再会⑦
午前九時に始業、午後十二時から一時まで昼休憩、午後三時に十五分の休憩を挟み、午後六時に終業する。実働七時間四十五分。集中して働けば一日なんてあっという間だ。特に月末と月初めは気が付けば残業している。左隣の小西くんに「みなさん、アイス食いません?」と声を掛けられて初めて定時から一時間経過していたことを知った。
「うわ、残業してた」
わたし以外の他のメンバーもパソコンから顔を上げ、同じようなことを口にした。
「みなさん、超集中モードでしたよ」
小西くんがカップアイスを一つずつみんなの机に配ってくれた。こういう気配りもみんなから好かれる要因だ。わたしも両手でありがたく頂戴する。
「ありがとう」
「いえいえ。みなさんにはいつもお世話になっているので」
いただきまーすとそれぞれアイスの蓋を開けて付属のスプーンで食べ始めた。わたしも小休憩としますかな。
「井上コーヒー淹れますけど、他にいる人います?」
立ち上がって訊くと、五人全員が手を挙げた。はい、了解でーす。
フロアの端っこの区画に、社員が自由に飲めるコーヒーメーカーが置いてある給湯室があるのでそこへ入ると、「井上さーん、俺も手伝いまーす」と後ろから小西くんがやって来た。
「ありがとう。助かる」
紙コップを六つ引き抜いて機械を操作する。小西くんが小さなお盆を用意してくれたのでそれにコーヒーの入った紙コップを乗せていると、小西くんがニカっと笑った。
「俺、本当にここの経理部に来てよかったっす」
小西くんもわたしと同じ中途採用で、去年入社した子だった。前職はソーラーパネルの営業だったようで、契約が取れなさ過ぎて上司に怒られ、精神的に参ったらしかった。こんなに気配りができてみんなから愛されるキャラなのに、契約が取れないっておかしな話だと思ったこともあったが、多分嘘が付けないところや優しすぎるところが営業に向かなかったのだと思う。ここに転職してきてから彼は口癖のように「ここに来てよかった」と繰り返し言っていた。
「わたしもここに来てよかったって思ってるよ」
小西くんと同じように繰り返し言葉を返す。すると彼は声のトーンを落として「井上さんも中途でここ入ったんすよね」と言った。
「前職、何してたんですか?」
わたしは理佳子先輩以外に前職の話をしたことがなかった。別に隠しているわけではなかったが、言ったところで過去の話だし、蒸し返されたくない話題だったので積極的に話そうとはしなかった。多分それを察して、こうして二人になった時に聞いてきたのだろう。六つ目の紙コップをお盆に乗せて、わたしは答えた。
「医療関係者」
それだけ言って「後はよろしく」と給湯室を出ようとした。しかし小西くんに腕を引かれてコーヒーメーカー前に戻されてしまった。
「なに、どうしたの……」
「俺、井上さんのこと、もっと知りたい」
「え……」
今まで見たことのない真剣な表情で見つめられたので、ドキッとする。こげ茶色の瞳に吸い込まれそうになりながら瞬きも忘れて見つめ合っていると、小西くんは犬歯を見せて少年みたいに笑った。
「井上さんばっかり俺のこと知っててズルいっすもん。今度二人で飲みに行きましょ!」
そう言って小西くんは六つの紙コップを乗せたお盆を持って給湯室を出ていった。思わぬ出来事に頭が働かない。ズルいというのは、どういう意味のズルいなのだろう。弱みを握られているとでも思っているのだろうか。年下の考えることはわたしには理解できずしばらく呆けていたが、総務部の人が入ってきたので慌てて給湯室を出た。