが自分の脇腹目掛けて飛んできたのだ。


 酷く長く感じられた一瞬(えいえん)の間に、微かに視線を上げて玄関を超えた先を見る。


「……ぃ、あ」


 そこには二つの姿があった。

 血まみれで倒れる母さんの姿と、血まみれで立っているのは黒い外套(コート)の下に赤色の燕尾服を着た老貴族のような風貌の見知らぬ男の姿。音一つない市街地で、絶望は鬼気として増幅する。

 一歩でも気を抜けば、この闇に取り込まれてしまいそうなほどの、確定的な絶望。


 どうやら『犯人』は、オレだけじゃなく、家族さえも奪ったらしい。

 母さんはもう、動いていなかった。

 倒れて、血まみれで、それで終わり。


「あ、ああ、ああああ」


 母さんは殺された。目の前の見知らぬ男に。

 父さんは見えない。分からない。

 そこには、散乱した景色が広がっていた。


 ────到底、意味が理解出来ない。


「…………」


 目の前に立ち尽くして、オレを見下げる男は微動だにせず。

 ただ立っている。

 その時確信する、コイツだ。俺にナイフを投げやがったのも、母さんをあんな惨状にさせたのも、この細八町の平和を奪ったのも。

 その全てが。


 だがしかし。

 ああ、くそ。

 でも、動けねぇや。


 ……俺の体は既に満身創痍だった。たとえどれだけの恨みがあろうと、動けるはずもない。どこまでも凡人である自分に腹が立つ、ああ、腹が立つと思考しつつどこか冷めていた。

 鐘ヶ江真也は、ここで死ぬ。そう思えた。そう許容しようとした。


 そうじゃなきゃ、この惨状を理解できなかったから。


 しかし、走馬灯のように現実に駆け寄るは非情。


『過去は変えられないのだから、受け止めるしかない。』

『私だって、犯人たちに怒りを感じてるよ? 私たちの平和を奪ったんだから』

『ふぃ~~、やっと授業(じごく)が終わった』

 そんな、過去が聞こえてくる。


 ああ、違った。

 当事者になって分かる限定的な情報を知って、考えが変わっていく。本物の地獄に浸食されていく。過去は変えられないから、受け止めるしかないだと? ふざけるな、そんな事出来るワケないだろう?

 平和を奪ったヤツに怒りを感じてる? 当たり前だ。というか、この感情はただの『怒り』では表せないだろう。


 許容範囲なんて、優に超えているし。

 現実なんて残酷だし。


 そして、同時に。

 言いようのないソレはあまりにも増幅した。


 プチンと糸が切れたようにか、または電線がショートしたようにか。


「ああ、くそ……くそ、くそくそくそ、くそっ!」

「……」

「んで、テメェはそんな顔を、して、やがる……んだよ」

「……」


 見上げた先に立つ男の顔は、無表情だった。

 まるでいつもと変わらぬ風景が広がっている、とでも言うように。

 コイツの”いつも”は、ココにある。

 でも俺の”いつも”は、ココにない。


 そんなただの理不尽が、壊していく。


「あ、ああ、ああああ────っ!!!!!」


 既に痛覚なんて消えていた。

 アドレナリンが放出されているとか、そんなのだろうか。

 まぁいい。


 自身の脇腹に刺さったナイフを抜き取り、血を吐き出す。これから出血多量で死のうとも構わない。むしろそんなのは大歓迎だ。

 それよりも、だと視線を男に向ける。

 鞄から転げた二つの凶器を手にとって。


「……────すぅ」


 今この男に対して感じていることは、怒りではない。

 胸に宿る『強欲』な心を制し、相手を対等に見た。


 痛みは無いのだが、それはただ体がおかしくなっているだけで時間はもう残されていない。それは本能的に認識していること。

 そして、そんなのは重々承知…………っ!

 だからこそ、俺は深呼吸で一拍置いたあと、力強く踏み出した。


 なんでか体が動く。そして明確な目的があった。


 両手に宿る凶器の使い方なんて知るはずがない。

 だが、使え。使わなけば、奪えない。

 その一瞬に自身の神経すべてを集中さえ、疾く。


 同刻、男は口走る。


「む、まだ動いていたか」

「ああああ!!!!」

「虫けらはどこまでいっても、虫けらだ」


 残り、三メートルもない。

 土足で玄関を駆け上がり、血を吐き散らしながら突き進む。


「”殺す”」


 そこでやっと、俺が動けた理由を自然と呟いた。


 お前が誰だかは知らない。

 だが、なんだか、おかしいよな?



「────お前が奪ったんだ。だからこそ、オレは平等にお前の命を奪う」



 そして、残りゼロメートル。

 右手側の刃を繰り出して、男の胸を引き裂こうとする。しかし標的は瞬時に”攻撃”を弾き、コバエを潰すかのように彼は回し蹴りをした。

 だが、見えている。俺は姿勢を低くし回し蹴りを回避したのちに、次は左手から凶器を行使する。


「……?」

「まずは一本」


 男は何か呟いていたが、心底どうでも良かったので無視をして彼の左腕をナイフで刈り取った。人間の骨というのは硬いもんだと話を聞いたことがあったのだが、なんだか拍子抜けだ。

 切断された腕はそのまま床にゴトッと音を立てて堕ちる。


 相手は焦った様子を見せることもなく、大きく後退しコチラと距離をとった。


「なるほど」

「遅いっ!」

「ふむ」


 痛覚がないのだろうか、痛みを感じている様子も見えない男には正直恐怖心しか浮かんでこない。切断面には、血すら見えないのだ。

 だがそんな事は二の次、今はコイツの命を奪う事だけに集中する。


 二撃目を繰り出した。

 全身全霊の俊敏さで、神風の如く標的へ接近する。


「────ぁ、!!!」

「無意味だ」


 そして、三撃目。四撃目。五撃目と斬撃を放つ。

 しかし、男は初撃以外全てをただの生身の腕で受け止めていた。到底人の肉体とは比べ物にならないであろう硬度。

 まるで、その腕は石のように硬い。


 コチラのナイフが折れてしまいそうだが、関係ない。

 呼吸を整えるために一歩下がろうとするも、それは無意味と変わる。

 同様に眼前の化け物も再び後退したのちに反撃を放出した。


 ありえない瞬刻。


 男が前方へと腕を突き出して、詠唱(とな)えたのだ。


「──風よ(エアロ)哀れめ(トラジェディ)


 無機質なコトバが世界に干渉し鼓膜を通った。

 そして、ありえない景色を見た。

 突き出された男の右腕に、可視化された黒い風が集約されていき、点をつくったのだ。いいや玉か。そして、それは放たれる。

 もちろん、鐘ヶ江真也という人間を狙って、でだ。


 回避不可の絶対必殺の一撃。

 あまりにも理不尽すぎる攻撃には反吐が出る。


 まるで飛行機が真横を通り過ぎたような轟音。

 コンマ一秒を数えるごとに、鐘ヶ江家の廊下、壁、天井、そのすべてを巻き込んで迫ってくる。

 あまりにも速すぎる一撃だ。


「あ」


 反応できた瞬間には、既に死んでいることだろう。

 それほどまでに力の差を見せつける、ただの”死”。

 やっとこさ理解する。

 自分と対峙しているこの化け物は俺程度の一般人が、ちょっと凶器を手に入れたからって、一パーセントでも勝てるわけのない相手だったのだ。


 ああ、くそ。

 体は慣性の法則によって、動くことを知らない。


 数秒後、俺は死ぬ。

 鐘ヶ江真也という人間は、風に吹かれて肉塊と化す。

 この化け物が何なのかを知らないまま。

 何も信念も持たぬまま。

 ただ、理不尽に蹂躙されて消えていく。

 今度こそは確定的な死だった。

 今回こそはただ無様に死ぬだけだった。


「、────」


 もはや言葉を紡ぐ刹那すらも、俺には残されていなかった。



 ◇◇◇



 後悔はある。

 ……だが、それは語る必要はないだろう。なにせ俺はもう死んだのだし、どこかで間違えたのかなという疑問だけしか、特に話す事はなかった。

 もし細八町なんて場所に住んでなければ、こんなことにはならなかっただろう。

 こんな残酷な、絶望的な死を抱く事もなかった。

 冷たい一瞬。


 違う、間違っている。

 そんな懺悔をするにはもう”遅すぎたのだ”。


 そして、それを正視した。

 あまりにも、あっけなく。

 ────死は防がれた、その事象を。


「え、は?」


 目の前には誰かが立っている。

 そして俺は死んでいない。

 死んだと思っていたのに、なんでか俺は生きていた。

 そしてその理由を見つめようと目を凝らす。


「やっほ~、なんだか大変そうだね。鐘ヶ江クン?」

 そこには、茶髪の美少女が立っていた。


 美樹アリス。


 風がオレに触れる寸前、背後から現れた美樹が俺の肩に触れて後ろへ引っ張ったのだ。そのせいで俺はまた転んでしまった。いや、だが、それよりも…………肝心なのは。美樹が素手で、あの風を弾いたことである。

 なんで彼女がここにいるのか。


 当然溢れてくる疑問。加えて溢れ出た疑問を口にしていく。


「は、はぁ? なんであんたが……ここに。それに今のって、どういう原理だよ!?」

「そりゃ内緒かな、ッて云いたいところだけど。君に対してはそうもできないかもね」

「意味が分からないぞ」

「あ、ッ待て待て、待ってて! 次の攻撃が来るから!」

「は?」


 ────”ドォン”!!!

 そんな爆発音のような爆音が周囲に響き渡る。


 どうやら、再び風の攻撃が飛んできたらしい。

 何なんだ本当に、あんなまるで魔法みたいな攻撃を何発も打てるなんて……化け物すぎるだろう。

 それに美樹も、そんな攻撃を軽々と防いでいる。

 ありえない。


「いてて、流石に素手ではじくとちょっと痛いかも」

「腕、もげないのか?」

「え? この程度でもげるわけないじゃん」


 まるで当然だと言うように、彼女はそうにこやかに表現する。

 ────なわけねぇだろ。普通、この程度でもげるわ!

 そうツッコミたいんだが、風の轟音で声がかき消されてそれは不可能に近いだろう。


 化け物が風の玉を何十も放出していき、それらを素手で乱暴に弾いていく美樹。

 …………なるほど、分かったぞ。


 こいつら、そろいもそろって化け物なんだなと。


 圧倒的な戦闘を魅せられて、呆然と座り込んで数十秒。

 ついに攻撃が止んだ。

 一瞬にして静寂に帰った世界には、耳が慣れるまでかなりの違和感がある。


「はぁ、本当に。貴方たちって礼儀知らず」

「なんだと?」

「目障りだから、早く帰ってくれない?」

「それは無理な相談だ。オレには、ソイツを、殺す、義務が、ある」


 そういって男が指をさした先は、オレ。

 流石に動揺したが、どうやらコチラには喋る権利がないらしい。


 代わりに、と美樹が話を牽制していく。


「なんでこんな一般人を狙うワケ? 意味なくない?」

「コイツは、悪魔だ」

「はぁ……ああいえばこう言うわね。悪魔ってのは、あんたたちのコト。ふざけないで」


 すると男は黙って、または冷徹な怒りを静かに表すように。

 明らかに殺意を噴出させて、断言する。


「また殺しに来よう。邪魔がいない夜に、な」


 そういって、彼は霧になって消えていった。

 ……はは、本当に何が起こったのか。

 それを理解するには、かなりの時間を要する事になるだろう。


「はは…………なんだよ、そりゃ」

「はえ? え、鐘ヶ江くん? おい、おーーい……おーーーーい!!」

「悪い、ちょっと死ぬかもしれな……い」


 絶望的な状況の中でも運よく生き残ってしまった自分の運命を恨みつつ、俺の意識が薄れていく。

 その場で倒れた自分を心底心配そうに見つめるのは、茶色の悪魔。


「ちょ、君に死んでもらうのは勘弁。まだ、死んじゃだめだよ? って……」

 そして、途絶えた。


 そしてこれから、鐘ヶ江真也(オレ)は、細八町は地獄の渦に巻き込まれていく。


 闇を屠る夜空は鳴き、常識は倒錯(ほうかい)し。



 ◇◇◇



 ……目を開けると、そこには知らぬ天井が広がっていた。狭い空だ。純白に染まり、平坦な空を見上げつつ回想する。

 そういえば、と。何故自分がこんな状況になっているのか。

 ソレを考えて、頭に電撃が走った。


 こんな吞気に寝ている場合じゃないだろうと。

 俺はベットで寝ていた。

 辺りを見渡せば、外が暗くなっている窓と、赤いカーペットに、箪笥たんすが少しばかり置いてある質素な部屋だ。 

 

 知らない場所。


「あ、っ」


 どこかも知らないベットに寝ている暇なんてないと、俺は体を起き上がらせようとして……体中に走る痛みに今更気付いて苦悶する。


「あ、ちょ、まだ傷だらけなんだから落ち着いてなさい?」

「……美樹?」

「ん? はいはい、私よ」


 そこでやっと、彼女が今までに隣にいた事も、気付く。


「ああくそ、オレ何してんだ。こんなところで寝てていいはずがないのに」

「ちょ、安静にしなさいって」

「母さんを殺されたんだぞ。俺はあの状況をこの肉眼でしっかり見た。だから、許せない。アイツが」

「寝てる姿は可愛げあったのにね。鐘ヶ江クンってもしや凶暴? それとも、無謀なの? バカなの?」


 俺の寝る横で立ってコチラを見る茶髪の美少女、兼化け物。同級生であったはずの美樹アリサがそう呆れるように口を歪ます。


「バカで結構、ここはどこなんだ。俺はアイツを殺さなきゃならない」

「へぇ、無謀にも突っ込んで死んでく気なんだ。そりゃあ、あれだねぇ? 親孝行の反対な行動、みたいな」

「……」


 彼女はそう、指図してくる。

 まるで今の俺の行動が愚行だと罵るように。


「ココは私の家よ。まぁそんなことはどうでもよくて、本当にそんな一回の晴らしで、一回の命を失うのが正しいと思うなら、自由にすればいいと思う」

「────」


 だが、彼女の毒に少しずつ冷静さを取り戻していく。


 いや、冷静さを通り過ぎて一周回る。


 ああ、そうだ。

 無駄なことだ。

 今の俺がしようとしていることは。

 過去は変えられないんだからな。

 たとえ俺があの化け物に突っ込んだところで、勝機もないし、未来もないだろう。だが、じゃあ、それ以外で、この痛みをどうやって晴らせばいいのか。

 そんなのはない。

 絶対にない。


 それ以外の選択肢は、考え付かなかったのだ。


 だから、

「じゃあ、どうすればいいってんだよ。俺は大事な家族を失った。母さんは死んだ、父さんも……家があの惨状なら、きっと。お前が何者なのか、俺は知らない。だけどな、俺はお前ほど強くないんだ。だから……選択肢なんてない」

 そんな当たり前の疑問を呟く。


 人とは弱い生き物だ。

 俺も、母さんも、父さんも、例外じゃない。

 だがしかし、今対峙しているのは、敵対しようとしているのは人とは呼べない存在だ。あの風の玉をつくったり、人智をこえた意味不明な行動ばかりを起こす災害。

 そんなのにぶつかって、立ち直れるわけがない。


 しかし、当たり前のように美樹は答えた。


「だーかーら、さ。私は最初から”それ”を提示しようとしてたわけなんだけどね」

「え?」


 その言葉を聞いて、最初どういう意味が孕まれているのか分からなかった。目を細めて、彼女は追記する。


「選択肢、よ。選択肢。私があなたに、鐘ヶ江真也だけじゃ選べない選択肢を与えてあげるってコト。まぁその代わり、君が持つ他の選択肢を奪うけどね?」

「それって、どういう」

「気になるんだ?」

「────」


 美樹は、意地悪な人間だ。

 ここでそんな質問をするなんて。

 自分の選択肢を奪うなんて、問題ない。

 もうすでに選択肢なんてゼロに近いんだから。


「……ああ、気になる」


 だから、俺はそう答えた。


「やれやれ、正直でよろしい。正直、ここでさっきの選択肢を捨てないんなら、ここで切っちゃってもよかったけど。どうやらそうじゃないらしいから、許してあげましょう。はぁ、頑張って君の腹にあった傷を治した甲斐がある」


 彼女の言葉に噓はない。

 人智を超えた力を持つ、美樹のことだ。本当に俺が別の返答をしていれば、今には死んでいるかもしれない。

 ……というか、待て。


「聞きたいことがある」

「なに?」

「美樹って、医者だったのか?」

「え、違うけど。急にどうしてよ」


 いやいや、そりゃあ。”頑張って君の腹にあった傷を治した甲斐がある”なんて言うからに決まっているだろう。

 なんだそりゃ。


 あの傷は相当深く、致命傷だったはずだ。


「傷、治してくれたって今言っただろ」

「あー、その事ね。別に私にかかればちょちょいのちょい、よ? 人間の医学に精通してるわけじゃないけれど、魔力を籠めれば一瞬よ。ちょっと、いやかなり疲れるけどね」

「はは、なんだよそれ」


 魔力って…………、馬鹿みたいだ。

 でも、先程の災害に遭遇した自分にとっては充分に信じられる概念だった。もっとも、自分がインターネットとかで得ている魔力とは別のものかもしれないが。

 それに彼女の言いようは、まるで自分が人間じゃないと断言している感じだ。


「もしかして、嘘だと思ってたり?」


 彼女は腰を低くさせて、視線を並行に、コチラの瞳の奥を窺った。


「いいや、信じるさ。なにせあんな化け物に出会った後だしな。それぐらい分かる。……まぁ、悪い。ありがとうな、美樹。それとさっきはごめん。助けてくれた君の感情なんて関係なく俺は利己的な発言ばかしした」

「っ!」


 素直な謝罪、素直な気持ちを伝える。

 彼女と会話してきて、やっと冷静さを取り戻してきた。だからこそ、今までの言葉に対して謝罪する。

 単純に、彼女はオレを助けてくれたのだ。

 なのに俺はその命を無下に扱おうとした。


 そりゃあ、酷く無礼な物だろう。


「へぇ、謝るときはちゃんと謝る、か。……君たちも捨てたもんじゃないかもね」

 そう”ニヒヒ”と笑ったあと、彼女が述べる。


 そして、ゆっくりと再び彼女は姿勢を直し、くるっと部屋の中を一回転。


「さて、さてさて。やっとこさ鐘ヶ江クンも周りが見えてきたのだし。教えてあげましょう、私が君に授けれる選択肢をね」

「あ、ああ、……よろしく頼む」


 なんだか緊張するな。

 果たして彼女はどういう選択肢を口走るのか。

 予想もつかなかった。


「それはズバリ、君が私と一緒に夜遊びをすること! かな?」

「……………………えーーと、美樹さん。美樹、いや、ビッチさん。正気か?」

「ん? あ! 決して卑猥なことじゃなくて、ごほんっ」


 天然か。

 言葉の使い方の間違いに気付いて、赤面のちに、わざとらしく咳をして訂正する。


「まぁ、端的にいえば貴方が私と協力する。それが君に与えられる、私の選択肢ってところかな」

「ふむ?」

「君の目的って、あの怪物くんを倒すことでしょ? 実はね、私もそうなんだよね。だからウィンウィンの関係っていうか、協力してもらうと考えたの」


 そりゃあ、随分と凄い考えだ。

 確かに目的は一致しているが。

 あまりにも戦闘力に差がありすぎるのではないだろうか?

 あの怪物と彼女の実力は俺よりも圧倒的に上だ。

 自分が協力できることなんて、あるもんかと思う。


「協力する、っていってもな。俺と、君と、あの怪物じゃ強さが違い過ぎないか? 美樹とあの化け物の実力が同じぐらいだとしても、俺は全くもって戦力にならないと思うのだが」

「────ぶぶー! 残念ながら不正解なのですよ、鐘ヶ江クン」

「ん?」


 茶髪の髪をふわっと揺らしながら、コチラへ指を差す。

 どういうことか。


「君は一般人だけど、持っているのは一般人の力じゃないのさ」

「えーと、うん?」

「君は特別な力を持っているんだよ。私ですらビックリしちゃうほどのね、だからあの時に生かそうと思ったの」


 特別な力、ってなぁ。

 オレには何もないぞ?

 変身できるわけじゃないし、剣を自由自在に操れるわけでもないし、剣を増やしたりもできないし。

 何も出来ないんだけどな。


「そうだね、鐘ヶ江クンの持つ力は……私たちの住む、裏側の世界でも脅威になりうる絶対的な力なの。その説明をするためには、まずは魔術について解説しなきゃいけないから、特別に今から優等生な私が授業をしてあげましょう」


 そりゃあえらく唐突だな。

 まさか、いきなり優等生な美樹先生による魔術講座が始まるとは。


「魔術はまぁ、鐘ヶ江くんが思っているのと同じイメージでいいと思う」

「と、いうと。ハリー〇ッターとかの、魔力を用いて行使する特別な力。っていう感じか?」

「んま、そんな捉え方で問題ナッシングだね」

「お、おお……」


 なんだかテンポが分からないが、理解するために真剣に話を聞く。


「魔力を使う時は、体中に巡る血液とかに意識を集中させるっていう感覚」

「そりゃ一体どんな感覚だろうか……慣れないから、分からないな」

「まぁそれはのちのち慣れていくと思うし大丈夫だよ。で、魔術っていうのは、大きく分けて二種類存在してね。自動的に発動するようなモノか、自分が発動しろ! って思ったタイミングで発動させる受動型のモノと分かれているの」


 彼女が言うには、こんな感じらしい。


 ・魔術には二種類存在し、『自動型』『受動型』がある。


 ・自動型では、常に発動しているか場合か、その魔術を行使する術者の環境がある条件に達した時に意識に関係なく発動する場合がある。


 ・受動型では、その魔術を行使する術者が『詠唱』か『念力』を使用することによって発動する。


 というとのこと。

 あの化け物が使っていた風の魔術は『受動型』のものらしい。

 案外複雑じゃないなと思いつつ、かなり本格的だと感心した。

 これは面白い。まるでファンタジー小説を読んでいるような感覚である。

 それに彼女の教え方が上手なので、必要な情報がすんなりと頭に入ってくる。これも、いつも学校で色々な友達に勉強を教えている賜物だろうな。


「で、だよ。肝心なのは鐘ヶ江くんの。……私がいった、君の持ってる特別な力とはズバリ魔術です!」

「お、おお!」


 それからも説明が加わる。


「問題なのは、その魔術の原点がどこか、だね」

「むむ?」

「あー、まぁ簡単に言えば持っている魔術が、先天的に持っているものか後天的に手に入れたものか。っていう話かな」

「ほう?」


 次はどうやら難しい話。

 理解しきれるか、不安だな……。


「魔術を持っている人を、私たちは魔術師って呼ぶんんだけど……ふつうの人間は魔術師になれないの」

「そりゃあ、なんでだ? 魔術が何なのか理解してないからなのか?」

「ま、それもあるね。でも、一般人と魔術師の大きな違いは魔力に対するルーターがあるかどうか……だろうね」

「ルーターというと、他と他を接続する機器、だったはずだ」


 ご名答と、美樹が指を鳴らす。


「そう。魔術師には、魔力と自分の体を繋げるルーター的存在をする部分がどこかに持ってるの。その生まれながらにして持ってるルーターを介して魔力を供給し、力を使う魔術が先天的なものっていうの」

「なるほどな」


 つまりは、普通の人間が生きている世界とは違う部分に接続する部分を持っているかどうか、という話だ。

 別次元、っていう表現が正しいだろう。

 先天的な魔術か。


「で、後天的な魔術っていうのは……元々生まれながらにしてごく普通、ただの一般人であったのにも関わらず、ある時を境に自分の体にルーターが出来上がっちゃったものを使うの。まぁこうなる確率はものすごーく低いんだけどね」

「突然変異か。でもさ、ある時を境にっていうが、具体的にはどういう時なんだ? 色々とケースがあるだろ」

「んー、私の知ってる限りだと。臨死体験をしたことによってルーターがつながった人とか、家族を殺されて……痛みと悲しみがぶっ飛んだことで偶然つながっちゃった人とかね」


 最後の例はなんだか身に覚えがあるんだが。

 おい、待て。


「それって、まさか俺のことを言ってたり?」

「え? あー、最後の例はそうだね」

「つまり、俺の持ってる魔術は後天的なモノってわけか」

「そうなるね」


 じゃあ、詳細を話そうか。

 と彼女がついに本題へ足を進める。


「君の持っている魔術は後天的で発生するのはすごく稀で、稀有な存在っていうか……私はその前例を知らないぐらいラッキーなものだから誇っていいよ」

「その魔術ってさ、どんなもんなんだ」


 正直、身に覚えがないものだ。

 あまり期待しないでおこう。といいたいところだが、どんな魔術なのかめちゃくちゃ気になるし、期待したい。

 強そうなやつだといいなぁと淡い期待を抱きつつ、回答を待った。


「ずばり、『七色(しちいろ)(つむ)ぎの天腕(てんわん)』」

「しち……いろ?」

「日本人はそれを七色(なないろ)って言ったりするわ」

「ああ、七色ね。分かった、分かったぞ」


 いや、分からん。

 名前だけは大層なもんだが。そこからどんなもんなのか予想するのは、かなり難儀だろう。難しすぎる。


「それは名前のごとく腕に宿る魔術でね、そこから世界の事象に干渉し色々と改変していくんだよ。さっきいったルーター的役割が、君の場合だと腕なんだよね」

「で、どういう能力があるんだ? そこ、一番気になる」

「まぁ慌てないで。この腕に宿る力は、最大七つよ」

「最大?」


 その言葉に引っ掛かりを覚えた。


「まぁ私もそんな稀有な力持った人達をあんまし知らないから、確定的な情報じゃあないけど。その力って個人差が強くて、七つのうち何個の魔術が発現するかは分からないんだってよ」

「えぇ…………、まじか」

「そう、まじ。でも安心して。あなたの一つ開花した力は多分、強いから」


 ほほほ、やるじゃん美樹さん。

 落としてから上げてくれるスタイル、感心しますっ! そう言いながら、俺は彼女にぜひ教えて下さいと請願した。


「ずばり、その力は『略奪』!」


 ────ん?


 返答を聞いて、感想を躊躇う。

 略奪って、奪うってことだよな? 奪う力って何さ。もしかして、シーフにでもなれってのか? 協力するって、そういう銀行からお金盗んで来い的な感じ?

 ま、まじかあ……。


 様々な考察が脳裏に飛び交い、顔が青白く染まる。


「安心して、お世辞無しで、強いから」

「ほ、本当かなぁ?」

「本当だよ。だって奪えるんだよ? あらゆるモノを、………いいや、物体だけじゃなくて、本質的な全てを。例えば事象を、過去を、命を、体を、スケール広く世界を」

「────」

「容赦なく、たとえ相手がどんな行動を取ろうとも。命を奪えるのよそしてそれをあなたの糧とできる。思考を奪うことなんてしたら、相手を植物人間にすることだって容易よ」


 だが、彼女はマジメに答えた。

 それを聞いて、なんとなく自分の能力に宿った恐ろしさを知ることになる。


 どんなことをしようとも、奪う力。


「私も正直半信半疑だったけど、君があの怪物と戦ったのをちょっと見た時に確信した。あなたは確かにその力を持っているの。………一応言っとくけど、普通ならあの怪物の腕をただのナイフで切るとか、不可能だから」

「あ、ああ。なるほど。腕があんなにも簡単に斬れたのって、俺が魔術を自動的に発動させてたからなのか」

「そうね、多分……あの怪物の腕の硬さ、とかの概念を奪ったんじゃない?」


 分かった。


「言っとくけど、貴方のその力単体で見るなら……私なんかより全然強いわ。ひと回り、いえ、何十回りも強い。私から見ても、あんたはあの怪物以上の化け物なんだからね」

「……ああ、理解したさこの力は悪用厳禁、だな。俺が持つにはあまりにも強大すぎる」

「正直、それは同感。まぁでも安心して、あまりに大きすぎるスケールのものは体が内包できないから。使おうとしたら魔術がはじけて、使えないと思うし? そこまでおっきな事はできないからさ。それに能力に対して体がついていけないと思うから」

「そうか……。気休めにはならないけど、コイツにも限界があるって知れて良かった。それと、改めて感謝するよ。知識のないオレに、丁寧に教えてくれてさ」


 改めて、彼女に感謝した。

 美樹がいなければ、きっと今ここにオレはいないからな。

 それに自暴自棄になりかけたあの一瞬、毒をついてくれて良かった。

 おかげで、俺は俺のままでいれる。


「べ、別に構わないわ。それよりも……! 話を最初に戻すからね? あなたの持っているチカラが凄いってことは分かったでしょ?」

「ああ、充分にな」

「で、私たちはあの怪物を倒したいと。でもね、残念ながら私とアイツの強さは五分五分ってところ。だから勝率を上げるために貴方と協力しようと、私がもちかけた。オーケー?」


 ああ、と頷く。

 この提案には、のるしかないだろうと思っている。

 命の恩人のお願いを断るのは気が引けるし、

 なにより家族を殺されて黙っていられないからな。

 必ず、宣言通りアイツの命を俺は奪い取る。


「で、どうなの? 協力してくれる?」

「ああ、もちろんだ。俺だって一矢報いてやりたいんだ。家族のためにも」

「……そうこなくちゃ、といいたいところだし、協力してくれるのは嬉しい。けど、一応言っておくわ。きっと貴方の両親? も、貴方が死んでいくのは見たくないはずよ。だから……」

「命は大事に、だろ」


 俺が先を見越してそう言うと、彼女はそう言った。

 そして遅れてニヒヒと再び微笑んで。


「さて、そろそろ退屈な日々も終わりにしましょうか。鐘ヶ江クンは寝ててもいいよ? 昼ぐらいになったら起こして色々と説明してあげる。これからのこと」

 そういって美樹が窓際によって、日の出てきた外の景色を見る。


 今日も学校はあるのだが……いいだろう、今日ぐらい。


 それにしても。ここは、細八町の東南にある山に立っている家らしい。

 そう分かったのは、この細八町を一望できる立地がそこしかないから、それだけである。こんな高くから細八町を見渡せるのは、そこしかない。


 ………明るく陽光にともされていく町の景色を、ゆっくりと眺めつつ。


 そういえばと。

 重要なことを聞き忘れていたので、俺は彼女に問うことにした。


「そういえばさ、協力するにあたって聞いておきたいことがある」

「なに? 鐘ヶ江くん」

「美樹、あんたは何者なんだ?」


 素朴な疑問に変にはぐらかすこともなく、不思議に思うこともなく、彼女は口を開く。


「────そうだね、私は。”天使”かな」


 陽光がその風貌を照らしつけ、

 どこから吹く風が彼女の茶髪を靡き、

 屈託のない笑顔で笑う。



 その姿に、何か溢れてくる感情があった。

 ああ、本当なんだ。 本心からそう思って。



 天使。倒錯(くず)れた常識、まるで夜空のように綺麗に輝く少女の姿に、ただむせび泣くしかない青年はただ、微かに元気を貰ったような気がした────。

短編でちょこちょこ投稿してくので、気になった方は是非ブックマークや評価お願いします。

まだ拙い文章しか書けない学生ですが、私の文章で楽しんでもらえたのなら幸いです。


冒頭の男だれ? 茜先輩は? 鐘ヶ江を襲ってきた野郎は誰? 警察に捕まったとかいうやつだれ? ……etc.

まだ伏線ばかりですが、全力で回収していくのでよろしくお願いします!

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