後悔と嘘③
「友川先輩⁉」
近くで誰かが叫ぶような声がした。黒瀬くんと顔を見合わせる。
「誰かっ!」
隣の部屋だ。その声が聞こえた瞬間、黒瀬くんが立ち上がり、部屋を出た。わたしも後に続く。
「どうしました?」
黒瀬くんが隣の部屋を覗くと、一瞬身体を強張らせた。わたしもその後ろから覗いて、まさかの人物に目を見開いた。
「小西くん?」
そこにいたのは、大学の先輩と八十郎に飲みに行ったはずの小西くんだった。小西くんは胸を押さえて俯いている男の人のそばで「先輩、先輩」と声を掛けて、こちらを見ると「井上さんっ」と助けを求めるような声を上げた。
「友川先輩が急に苦しそうにし始めてっ」
友川先輩? 聞いたことある名字だな、と思った時、「と、とりあえず横になりましょう」と小西くんが男の人の体を倒そうとした。
「待て、倒すな!」
黒瀬くんが叫んで靴のまま座敷に上がる。しかし止めるよりも先に男の人は仰向けに倒された。その人の顔を見てわたしの思考は完全に停止した。黒瀬くんが叫ぶ。
「夏樹っ!」
呼ばれた幼馴染は細かく痙攣し始めた。黒瀬くんは小西くんを押しのけてその人に近付く。
「おい、夏樹! 聞こえるか⁉」
返事をしない代わりに痙攣が止まり、真っ青になった顔がはっきりと見えた。
黒瀬くんが幼馴染の首筋に触れ、胸の上下動を確認しながら小西くんとわたしに言う。
「くそ、心肺停止だ。きみ、救急車呼んで。井上、入り口にあったAED持ってきて」
突然のことに小西くんもわたしも身体が動かない。黒瀬くんが幼馴染の胸部を露わにして「早く!」と叫んだ。
「はい!」
我に返った小西くんが自身のポケットからスマホを取り出し操作する。店員さんもやって来た。わたしは突っ立ったまま動けない。黒瀬くんが心臓マッサージをし始めるのをただ、見ていた。脳裏にあの日の光景が蘇る。動かない颯太くん、戻らない心電図の波形、首を振る主治医──
嫌だ、思い出したくない!
思わず耳を塞いだわたしに、鋭い声が刺さった。
「しっかりしろ春香っ!」
ハッとして顔を上げると、テンポよく幼馴染の心臓を両手で押し込みながら鋭い目をした黒瀬くんがこちらを見ていた。
「今夏樹を助けられるのは、俺とお前しかいない!」
わたしは二度と繰り返してはいけない悲劇を、また繰り返そうとしている。
『手術が怖い』と泣いた八歳の颯太くん。
『死ぬのが怖い』と泣いた九歳の夏樹。
助け、られる。黒瀬くんと、わたしで。
震える脚が動いた。夏樹を助けたい一心で、駆け出した。
入口に備え付けられたAEDが入った箱を開ける。カバン状のそれを引っ掴み、黒瀬くんの元へ持って行く。開けると電子音が鳴り『成人モードです』と音声案内が始まった。音声よりも先に袋を破いて電極パッドを取り出し、夏樹の右胸と左わき腹に貼っていく。貼り終えると黒瀬くんは一旦心臓マッサージを止めた。AEDが解析を始める。わたしと黒瀬くんは一歩離れた。
『電気ショックが必要です。充電して身体から離れてください』
黒瀬くんはブーっと鳴り始めたAEDが指示するボタンを押し込んだ。
『電気ショックを行いました。身体に触っても大丈夫です。ただちに胸骨圧迫と人工呼吸を始めてください』
「代わります」
自然と前に出ていた。黒瀬くんは小さく頷いてわたしと場所を交代する。両手をしっかりと胸部に当てて垂直に押し込んだ。




