5月19日 プロ
昨日は、オフ日だったこともあり、今日から、練習が再開した。しかし、朝から雨が降り続け、グランドを使用することはできなかった。私たちは、いつものように部室で制服からユニフォームに着替えて、体育館前に集合していた。
キャプテンの川中から、今日は、筋トレと素振りを行うことが伝えられた。
筋トレの最初は、空気椅子だ。空気椅子ては、壁に背中をつけ、足を直角にする。90度に曲げて椅子に座っているように見せるのだ。開始早々から、悲鳴を上げる3年生。それとは対照的に静かにしている1年生。声出し担当の橘は、「残り30秒」と全員に伝えた。「はいー、まだまだいけるよー」。ムードメーカーの佐伯が声を出した。「おっけー」と橋本が合図を出した。
しかし、次の瞬間、キャプテンの川中が「終了」の声をかけた。まだ、30秒経っておらず違和感を感じながら、地面に膝をついた。すると、1年生の一人が倒れ込んでいた。「マジかぁ」、田畑や秋田の声が聞こえた。一人ができていないと全員でもう一度しないといけなかった。
「もう一度やり直し」。副キャプテンの八幡が声をかける。みんな、また、空気椅子の姿勢をして始めた。
空気椅子が終わると腕立て伏せにうつった。私は、1年生の優聖とペアになり、優聖が腕立て伏せをするのを見ていた。聖徳高校の野球部の腕立て伏せは、床に手の平をつけて、指をなるべく広く開くようにする。他の1年生がしんどくて休憩をしている中、優聖は、腕立て伏せを継続していた。
俺 「なんで、そんなに頑張るの?」
優聖「早く試合に出たいんですよ」
俺 「確かに、練習思んないもんな」
優聖「いやいや、そうじゃなくて。俺、プロ行きたいんで」
俺 「プロって、プロ野球選手のこと?」
優聖「はい」
優聖は、真面目な顔で、俺に話しかけていた。その後も休みなく筋トレをしていた。優聖は、右投げ左打ちのショート。小柄な体格だが、バットスピードが速く広角に打つ選手らしい。1年生は、バッティング練習する時間はほとんどなく、体力作りが中心であった。バッティング練習するには、少ないチャンスで結果を出す必要があった。こんなに必死な優聖を見て、あることに気づいた優聖に伝えた。
俺 「優聖、試合に出たいの?」
優聖「はい」
俺 「だったら、内野じゃなくてピッチャーやったら?」
優聖「ピッチャーですか?」
俺 「うん。バッターだったら、ベンチ入りできても、代打くらいだろ。でも、ピッチャーやったら、スタメンもありえるんじゃない?」
優聖「まぁ、そうですけど。俺、ピッチャーしたことないんですよ」
俺 「ピッチャーやって結果出せへんのに、プロは無理やろ。本気でプロ目指すんやったら考えてみたら?」
優聖は、ポカンとした顔を見せながら、俺の方を見ていたのだった。