好きだった人④
◇
「ちょっと、どこ行くの?」
てっきり十階の社員食堂に行くものだと思っていたので、エレベーターで地下一階に降りたとき、前を歩く夏樹に声をかけた。
「どこって、ご飯食べに行くんじゃろ? 車出すけぇ乗って」
少し進むと営業車が何台か停まっていて、一台の白いバンに近付く。ピピッという音がした後運転席を開けた夏樹は、そのまま乗り込んだ。
え、どこかに食べに行くの? 聞いてないよ。突っ立っていると、夏樹は運転席の窓を開けた。
「どしたん? 早よ乗らんと休憩時間なくなるで」
「え、あ、うん」
促されるまま助手席に乗り込んだ。
「近くに春香の好きそうなカフェがあるけぇ、そこ行こ」
キョロキョロ車内を見渡していると、夏樹はエンジンをかける。わたしの好きそうなカフェ? そう言われると少し心が弾んだ。
「ちょっと、飲みかけのペットボトルを車内に置くな」
「捨てるん忘れるんよね。あとでコンビニで捨てる」
薄暗い地下から地上に出て、眩しさに目を細めた。車内にいても聞こえる蝉の声に、おでこから汗が吹き出る感覚に陥る。
「夏樹が運転……なんか変な感じ」
「そう言われるとそうじゃな。俺も助手席に誰か乗せて走ること無いけぇ、なんか変な感じじゃわ」
へぇ、誰も乗せてないんだ。まぁ社用車だし、それはそうなんだろうけど。
五分ほど走らせて「ここじゃ」と一軒のオープンテラス席があるカフェを指差す。パラソルの下で何組か食事をしていた。駐車場はないみたいなので、近くのコインパーキングに停めてカフェまで歩いた。
『cotton café』という、白と水色のパステルカラーの外装が可愛いカフェだった。こんなカフェがあるの知らなかった。
オープンテラス席にするか訊かれたけど、暑いので中にしてもらった。低めのテーブルに全席ソファー席の一席に案内され、向かい合わせで座る。
「ねぇ、もしかして夏樹が来たかったんじゃないの?」
客層は大学生やOLといった若めの女性が多かった。男の人もいたが、女の人とペアで来ていて男一人で来ている人は誰もいない。
「あ、バレた? 営業であちこち回っとると気になる店とか多いんよね。大体が男一人で来るようなとこじゃないけぇ、春香がおってくれて助かる」
でも春香もこういう店好きじゃろ? 夏樹はそう言ってくしゃりと笑った。
「まぁ嫌いじゃないけど」
大体の女子は『カフェ』という単語だけでテンションが上がると思う。わたしも例に漏れず、外装が可愛かったこのカフェのことはメニュー表を見なくとも好きになっていた。
それにしても夏樹はカフェが似合うな。
着ている服はスーツだが、顔が童顔だし犬系男子なので全く浮いていない。これなら一人で来ても問題ない気がするけどな。
「何頼む? 俺、ロコモコ丼ランチセットにしようかな」
メニュー表を横に置いて楽しそうに選んでいる。「春香は?」と上目遣いで訊かれて、あまりのあざとさに少しイラっとした。なにが『ロコモコ丼ランチセットにしようかな』だ。女子か。
「あー、じゃあパスタランチセットで」
「あ、俺もそれと迷った! 俺のハンバーグと少し交換しようで」
すいませーん、と店員さんを呼ぶ夏樹に目眩がした。食べ物を少し交換するとかもうマジで女子だ。友だちかよ。
セットに付いてくるジュースは同じオレンジジュースを頼み、先に来たそれをお互いストローで啜る。周りの客の話し声がザワザワ聞こえる中、わたしたちは無言だった。
チラ、と夏樹を見やると、ストローを口にくわえたままテーブルを見ている。透明のストローはオレンジ色を吸い上げていないので、飲んでいるフリをしているのは明らかだ。そっちから誘ったくせに何も喋らないとかどういうことなの。わたしは小さく息を吐いた。




