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春夏秋冬カルテット  作者: 音吹
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四角関係①

 この恋が報われないことは幼いころから分かっていた。それはわたしだけじゃなく、みんなそれぞれ分かっていた。


 春は夏を、夏は秋を、秋は冬を、冬は春を。


 春夏秋冬カルテットはそれぞれ片思いをこじらせていた。早く言えば四角関係だ。いつからだったかなんてハッキリとは覚えていないが、気付けばそうなっていた。周りも四人の関係のことは知っていて、誰と誰がくっつくのか生暖かく見守られていた。


 やっぱり高校が一番楽しかった。高校生にもなると、それぞれの片思いは実らないと半ば諦めて、その状況を楽しんでいたりもした。誰も報われないならそのままでいいじゃん、とみんな思っていたんだと思う。


 高校二年生に進学した春、進路調査があって先生に提出する前に四人で見せ合おうと誰かが言った。多分夏樹だったと思う。わたしたちはためらうことなく四人で見せ合った。


「春香は看護科でー、芹澤はフランスの音大でー、冬弥は医大?」


 自分の進路調査票は伏せたままで、黒髪猫っ毛の夏樹がみんなの進路を口にする。


 わたしは地元広島の看護科がある大学、秋菜はフランスへ音楽留学、黒瀬くんは東京の医科大学へ進学予定だった。


「夏樹くんは?」


 おかっぱ頭のパッツン前髪で秋菜が首を傾げた。


「アレじゃろ? 仮面なんとかライダーとかじゃろ」


 銀縁眼鏡を光らせて黒瀬くんが冗談を言う。


「違うよ。多分、お花屋さんかおもちゃ屋さんじゃわ」


 セミロングを二つ結びにしたわたしは黒瀬くんの冗談に乗っかった。


「バカ、もっと壮大な夢じゃ」


 そう言いながら表に返した夏樹の進路調査票には『ロボット人間に俺はなる』と枠も気にせず大きくそう書かれていた。


「わぁ、夏樹くん、ロボットになりたいん?」


 秋菜は興味津々といった顔で声を上げたが、わたしと黒瀬くんは顔を見合わせた。


「夏樹お前……」


 黒瀬くんが夏樹に言いかけて、夏樹はニッと笑った。


「春香と冬弥の進路だって、俺がそうじゃけぇじゃろ?」


「……ちげぇよ」


「そうじゃわ違うわ」


 否定したが、その後の言葉はわたしも黒瀬くんも続かなかった。本当は違わなくないから。多分、夏樹にとってはそれが辛かったのだろう。


「そっか、違うか!」


 無理矢理作った笑顔の泣きぼくろが、涙のように見えた。




 進路調査票を提出した後、夏樹は先生に呼び出された。


「なぁ、夏樹のアレって」


 放課後、三人で夏樹の帰りを教室で待つ間、黒瀬くんがポツリと言った。わたしも小さく頷く。


「うん。やっぱり怖いんじゃろうね」


 ――夏樹は心臓に病を抱えていた。先天性、つまり生まれ持ったもので、生まれた時すでに『長くは生きられないかもしれない』と言われたらしい。ちょっと激しい運動をすれば発作が起きることもあったし、活動はかなり制限されていた。本人は明るい性格に育ったので弱音を吐くこともなくいつも楽しそうにしていたけれど、見えないところでいつ死ぬか分からない恐怖に怯えていたんだと思う。


 幼いころから夏樹の将来の夢は『ロボットになる』だった。理由は至極単純で、死なないから。『改造人間でもいい』とも言っていた。不滅の身体を手に入れたいらしかった。


 それを聞いたからというわけではないが、いつしかわたしの夢は看護師になることになっていた。看護師になって夏樹の看病が出来たら、なんて思っていて、黒瀬くんも医者になって夏樹の病気を自分が診れたらいいと思っていたようだ。


「うちは、夏樹くんが好きだって言ってくれたピアノを頑張れたらいいと思っとる」


 秋菜も少なからず夏樹が主体で夢を追っていた。春夏秋冬カルテットは、夏樹なしでは成り立たなかった。


「あれ、待っとってくれたんじゃ?」


 教室に戻ってきた夏樹はわたし達を見て首を傾げた。神妙な面持ちをしていたからかもしれない。わたしはこと更に声を張った。


「遅かったが! なに、説教でもされたん?」


「花壇の水やりの刑じゃろ」


「夏樹くん、おかえり」


 わたしだけでなく、黒瀬くんと秋菜も声を張る。不自然すぎて笑いそうになった。夏樹は首を傾げたまま「ただいま」と言って「あのさ」と続けた。


「説教でも水やりの刑でもなく、進路決めてきた」


 そう言って五冊ほどの大学のパンフレットを机の上に並べた。みんなで覗き込む。地元の大学から県外の大学まであった。


「この大学の工学部に行く」


 指を差したのはロボットの写真で、その大学は地元の大学で。


「あれ? ここの大学って春香ちゃんと一緒じゃないん?」


 秋菜が夏樹が開いたページより前に遡り、看護学部を開いた。確かにわたしの進路希望先だった。


「おい夏樹ふざけんな。そしたら俺だってそこの医学部にするわ」


「違う、たまたまじゃって。芹澤も、たまたまよ。俺は芹澤一筋じゃけぇ」


「さすがにフランスの音大に工学部はないよ。冬弥くんは頭いいんじゃけぇ今の進路先変えたらダメ」


 わたしを除く三人が言い合いをしている。それを蚊帳の外で見ながら、わたしはニヤけそうになる顔を抑えるので必死だった。好きな人が自分と同じ大学を希望している……嬉しくないわけがない。


「よし、井上が進路先変えようや。俺と一緒の大学なんてどう? 看護学部あるし」


 黒瀬くんがそう提案してくれたけど。


「いや、黒瀬くんが行く大学の看護学部なんてレベル高すぎて無理じゃわ」


「そう? 勉強なら教えるで?」


「あ、じゃあ俺も教えて! 行くって決めたのはええけど、先生に勉強頑張れって言われたけぇさ」


「じゃあ夏樹が進路先変えろ」


「うちも日本の音大にしようかな……」


「秋菜は日本で(くすぶ)ってたらダメな逸材じゃけぇ! 世界に羽ばたくべきピアニストじゃ」


 開けた窓から春の風がわたしたちの間を駆け抜けた。グラウンドから運動部の声や吹奏楽部の音が聞こえる。


 春夏秋冬カルテットがあと二年もすればバラバラになるなんて、この頃は微塵も思ってなかった。


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