後悔と嘘⑤
一階外来の待合室。非常口の誘導灯以外の灯りがない場所で、わたしは膝に両肘を付け、両手を握りしめて祈るように座っていた。呼吸があるのに意識が戻らない。せっかく救えたと思ったのに、どうして。あの時すぐに動けなかったからこんなことに。後悔がドッと押し寄せる。
「井上さん。そんなに握ったら指、折れちゃいますよ」
顔を上げるとペットボトルのお茶を差し出している小西くんがいた。「ありがとう」とそれを受け取ると、小西くんは隣に腰掛けた。
「井上さんの彼氏、お医者さんだったんすね」
「……うん」
黒瀬くんは今、救急科に入って夏樹の治療に当たっている。救急車で搬送中も夏樹の前腕に点滴ルートを取ったり声をかけ続けたりして、ずっと夏樹に寄り添っていた。病院に到着後、震えるわたしの手をそっと包み込んで「大丈夫だから待ってて」と、夏樹とともに処置室へ入っていった。
「どうしてあの時『倒すな』って言われたんですかね」
小西くんは床を見てつぶやいた。あの時彼は、苦しそうにする夏樹を楽にしてあげようと、夏樹を横にした。でも。
「……激しい胸痛を訴えてて心疾患が疑われる人は、横にした途端に心停止になることがあるの。多分、それを危惧したんだと思う」
大学生の時、黒瀬くんと一緒に心疾患の勉強をした時、そう教えてもらった。
「俺が、先輩を、横にしたから……」
小西くんの声が震えた。あ、間違えた。ここは『分からない』って答えるところだった。自分のことしか頭になさすぎて、嫌気がさす。
「違うよ。大事なのはその後の処置だから」
取り繕ってそんなことを言ってももう遅い。小西くんは唇を噛んで目を伏せた。二人の間に沈黙が流れる。
「違うの、本当に。わたしのせいなの。顔色悪かったの知ってて、大丈夫だって言い張る夏樹を、無理矢理にでも病院に行かせていたら、こんなことにはならなかった」
「違います。お酒飲まなくてもいいからご飯食べに行きましょうって俺が誘ったから……」
わたしも小西くんも自分のせいだと後悔している。考えても仕方がないのに。
「小西くんはどうして夏樹と……?」
そう言えばどうして二人は一緒にいたのだろう。小西くんと夏樹の関係が気になって訊ねた。
「友川先輩は、大学の先輩だったんです」
小西くんは自身のお茶を口に含むと話し始めた。
「サークルが一緒で、ロボットサークルなんですけど、すごくお世話になって、卒業しても連絡くれたりして、本当に兄のように慕ってたんです。
でもお互い社会人になって俺は東京に出てきて就職して、忙しくなってからは連絡を取ることはなくなりました。それで色々あって猫本建設工業に転職して、中国・四国ブロック担当になったので挨拶しに広島支社を訪ねた時、友川先輩がいたんです」
小西くんはそこでいったん止めると、ひと呼吸して再び話し始めた。
「経理部の話になって、井上さんって人と同じ班なんですって言ったら『幼馴染に井上がいる』って言われて、同姓同名で、井上さんの特徴とか話したら『それ絶対春香だ』って言われました」
「わたしの特徴?」
人に話せるほど突出した特徴を持ってないと思うんだけど。小西くんは犬歯を見せて笑った。
「『小さくて可愛い』ってことと『ツンデレ』って言いました」
誰だそれは。ひとつもわたしじゃない。人違いも甚だしいぞ。訝しげな視線を送っていると、小西くんは肩をすくめた。
「幼馴染四人の話も、友川先輩の病気の話も大学の時に聞いて知ってました。また集まりたいんだってずっと言ってて、井上さんが同じ会社で働いてると分かってから、東京に異動願いを出してたんです」




