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春夏秋冬カルテット  作者: 音吹
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不協和音③

「あはははっ! 春香ちゃんと春斗くんやっぱり仲ええんじゃなぁ!」


 母監視の元、わたしが皿を洗って春斗が皿を拭く係で協力して片付けを終わらせ、わたしは秋菜の家にやって来ていた。


「笑い事じゃないよ。だからあいつモテないんだよ」


「そうかなぁ。春斗くん優しいし格好ええし、バイト先でモテとんじゃないかなぁ」


「なわけないよ! 秋菜は春斗を買い被りすぎ」


 クーラーの効いた秋菜の部屋は、壁際にアップライトピアノが置いてあり、わたしと秋菜は折り畳みの四角いテーブルを挟んで向かい合わせに座っていた。秋菜ママがいれてくれたオレンジジュースを一口飲む。


「ねぇ、結婚してピアノ辞めるって、本当?」


 コンサートの日に秋菜からそう言われ、わたしはずっと気になっていた。努力してプロになったのに結婚するからといって辞めてしまう意味が、よく分からなかったのだ。今日はその真意を聞こうと思っていた。


「うん、本当」


 秋菜はあっさり頷いた。


「結婚したら家庭に入るけぇ、ピアノも辞めるんじゃ。驚いた?」


 何でもないようにおどけて言うので、わたしは反応が遅れた。まるで春が終われば桜が散って夏が来るんだ、と当然のことを言いましたという口調だった。


「……ピアノ、辞めちゃうの?」


「うん、辞めるよ」


 間髪入れずに返ってきたので、わたしはたじろいだ。秋菜の言葉は意志が強いように感じる。


「そんな簡単に、辞めれるの?」


 あんなに幼い頃からピアノピアノと言っていたのに。好きな人に『プロを目指せば?』と言われて叶えた夢だったはずなのに。どうして結婚するというだけで手放すことが出来るんだろう。


 秋菜はゆっくりと話し始めた。


「プロになってからプレッシャーとかで思うように弾けんくなった時期があって、そんなときにわたしを包み込んでくれる人に出会ってね。その人のおかげで今のうちがおるって言っても過言じゃないくらい支えてもらった。


 プロポーズされたときは正直迷ったし、ピアノは続けて欲しいとも言われたけど、それじゃあ結婚する意味ってなんじゃろって考えた時に、今度は家庭に入ってうちがこの人を支えていきたいって思った」


 秋菜の話は、わたしの中にスッと入って溶け込んでいった。この感情は、わたしが黒瀬くんに抱いたものと一緒だった。辛い時支えてくれたこの人を、今度はわたしが支えられたら。叶えた夢を諦めるということは、どれだけ辛いことかわたしには分かる。でも、支えてくれる人がいるだけで救われることも知っていた。


「そっか……秋菜が幸せならそれでいいや」


「うん。ありがとう」


 十年も経てば色々変わるのだ。わたしが看護師からOLに変わったように、秋菜もピアニストから主婦になる。ただ、それだけだ。


「そういえば、夏樹くんは今何しよん?」


 秋菜はアップライトピアノに目線を移した。つられてわたしも目で追う。ピアノの屋根の上には写真立てがひとつだけ置かれていた。座っている場所からは何の写真かは分からない。


「あー、えっとね、最近知ったんだけど、今夏樹と同じ会社で働いてて家も隣なの」


「えっ。同じ会社って、建設会社?」


「そう。わたしは経理で、夏樹は営業」


「えーっ! じゃあうち以外みんな東京におるんじゃ! なんか仲間外れにされた気分じゃわ」


 そう言って秋菜は笑うので、今なら訊けると思った。


「そうだ。夏樹がね、春夏秋冬カルテットで同窓会したいって言っててね。黒瀬くんは夏樹に会いたくないって言ってるんだけど、秋菜はどう思う?」


 なるべく自然に訊いたつもりだった。秋菜は一瞬眉尻を下げ、困ったように笑った。


「あー……うちも冬弥くんと一緒かな。好きだって言ってくれたピアノを辞めるって、言えんわ」


「そっか」


 なんとなくそう言われる気がしていたので、落胆することはなかった。これで仲良し四人組が集結する可能性はほぼゼロとなった。


「うちな、今じゃけぇ言うけど、春香ちゃんに嫉妬しとったんじゃ」


 秋菜はおもむろに立ち上がりピアノの前まで行くと、置かれていた写真立てを手にして座っていた場所に戻ってきた。


「あの頃うちは冬弥くんが好きで、春香ちゃんは夏樹くんが好きじゃったね。大学の進路で春香ちゃんと夏樹くんは広島の大学に行くって言っとったのに、急に冬弥くんと一緒に東京に行くって言って、なんか二人仲良くなって正直すっごいヤキモチ焼いた。それで勝手に拗ねて連絡せんかったんよ。今思えば恥ずかしいわ」


 秋菜は写真をわたしに見えるように置いた。『卒業おめでとう』というカラフルな黒板の前に四人が並んでいるその写真は、わたしが手帳に挟んでいる写真と一緒だった。右から二番目の秋菜は遠慮がちにピースをして微笑んでいた。


 そうだったのか。あの頃わたしは自分のことしか考えてなくて、秋菜がどう思っているかなんて想像もしてなかった。わたしたちはみんな片想いだったのだ。


「わたしもぶっちゃけると、よく音楽室で秋菜と夏樹の二人だけで密会してたことにすごい嫉妬してた。お互い様だね」


 セミの鳴き声を遠くで聞きながら、わたしと秋菜は笑い合った。今となっていはいい思い出だ。


 すると秋菜は突然片方の口端を上げてニヤリと笑った。


「ところで、春香ちゃんは今、冬弥くんと付き合っとるん?」


 突然の話題変更にわたしは目を泳がせた。隠すことでもないし、事実なんだから正直に言えばいいのに何故か言葉に詰まる。秋菜は「コンサート、二人で来てくれたじゃろ?」と微笑んだ。


「あの時、冬弥くんが春香ちゃんを愛おしそうに見とってね、あぁまだ春香ちゃんのこと大好きなんじゃなぁって思った。すごいわ、ずっと同じ人を想うって」


「……うん。黒瀬くんにはね、感謝してるの」


 この十年、わたしと黒瀬くんの間にあった出来事を、ポツリポツリと話し始めた。東京に行ってから大学、そして看護師時代のこと。転職してからのこと。秋菜は穏やかな表情でわたしの話に耳を傾けてくれた。


「……そっか。そんなことがあったんじゃね」


 秋菜は前に垂れた髪の毛を耳に掛けた。伏し目がちな(まぶた)と相まって、大人びて見えた。


「でもちょっと安心した。看護師になるために東京に行ったんじゃと思っとったけぇ、春香ちゃんが建設会社の経理しとるって聞いた時、なんで? って思ったんよ。春香ちゃんも色々あったんよな」


 本当に色々あったと思う。その色々を知ってくれて、受け入れてくれる人がいるということは幸せなことだと改めて思った。


「秋菜も色々あったんでしょ?」


「まぁ、そりゃあ、なくはないけど……聞きたい?」


「聞かせて聞かせて!」


 遠くへ行ってしまったと感じた秋菜は今目の前にいて、それぞれ過ごした十年という時間を共有するように話し込んだ。その空気は昔のようで、どうして十年も連絡を取らなかったんだろうと、今更後悔した。

 幸せそうな秋菜を間近で見れてわたしも幸せで。四人が集まらなくたって問題なんてない、とテーブルに置かれた写真を見て思った。



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― 新着の感想 ―
[一言] なんと言うかエグい話ですね、一人をのけ者にして盛り上がるとか… 病気が治らなかったほうが良かったも言いたくなる
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