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春夏秋冬カルテット  作者: 音吹
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好きだった人⑤

「ねぇ、なんで設計じゃなくて営業なの?」


 この間黒瀬くんが言っていたことを思い出して訊いてみた。すると夏樹は顔を上げた。


「面接のときは設計希望しとったけど、面接を担当した社長が『友川くんは営業が合ってると思う』って言うてくれて、営業になった。人と話すん好きじゃし、今は営業でよかったって思っとるよ」


「ふうん。そうなんだ」


 まぁ確かに夏樹は事務所にじっと座ってパソコンに齧りついているより、外で人と接する方が合ってる気がする。社長ってやっぱりちゃんと見てるんだな。わたしは会ったことないけど。


「……春香は?」


「ん?」


「春香は、看護師、じゃないん?」


 夏樹は遠慮がちに訊いてきた。看護師。その言葉だけで胸が痛くなる。わずか八歳で旅立ってしまった颯太くんが目の前の夏樹と被って見えた。思わず目を逸らす。寒くないのに震え出した手を、夏樹に気付かれないようにそっと膝の上に置いた。


「今の仕事を始める前は看護師やってたよ。でも、もう疲れちゃって辞めた」


 なるべくなんでもないように答えたつもりだった。静かに深呼吸をして夏樹を見る。


「そっかぁ。疲れたかぁ」


 そう呟いた夏樹の顔を見て、わたしは逃げ出したくなった。


 どうしてあんたがそんなに悲しそうな顔をするの。傷付いたのはあんたじゃないのに。


「お待たせしました~。ロコモコセットとパスタセットです~」


 タイミングよく店員さんが食事を運んできてくれた。「お、来た来た」と笑顔になった夏樹を見て少しホッとする。わたしも「お腹空いた。いただきまーす」と明るめに言って、湯気の上がるパスタにフォークを入れた。


「はい、ハンバーグ。俺にもパスタちょうだい」


「ちょっと、パスタの中に入れないでよ」


「いいじゃろ別に。腹に入れば一緒じゃん」


「クリームパスタなんだから味が変わるでしょ! ほらもうパスタのソースが付いたぁ」


「ごめんって」


 言い合いながら食事を進めていく。人のお金で食べるからだろうか、とても美味しい。


「連れて来といてなんじゃけど、春香弁当持ってきとった?」


「いや、今日は持ってきてなかったよ」


「そっか。なら良かった」


 今日はたまたま時間が無くてお弁当を作る余裕がなかった。だから夏樹にご馳走になることはわたしにとって都合が良かった。


「パスタいつくれるん?」


「はぁ? なんであげないといけないのよ」


「くれるって言うたが!」


「言ってない!」


 言い合いながらもう少しで食べ終えるというところで、夏樹がおもむろに財布から紙切れ二枚を取り出してテーブルの上に置いた。


「これ、春香にあげる」


「なに?」


 見て、目を見開いた。お札より一回り程小さいそれはチケットで、『詩音シンフォニーオーケストラwith芹澤秋菜 サマーコンサート』と書かれてあった。


 思わず夏樹を見ると、夏樹は頬をポリポリ掻いて「ホンマは春香と行きたかったんじゃけど」と言った。


「それ、明日の夕方からでさ、俺大阪出張でその時間に間に合わんけぇ、代わりに行ってきて欲しいんよね。で、同窓会の件、訊いて来て欲しい」


 普通の会話の流れのように言うので、わたしはパスタを飲み込んで「待った」と手で制した。


「ストップ。情報量が多すぎる。待って、まず、これってわたしたちの知ってる芹澤秋菜のことよね?」


「そう」


「今日本にいるの?」


「みたい」


「これ、いつ知ったの?」


「……結構前」


 ふい、と目線を逸らされた。結構前っていつよ、と訊こうとして腕時計に目線を落とす。深く聞く時間はない。


「じゃあ最後。なんで今言った?」


「……本当は二人で飲んだ時に言おうと思っとったけど、芹澤と連絡取ってないって言うたけぇ行かんって言われそうで言えんかった。まさか大阪出張入るとも思わんかったし、ズルズル引きずっとったら明日になってしもうたけぇ」


 流暢な方言はわたしの耳にスッと入った。ずっと何かを言いたそうにしてたのはこの事だったのか。もう一度チケットを見る。明日の六時半開場、七時開演。場所は二駅先のコンサートホール。行けなくはないけど。


「……行けないよ」


 夏樹の前にチケットをスッと差し出した。


「なんで?」


「夏樹が買ったのに、わたしが行けない」


 自分でも変な日本語だとは思うが、とにかく夏樹が行けないならわたしも行けないのだ。


「春香」


 夏樹はチケットをズイ、とわたしの前に寄越した。


「行かんでもええけぇ、受け取って欲しい」


「…………」


 そんな言い方ズルい。夏樹はわたしが受け取ったらどうするか分かっているはずだ。


「頼むわ」


 本当に嫌だ。夏樹に弱い自分も、それを知って付け入ってくる夏樹も。


 押し問答している時間はない。わたしは大仰にため息をついて、折れた。


「……分かった。行くかどうかは別として、もらっとく」


「うん。ありがとう」


 あからさまにホッとした顔をする夏樹に、わたしはもう一度ため息をついた。


 このカフェで一番高いパフェを頼んでやりたかったが、一時間しかない休憩時間だったので諦めてカフェを後にした。


 会社までの帰りの車内で、わたしはひとつだけ夏樹に質問した。


「ねぇ。夏樹はまだ秋菜のこと、好き?」


 前を見ながら運転する夏樹は少し困ったように「えー?」と笑って答えた。


「うん。好きかな」


「……そっか」


 なんとも思わなかった。黒瀬くんがわたしをまだ想ってくれているように、夏樹もまだ秋菜を忘れられないんだ。それならわたしは。


 その時、スマホがメッセージを受信した。差出人は、黒瀬くん。


『明日の夜、空いてる?』


「……大阪、気をつけてね」


「おう、サンキュ」


 フロントガラス越しに照りつける太陽に目を細めながら、わたしは返信した。


『うん。空いてるよ』 



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