不協和音①
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「卒業生代表挨拶」
高校三年生の三月初め。三年間通った高校を卒業する日がやって来た。中学までは徒歩で通えるところに学校があったのだが、高校になるとバスで三十分揺られて隣町まで通っていた。
大学入試は終わり、夏樹と黒瀬くんとわたしは結果を待つだけで、フランスに留学予定の秋菜は九月入学なので、それまでにフランス語を取得しないと、と一人勉強していた。
練習通り滞りなく式は終わり、教室で思い思いに写真を撮ったり卒業アルバムを眺めたり、名残惜しそうにみんな帰らず教室に残っていた。
「冬弥は戻ってくるたびにボタンが無くなっとるな」
後ろの窓際で春夏秋冬カルテットは集まっていたのだが、黒瀬くんだけたびたび女子に呼ばれて抜けていた。告白されているのは明白で、でも断り続けているようで、思い出にと黒瀬くんの制服のボタンを欲しがるらしかった。
「これみよがしに第二ボタンだけ付けとるし」
「これだけは井上以外に渡したくないけぇな」
「わたし、夏樹のボタンでさえも要らんけど」
「うちは冬弥くんのボタンもらえて嬉しい」
一番最初に黒瀬くんからボタンをもらったのは秋菜だった。フランスに行ってしまえばもう会えなくなるから、と最後に想いを伝えたようだが、結果は分かっていたので落ち込んだりはしておらず、むしろ清々しい顔をしていた。
わたしはこの頃には夏樹への想いには蓋をして東京行きを決めていたので、夏樹に告白したりはしなかった。もしまだ好きで告白していたとしても玉砕するのは分かっていたので、いずれにしろ告白はしていなかったと思う。夏樹も秋菜に告白した様子はなかった。
「あーあ。今日でこの四人ともそうそう会えんくなるんかぁ」
一番寂しそうにしていたのは夏樹で、「年一くらいは集まりたいな」と言っていた。
「まず芹澤はフランスじゃけぇ無理じゃろうな」
淡白だったのは冬弥くんで、この頃にはもう卒業したら夏樹には会いたくなかったのかもしれない。
「寂しいね」
秋菜がポツリと呟く。一番遠くに行ってしまうのだから、寂しいはずだ。ましてや異国で右も左も分からない状態で知らないところへ行くのだ。わたしには到底マネできない。
「芹澤、フランス語で喋ってや」
「いいよ。Bonjour.Comment allez-vous?」
「おーいえすいえすさんきゅーさんきゅー」
「夏樹、それ英語じゃわ」
「しかも発音クソ」
わたしと黒瀬くんがつっこむと、夏樹は「大丈夫、俺日本から出んけぇ」と訳の分からない言い訳をした。
「フランス語ってね、英語でいう『r』の発音がなくて、うがいするみたいに喉を震わせて発音するんじゃけど、すごく痰が出そうになるんよね」
秋菜が口を開けて「は、は」と喉を震わせる。夏樹も同じように「は、は」と真似していたが次第にゴロゴロ音が強くなり「うわ、ほんまじゃ! 痰が出そう!」と笑った。
「カーっペっ!」
「汚ねぇ!」
「ちょっと夏樹!」
「ふはははは。ごめんごめん」
最後までわたしたちは仲良し四人組だったと思う。
「おいお前ら。名残惜しいのは分かるけど、ぼちぼち帰れやー」
担任の先生が教室内の騒ぎを見て声を上げる。「はーい」と渋々生徒たちはカバンを担いで教室を出はじめた。
「最後に写真撮ろうや」
夏樹がどこからかインスタントカメラを取り出した。
「インスタントカメラっていつの時代だよ」
「え、冬弥知らんのん。今は逆にコレが流行りなんで」
「どうせ俺は流行に疎いわ」
「ええじゃん。冬弥くんはこれから流行最先端の東京に行くんじゃけぇ。春香ちゃんも」
「じゃけぇって流行に敏感になるかは謎じゃけどね」
「あ、ちょっと、写真撮ってくれる?」
「えーよ」
夏樹は教室を出ようとした同級生にインスタントカメラを渡した。
「ほら、黒板の前に並ぼうや」
夏樹に促され、四人で『卒業おめでとう!』とカラフルなチョークであちこちにメッセージが書き込んである黒板前に並ぶ。
「春香はここで、芹澤はここ。冬弥はここな」
夏樹が立ち位置を調整する。自分たちから見て右からわたし、夏樹、秋菜、黒瀬くん。
「おいまだか」
カメラのレンズを覗いていた同級生に急かされた。
「待って、急じゃけぇ! 髪くらい整えさせてや」
わたしはハーフアップにした髪の毛を手鏡で確認する。
「え、俺、井上の隣がええんじゃけど」
わたしと反対側の端っこにいる黒瀬くんが一歩前に出てこちらを見る。夏樹は「ダメじゃ!」と制した。
「春・夏・秋・冬で並んで撮るんじゃけぇ、この順番は変えられん」
「はぁ? ふざけんなよ」
「まぁまぁ最後じゃけぇいいが」
秋菜が黒瀬くんを宥める。黒瀬くんは小さく舌打ちして引っ込んだ。
「もうええ? 撮るで?」
同級生がカメラを構える。ポーズとかどうするんだろうと隣の夏樹を見ると、両手ピースでニカッとカメラに向かって笑っていた。
「ほら、みんな、ピースピース! 春夏秋冬~カルテット~!」
カシャ。
「あ、目瞑ったかも」
「もう一枚撮ろうか?」
「いや、それラスト一枚じゃけぇもう撮れん」
「なんで! そんなカメラ持ってくんな!」
「春香痛いっ! ごめんて。焼き増ししてみんなに配っちゃるけぇ」
「こらお前ら早く帰れ」
「はーい」




