再会③
「俺、春香のお尻に夏の大三角のホクロがあるん、知っとんやぞ!」
階段を下り切り、歩道に出たところで後ろから大声を出された。思わず両手をお尻にあてる。確かに右側のお尻に三つのホクロがあり、繋げると三角形になるので星に例えて夏の大三角と両親が面白がって言っていたことを、こんなところで大声で言いふらすなんて。ビルから出てくる人たちがチラとわたしを見ていく気がした。奴は階段を下りながら続ける。
「あと、幼稚園の時、給食で嫌いなピーマンをお昼寝まで口に入れたままにして先生に怒られたこととか、小学校の時は学校で飼っとったウサギを家に持って帰ろうとして先生に怒られたこととか、中学の時は理科の実験中に」
「理佳子先輩ごめんなさいこいつストーカーでこれから警察に持って行くんで今日は帰ります本当にすみません」
理佳子先輩に早口でそう言い深々と頭を下げた。せっかくの月一至福タイムをコイツに奪われるなんて腸が煮えくり返りそうだ。階段を下りてきた幼馴染の首根っこを掴み、わたしは理佳子先輩から離れた。
「あ、うん、気を付けてね!」
嫌な顔一つせず気を付けてなんて気遣ってくれる先輩の声を背中で受け止め、わたしは幼馴染を引っ張った。ぐえ、と情けない声がしたが無視。
「ちょ、春香、苦しい……」
「このまま息の根止めてやろうか」
「怖いよぉ」
「ヤメロその甘ったれた声!」
昔から変わらない声に、懐かしさが込み上げそうになった。箱に入れてしっかり蓋を閉め、鍵を掛けたはずなのに、こいつが現れてしまっては意味がない。
角を曲がったところで手を離した。急に離したので奴はつんのめりながらも「あー苦しかった」と乱れたシャツを引き伸ばす。
「なんなの。なんで夏樹がこんなところにいるの」
腕を組んで精一杯凄んだ。しかし、夏樹の方が背が高いので、上目遣いになってしまった。くそ、電柱めが。
「やっぱり気付いてなかった? 俺、猫本建設工業の営業部で主任やっとんの。春香は経理部じゃろ?」
へにゃりと垂れ目でわたしを見る。同じ会社で営業主任……? 夏樹が?
「え、嘘でしょ」
夏樹は嘘じゃないよ、と腕に掛けたジャケットの胸ポケットから一枚の名刺を取り出した。そこには確かに『猫本建設工業㈱本部 営業部主任 友川夏樹』と書かれてあった。両手で受け取ってマジマジと見る。わたしは額に指を当てた。
「いつからいるの?」
「こっちに来たんは四ヶ月前かな。もともと新卒で五年前から広島の支社に居って、異動で来た。春香は中途じゃろ? 俺の方が先輩じゃ」
威張られてイラっとする。過程を知らないくせに、中途だとバカにされる世の中はどうかしている。
「……いつわたしに気付いたの」
苛立ちが声にならないよう努めて冷静に訊く。夏樹は全く気付くことない様子で話し始めた。
「それがさぁ実は今日初めて知ってさぁ。営業部って二階じゃろ? 四階の経理部って今まで行ったことなくてさ。今日どうしても清算してほしい領収書があったけぇ行ったわけよ。そしたら、見たことある人が居ってさ、声掛けようかと思ったんじゃけど、なんか忙しそうじゃったし、経理部の人に聞いたらやっぱり井上春香って言うけぇさぁ。帰る前に経理部覗いたらまだ居ったけぇ、出待ちしちゃった」
にへら、と笑う顔面にパンチが出そうになった。その人懐っこい笑顔はやめて欲しい。わたしはカバンの中からスマホを取り出した。
「……もしもし警察ですか? 今、目の前にストーカーがいるんですけど」
「わーっ! ごめんってお尻の夏の大三角喋ったこと謝るけぇ!」
「それだけじゃないんだけど!」
わたしはスマホをカバンに仕舞いながら、「で、何か用があって待ってたんじゃないの」とため息をついた。いつから待っていたのかは知らないが、出てくるまで待つということはよっぽどわたしに用があったのだろう。すると夏樹は急に眉尻を下げた。
「……腹減った」
「は?」
「飲みながら話そ?」
「え、ちょっと」
夏樹はわたしの返事を聞く前に歩き出してしまった。慌てて追いかける。
この時、何故追いかけてしまったのか分からない。「行かない」と帰ることも出来たのに、わたしは彼の後を付いて行った。無意識だろうがわたしの行動には変わりない。夏樹の背中を追いかけながら「大きくなったなぁ」と近所のおばちゃんみたいなことを思った。