4話 いつものこと
「よお」
「よお」
いつもの学食で俺は小田林に会った。
「今日もどうだ」
「行こうか」
小田林の部屋に着いた俺は、小田林が酒を持ってくるまでの間、散らかった漫画本を整理していた。
すぐに、小田林が酒を持って来た。
「かんぱい!」
小田林はそういうと、美味しそうに酒を飲んだ。
「うめぇ。この瞬間のために生きていたって気がするぜ」
小田林はとても幸せそうな顔をして言った。
俺が彼のように幸せそうな顔をしたのはいつ頃だろうか。
闘病生活が始まってからは一度もないような気がした。
病気は辛く、何より、死の恐怖がずっとあった。
死の恐怖は慣れるものではなかった。
もうすぐ終わりが近づき、残りの期間を死に怯えて過ごすのでなく、自分がやりたいことをやって過ごそうと決意したのはほんの最近の事だった。
「おれさ…」
小田林はいつものように語り出した。
「実は原付の試験に10回落ちてるんだよ」
「難しい試験なんだな」
「○×で50点中45点以上で合格だ。何も勉強してなくても大体40点くらい取れる試験だな」
「その5点を積み上げることが大変ということだな」
「そうなんだよ。原付があればさ、パチンコ屋に行くのも自転車や歩きである必要がなくなるからな」
「パチンコのために取るのか?」
「まあ、大体パチンコ屋にしか行かないからそうなるな」
「8時半から9時までに受付しなくちゃいけないんだけどさ、電車で大体1時間ちょっとかかるのよ」
「結構遠いんだな」
「駅まで行くのに大体自転車で25分くらいで、着いてから20分くらい歩くんだ」
「大変なんだな」
「そうなんだよ」
「朝早くにそれだけ時間かけて、落ちるとクルものがあるぜ」
「きついな」
「それを10回だ。正直受かる気がしねぇ」
「大学に入れるなら案外どうにかなるんじゃないか」
「俺もそう思ってたんだけど、違うんだよ」
「なんか、わからない2択の問題は必ず間違えるんだ。〇か×かの2択なんだから勘でもあてれそうなんだけど、常に間違うんだよ」
「それはある意味すごいな」
「だろう?俺の運の悪さって何なんだろうな」
「悲しいな」
過去に落ちた試験のことを思い出しているのか、小田林は疲れた顔をしていた。
そして、一気に酒を飲み干した。
今日はいつもよりペースが早いなと感じた。
「運が悪いと言えばさ」
「うん」
「中学か高校の頃か忘れたんだけど、遠くに遊びに行ったのよ」
「楽しそうだな」
「おう。最初はめっちゃワクワクして行ったんだぜ」
「最初は…」
「俺ってちょっととろいだろ?傍からはそう見えるらしくて、ビルのエスカレーターで知らない男たち3人組に絡まれたのよ」
「怖いな」
「めっちゃ怖かった。そしたら、俺が知り合いをケガさせたやつに似てるとか言われてさ」
「でも、何もしてないんだろ」
「そもそもそいつらのこと、知らない奴だしな。ケンカなんて一度もしたことがないぜ」
「そんな感じがする」
「それで、俺と俺の友達を連れてさ、ビルから離れた駐車場に連れてかれたのよ」
「人があまりいなさそうなところに連れてかれたんだな」
「うん。それでケガした知り合いを連れてくるって言われて、ちょっと5000円出せって言われたんだよ」
「意味が分からないな」
「俺もそう思う。そのときは、初めての場所で、いきなり知らない奴に絡まれてさ、混乱してて、なんか俺も俺の友達も5000円渡しちゃったんだよ」
「うん」
「それでちょっと待ってろって言われて、30分待ってた」
「待ってたんだな」
「怯えながらな。それで友達がさ、騙されたんじゃないかって言いだして、やっと気がついたのよ」
「そうか」
「都会は怖いぜ」
「確かに怖いな」
「帰りはさ、最悪の気分だった。行きはめちゃくちゃ楽しみだったのにさ」
「辛いな」
「辛かったよ。友達との空気も最悪でさ。それ以来、疎遠になってしまったぜ」
小田林はとても疲れた顔をしていた。
そして、2本目も一気に飲んだ。
酒を飲んでも、辛い過去を忘れられないようだった。
「なんか、今日は酒を飲むペースが早いぜ」
「そうだな」
「酒と言えばさ、大学生になって、まあ初めて留年した年なんだけどよ」
「うん」
「友達の家の近くで祭りがやってて、友達の家で酒を飲みまくってたのよ」
「楽しそうだな」
「最高だったぜ。でさ、調子に乗って飲みまくって、俺は記憶が無くなったのよ」
「凄まじい量を飲んだんだな」
「友達が持ってきてたウィスキーが効いたんだと思う」
「アルコール度数高いもんな」
「んで、記憶がなかったんだけど、俺はそのときやらかしたっぽいんだよ」
「何があったんだ」
「なんか、俺は服を全部脱いだようなんだ」
「すごいな」
「それで、友達の顔の前でぶらんぶらんさせてたって言ってた」
「友達はきつそうだな」
「皆酔っぱらってて、皆で笑ってたらしいぜ」
「楽しそうだな」
「それでさ、俺が突然外に飛び出したみたいなんだよ」
「裸でか?」
「らしい」
「そうか…」
「裸のままさ、祭りに突入したみたいなんだよ」
「…」
「その祭りの実行委員に俺の親がいたんだよ」
「生まれたままの姿で成長を見てもらったんだな」
「そうなんだよ。その後、友達が追い付いて、俺の家まで運んでくれたって親が言ってた」
「優しい友達なんだな」
「そうだよな。翌日、親にめちゃくちゃ叱られたよ」
「辛いな」
「でさ、俺が留年してることとか、祭りをぶち壊したこととか、泣きながら親父とばばあが言ってきたんだよ」
「修羅場だな」
「ホントだよ。世間様に申し訳ないって、情けないって、ばあちゃんから金を勝手に持って行っていることもばれててさ、そんなことを2時間近く言われ続けたんだよ」
「うん」
「しかも、二日酔いでめちゃくちゃ頭が痛い状態で言われ続けてたんだよ。流石に、生きてることがちょっと嫌になったぜ」
「それでちょっとで済んだんだな」
「そうだな。辛いこといっぱいあったからな」
小田林は3本目の残りを一気に飲んだ。
酒が回ったのか、横になって寝始めた。
いつものように、毛布を掛け、俺は帰ることにした。
小田林はどうしようもない男だなと思いつつも、話を聞いてるときは自分の死が近いことを忘れさせてくれて、ありがたかった。
俺が話を聞くことで、少しでも気が晴れればいいなと思っていた。
俺の人生もどうしようもなかったが、最後に、どうしようもない男が前向きに少しでも生きようと思ってくれれば、自分の人生に価値があるのかもなと思った。
後、何回この夕日を見れるのだろうか。




