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春夏秋冬カルテット  作者: 音吹
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不協和音②





『今日から帰省だっけ? 気を付けて行けよ。俺は一日遅れていくから、帰りは一緒に帰ろうな』


 八月十二日の夜。仕事を終えたその足でわたしは広島の実家へ帰省すべく、夜行バスに揺られていた。明日から四日間のお盆休みだが、お医者さんの黒瀬くんは今日当直らしく、明けた明日帰省するらしい。一緒に帰ろうと誘われたが、今日を逃すとタダでバスに乗れないので先に一人で帰ることにした。


 運転席の後ろに運転手のネームプレートが掛けてあり、その名前は『井上(みのる)』──父だった。バスの運転手をしている父は路線バスや観光バスと日によって担当が変わるらしく、今日はたまたま東京-広島間の夜行バスに当てられていた。家族の特権でタダなのだ。まぁ本当は家族だろうがなんだろうが料金は発生するのだが、父の計らいでタダにしてもらった。片道一万円がタダ。ありがとうお父様。


 黒瀬くんから届いたメッセージに返信する。


『うん、ありがとう。黒瀬くんも頑張ってね』


 時刻は午後十一時。あと十時間……実家って遠いな……


 心地よいバスの揺れに身を委ねながら、わたしはいつの間にか眠りに落ちていた。





 途中、サービスエリアで休憩を入れたり、長距離なので運転手が変わったりしながら、暗かった夜空も太陽が昇り眩しさで目を開けると、見慣れた景色が目に映った。あぁ、おしりが痛い。


 約十一時間の長旅は終わりを告げ、県内二番目に人口が多い市の主要駅で停車する。一応最後に出るか。東京から乗ったほとんどの客は、県内一人口が多い市の主要駅で降りたため、そんなに長く待たずに済んだ。バスを降りると父が立っていた。


「春香、お帰り」


「あ、お父さん。ただいまー」


 まだ家ではないが挨拶を交わす。帽子を脱いだ父の頭は白髪が目立って年取ったなと感じさせられた。今年で五十八歳だっけか。


「ここからどうやって帰るん?」


「春斗が車で迎えに来てくれるって」


「そうか。気を付けて帰れよ」


「うん。ありがとう」


 寡黙な父と二言三言交わしただけで帰ってきたんだなぁなどと思ってしまった。前回帰ってきたのもお盆休みで、正月は帰らなかったので実に一年振りだ。


 開発が進む駅前のロータリーに行くと、何台か停まっている車の中に見知った黒の軽自動車を発見した。助手席の窓を覗くと運転席で三歳年下の弟、春斗がスマホをいじっていた。県内の大学卒業後、就職活動に失敗した春斗は、実家に居候しながら車で一時間走ったところにあるファミレスでアルバイトをしているフリーターだ。後部座席の窓をノックしてドアを開ける。


「朝早くにありがとね」


「おぉ姉ちゃん。ホンマ眠ぃわ……あ、荷物積もうか?」


 後部座席にキャリーバッグを乗せていると、欠伸をしながら申し出てくれたが、乗せ終わったし手伝おうと降りる気配もないので口だけ優男の弟は健在だということがよく分かった。


「え、嘘、寝起き?」


 助手席に乗って春斗を見ると、髪の毛は鳥の巣状態だし着ている服は高校時代の体操着だった。多分パジャマにしているやつだ。


「デートじゃないんじゃけぇ別にえかろ。ほら、帰るで」


 まぁ姉弟だから別にどんな格好をして来ようが関係ないけど、あまりにも雑すぎじゃないか?


 わたしがシートベルトを締めたのを確認して、春斗はゆっくり車を発車させた。


 実家までは車で約四十分ほどかかった。予定では夜行バスに揺られた後、一両編成のローカル線で実家近くの駅まで行き、そこで春斗に迎えに来てもらうはずだったのだが、母に「どうせ暇なんじゃけぇ迎えに行け」と言われたらしく、わざわざ主要駅まで来てくれたのだった。実家に居候させてもらっている身なので、母には逆らえないのだろう。


「ただいまー」


 田舎ならではの引き戸タイプの玄関を開けると、みそ汁のいい匂いが鼻孔を刺激した。そういえば朝ご飯を食べていなかった。


「お帰り。食べるじゃろ?」


 リビングに行くと、エプロン姿でおたまを持った母が出迎えてくれた。


「うん。お腹空いた。あ、これ、お土産」


「姉ちゃんにしては気が利くな。あ、色々あんじゃん! ラッキー」


「春斗にじゃないわ。あ、ひと箱貸して。お供えしてくる」


 仏壇に手を合わせ挨拶を済ませると、食卓に卵焼きや味噌汁が並べられていた。


「俺も食べる~」


「ご飯は炊飯器に入っとるけぇ、食べる分だけ自分で入れんさい」


「はーい」


 久しぶりの母の手料理に少し感動した。卵焼きも味噌汁も、母に教えられた通りに作ってはいるが、やはり本家の味は違う。ほう、と息を吐くと洗い物をしている母が「仕事どう?」と訊いてきた。


「普通かな。別に忙しくもないし、むしろ今は暇なくらい」


「そう。お父さんとは話した?」


「うん、ちょっとだけ」


「なぁ姉ちゃん彼氏できた?」


 春斗が藪から棒に変な話題を振ってきたので、飲んでいた味噌汁を吹きかけた。


「ゲホっ! なに急に!」


「別に? 東京ってイケメンがうじゃうじゃしとんじゃろ? 合コンとか毎日しとんじゃないん?」


「偏見がすぎる。少なくともわたしは合コンなんて行ったことない」


「なんじゃあつまらん。なんしに東京おるんじゃ」


「春斗と違って正社員で働いてますー」


「あ、せっかく迎えに行ってやったのになんじゃあその言い方は」


「お土産いっぱい買ってきたじゃん」


 ギャーギャー姉弟で言い合っていると「久しぶりに会ったんじゃけぇ言い合いせんの」と母に咎められた。フン、とお互いに顔を逸らす。


 彼氏、と言われて黒瀬くんを思い浮かべたが、それを家族に報告するのはなんか抵抗があった。恥ずかしいわけではないが、みんな知っている人なのでなんとなく言いづらい。まぁ時期を見て言うか。


 黒瀬くんは当直を終えてそのまま休みに入るらしく、昼には出発すると言っていた。夕方には到着するだろう。飛行機で来るんだと思っていたが、新幹線と電車を乗り継いで来るらしかった。


「そういえば昨日の夜、秋菜ちゃんが帰ってきたらしいよ」


 母がエプロンを外しながら教えてくれた。コンサートの日『十三日には広島に帰るけぇ』と言っていたが、一日早く帰ったのか。


 わたしは残りのご飯をかきこむと、ご馳走様をして「ちょっと秋菜のとこ行ってくる」とリビングを出ようとしたら母に睨まれた。


「自分で食べたもんくらい自分で片付けぇ」


「……はい」


 この家で母は絶対だ。渋々洗い物をしていると春斗が「これもお願い」と自分の分の皿を入れてきたので、泡の付いた手を顔目がけて水を切るように払ったら「目に入ったが!」と肩を殴ってきた。


「ちょっと、女に手をあげるなんていつからそんな最低な男になり下がったのよ」


「はっ! 誰が女じゃ。姉ちゃんじゃなくて兄ちゃんじゃろ」


「はぁ? 別にいいし。東京じゃわたしのこと可愛いって言ってくれる人いるし!」


「今すぐそいつ連れて来ぃや。教えちゃるわ目ぇ覚ませって」


「何よ!」


「何じゃあ!」


 顔がくっつきそうな程睨み合っていると「おい」と地響きのような低い声とともに影が差した。


「いい年こいて姉弟喧嘩なんかすんな」


「「ひぃぃぃっ」」


 鬼の形相と化した母上だった。



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