不協和音④
「春斗ー起きろー」
翌日朝十時。お墓参りを姉弟でして来いという母上からのお達しで、いまだベッドで眠りこける春斗を起こしに部屋のドアを叩いていた。
「こら春斗! 起きないなら開けて部屋探索するぞ!」
「うるさい起きとるわっ!」
叩いていたドアからドゴっと鈍い音がした。枕か何か投げたんだろう。ちっ、可愛くない弟。
昨日の夜、黒瀬くんから実家に着いたと連絡があった。お互い今日の午前中はお墓参りの予定が入っていたので、午後から会うことになっている。
「昨日ラストまで働いたけぇ眠い……」
大あくびをしながらパンツ一丁の春斗がリビングに下りてきた。昨日昼から夜遅くまでファミレスのバイトだったらしい。
「あんた相変わらず細いな」
胸板は薄くヒョロヒョロで全く頼りない身体だが、細いというのは普通に羨ましい。春斗は「そう?」と横目でわたしを見て水道水を一杯飲んだ。
春斗の準備を待って玄関を出る。耳をつんざくようなセミの鳴き声に襲われた。それだけでドッと汗が噴き出る。加えて畑を燃やす臭いが鼻を刺した。太陽を遮るものなど無く、直射日光がジリジリと肌を焦がす。連休明けにこんがり焼けた肌で出勤したら海に行ったんだと間違えられかねないので、これでもかというほど日焼け止めを塗りたくった。
「あっつ! 早よ行こうで」
誰の準備を待っていたと思ってるんだ。お墓参りに行くというのに緑色に縁取られた白いタンクトップに紺色の短パンとサンダルという姿で出てきた弟に、荷物を全部持たせた。
「おも……あ、夏兄ぃじゃ」
春斗の視線がわたしの肩越しに移ったので反射で振り返ると、そこには黒いバックパックを背負った夏樹がいた。ちょうど帰ってきたところらしい。
「お、春斗。久しぶり。春香は……帰って来とったんじゃな」
「……うん」
あの日から夏樹とは顔を合わせておらず、少し気まずい。セミの鳴き声が大きくなった気がした。
「夏兄、これから墓参りなんじゃけどさ、終わったらゲームせん?」
春斗が夏樹に駆け寄る。久しぶりに会えて嬉しいのだろう。昔から春斗は夏樹に懐いていた。姉のわたしよりも。
「お、ええな。じゃあ昼からお邪魔するわ」
「やった! じゃあ後で!」
家から出るまでの顔とまるで違う春斗に、わたしは大きくため息をついた。「おうよ」と手を挙げて自分の家に入っていく夏樹を見て、春斗に声を掛ける。
「わたし、午後から出るから」
「どこ行くん?」
「どこでもいいでしょ。あ、夏樹に秋菜が帰って来てること、言わないでね」
「なんで」
「秋菜が夏樹に会いたくないって言ったから」
「え、なんで……」
「黙秘権」
わたしはスタスタとお墓までの道のりを歩き始めた。後ろから「ちょっとくらい荷物持てや!」と声がしたが無視して歩いた。
「姉ちゃん! 秋姉のこと黙っといちゃるけぇ、東京でしか売っとらんhitotoseのチーズケーキ買うてきてや」
「はあ? 調子乗んな。あそこめっちゃ行列なのに」
「じゃあ夏兄に言うわ」
「……一個だけよ」
「っしゃあ」
空に手を突き上げて走り出した春斗の背中を眺めながら、そんなんで喜ぶなよ、と肩を落とした。




