後悔と嘘⑲
「一曲目のメンデルスゾーンの『春の歌』は春香ちゃんをイメージして弾いたんよ」
「あー、ぽかった! なんか、ポロロンポロロン言っとるとことか、可愛ええ感じが春香っぽかった」
「え、わたしあんなに上品じゃない気がするけど……」
「いや、優しくて暖かい雰囲気は、井上ににピッタリだった」
「そうそう。春香ちゃんは名前の通り、春の香りがして暖かいけぇ大好き」
うーん。本当は薄情なんだけどな。照れくさくて「じゃあ二曲目は夏樹?」と次に進める。
「うん。二曲目の『子犬のワルツ』は夏樹くん」
「子犬? 俺、子犬なん?」
「あー、ちょこまかしてるとことか、夏樹だね」
「ふふふっ。この曲はね、子犬が自分のしっぽを追ってグルグル回る様子を見て作曲されたっていうエピソードがある曲なんよ。なんか、夏樹くんっぽいじゃろ」
「アホっぽいところはまさに夏樹だな」
夏樹が不服そうに顔をしかめるが、どこか嬉しそうだ。
「三曲目の『赤とんぼ』は秋菜?」
「うん。正直自分を表す曲っていうのが思いつかんくて、うちは『秋』菜じゃけぇ秋っぽい曲にしただけなんじゃけど」
「え、俺は芹澤そのものじゃと思ったけどな。なんちゅーか、赤とんぼみたいに秋の空を優雅に舞う芹澤、みたいな」
「あー、分かる。茜色の空をバックに黄金色の稲穂の上を飛んでる感じ?」
「それこそ実家の田んぼの上だよな」
秋菜は確かに赤とんぼみたいだ。ずっととどまって飛んでいたかと思いきや、突然フイ、と別の場所に移動している。けれども遠くへは行かずに、目の届くところにいる。
「自分でみんなを音楽に例えとるくせに、自分のことを音楽で言われるんはなんか、変な感じじゃね」
秋菜は照れ臭そうに笑った。
「で、教会音楽っぽかったのが、冬弥ってわけじゃな?」
「うん。バッハの『主よ、人の望みの喜びよ』。冬弥くんにはこの曲しかないと思った」
「そうだね。神様みたいな感じは黒瀬くんだよね」
「え、俺、イエス・キリストなの?」
「俺が子犬で冬弥が神……」
言い得て妙とはこのことだ。音楽で四人を的確に表現する秋菜はもはや芸術家のようで、この才能にいち早く気付いて『プロになれば』と言った黒瀬くんは、神以外表現できない。
秋菜は「最後のね」と言ってわたしたちを見回した。
「五曲目、モーツァルトの『きらきら星変奏曲』は、春夏秋冬カルテットなんよ」
「あ、俺その曲大好き。そっか、じゃけぇ好きなんじゃ」
「主題と十二の変奏で出来とるけど、そのどれかひとつの変奏だけ抜き出してもちゃんと『きらきら星』で、それってうちらみたいじゃなって。キラキラした時も、ギスギスした時も、どれをとっても四人での思い出」
秋菜がそう言って微笑むので、わたしは秋菜の演奏している姿を脳裏に蘇らせてしまった。愛おしそうに、慈しみ深そうに大切に弾く姿。春夏秋冬カルテットを想いながら演奏しているのだと気付いた時、わたしの目から止めどなく涙が溢れていた。一度バラバラになってしまった四人がまた昔のように集結していることは、きっと奇跡だ。そのきっかけを作ってくれたのは、紛れもなく夏樹で。
「俺はたまに芹澤の想像力が恐ろしくなる時がある」
「それは誉め言葉よね?」
「……想像に任せる」
屈託なく笑う夏樹を見て、愛おしいと思った。




