再会⑧
それからもう一時間ほど残業して、家に帰ったのは夜の九時前だった。コンビニで買ってきた親子丼を電子レンジでチンする。ブーンという音を聞きながら、二〇三号室の方へ目を向けた。帰ってくるときベランダが見えるのだが、部屋に電気は点いていないように見えた。まだ仕事中なのだろうか。営業は残業が多いイメージだがどうなんだろう。
チン、と鳴ったレンジから熱で少し歪んだ容器を取り出し、ローテーブルへ持っていく。
『春夏秋冬カルテットで、また集まりたい』
昨日の夏樹の言葉が頭に蘇る。開けたベランダの窓から生ぬるい風が入ってきた。いただきますと手を合わせて湯気の出る親子丼に箸をつける。つゆが美味しい。テレビは女性のニュースキャスターと男性のコメンテーターが何やら難しい話をしていた。
行儀が悪いがスマホを操作する。電話帳を開いてグループ一覧を見た。家族、病院、友だち、猫本建設工業。そして……春夏秋冬カルテット。
『高校卒業してバラバラになって十年後に再集結、みたいな話?』
そのフォルダをタップすると、三人の名前が表示された。上から黒瀬冬弥、芹澤秋菜、友川夏樹。真ん中を選んで『電話をかける』に指を置こうとして、そのままスマホを伏せる。これを繰り返すこと十年。わたしはちっとも前に進まない。
朝、夏樹は繋がらないと言っていた。自分でも試せばいいのに勇気が出ずに諦めてしまう。別に喧嘩別れしたわけではない。卒業式の日はみんな笑って別々の道を歩み始めた。忙しさにかまけて思い出さないようにしていたが、どこかでみんな元気かななんて思ったりもしていた。
大学進学のために広島の田舎町から都会に出てきて、紆余曲折を経てあの会社に入った。十年も会わなかったのに、夏樹がわたしを見つけた。偶然か必然か分からない。
『……こうして俺と春香が十年ぶりにバッタリ会ったのって、奇跡じゃと思うんよね』
心の奥にしまっていた箱が小さく揺れた。
あぁ、わたしは。
会社用のカバンからB6サイズの手帳を取り出し、表紙をめくった。そこには一枚の写真がはせてある。『卒業おめでとう!』と書かれた黒板の前に四人で並んで撮った、高校最後の写真。
――『あ、ちょっと、写真撮ってくれる?』
ただの幼馴染なんかじゃなかった。
――左からわたし、夏樹、秋菜、黒瀬くん。
高校生の頃までずっと。
――『ほら、みんな、ピースピース! 春夏秋冬~カルテット~!』
この屈託なく笑う夏樹が、好きだったのだ。