後悔と嘘④
「お願い夏樹、目を覚まして!」
五、六、七、八。
「おい、夏樹! 聞こえてるんだろ、返事しろっ!」
十二、十三、十四。
「友川先輩っ!」
二十一、二十二、と心臓マッサージを続けていると、ほんのわずかに夏樹の指が動いた。黒瀬くんが「夏樹!」と顔を覗きこむ。
「……うっ」
小さく呻いたのを聞き逃さなかった。心臓マッサージを止めると黒瀬くんは首筋に手を当てて胸を見た。
「心拍再開!」
全身の力が抜けた。後ろに倒れるようにして崩れ落ちる。黒瀬くんが「夏樹、分かる?」と夏樹の肩を叩いた。
「……ん? 冬弥……?」
かすれた声だが、意識が戻っている。それだけでひどく安心した。遠くから救急車のサイレンが聞こえてきた。
「井上もいる」
黒瀬くんがわたしの背中に手を添えて夏樹のそばに近付ける。うっすらと目を開けた夏樹は柔和な笑みでわたしを見た。
「春香」
ピキン、と鍵が壊れた音がした。同時に涙が溢れだす。
「よかった……本当に、よかった」
「なんで泣くん。大丈夫じゃけぇ」
ゆっくり夏樹の手が伸びてきて、わたしの頬に触れた。余計に涙が零れる。
「夏樹……」
「うううっ友川先輩っ!」
後ろで嗚咽の漏れる声がした。小西くんだ。そうだ、どうして夏樹と一緒にいるのか訊かないと。でも今はそんなのどうでもいい。消えかけた命の灯を、守ることが出来た。夏樹を、助けることが出来た。
「救急隊です! 傷病者はどちらですか?」
水色の服を着てヘルメットを被った人が店員さんに連れられ、担架を手にしてやって来た。黒瀬くんが立ち上がって「こちらです」と手を挙げる。
「夏樹、とりあえず救急車に……」
乗るよ、と言おうとしてわたしの頬から夏樹の手がゆっくり離れた。その手は真っ直ぐ床に落ちていく。
「夏樹?」
ゴン、鈍い音がしてそのまま手は動く気配を見せなくなった。
「夏樹!」
わたしの叫びに気付いた黒瀬くんが再びしゃがみこんで夏樹の呼吸を確認する。黒瀬くんは何度か名前を呼んで、救急隊の人に向かって早口で言った。
「呼吸あり、意識なし。酸素投与お願いします。飛鷹総合病院へ搬送してください。救急科には連絡しておきます」
「あなたは……」
「医師です」
救急隊の人は少し驚いた顔をしたが「分かりました」と頷いて担架に夏樹を乗せた。
「夏樹! 夏樹っ!」
一生懸命声を掛けるが、反応がない。
その後も夏樹は意識が戻ることなく、飛鷹総合病院へ搬送された。




