好きだった人③
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夏樹のことを好きだと自覚したのはいつだったか覚えていないけど、この人のそばにいたいと思ったのは小学三年生だったことはよく覚えている。
田んぼの上でトンボがたくさん飛ぶ季節。家が隣同士だったので下校時は、秋菜と黒瀬くんと途中で別れてからいつも二人きりだった。
「春香ちゃん」
「なに? 夏樹くん」
この頃はまだお互いのことを呼び捨てで呼んでなくて、背もわたしのほうが高かった。わたしの後ろを歩いていた夏樹は足を止め、か細い声で言った。
「あんな、僕な、心臓の病気じゃろ?」
「うん」
「この心臓、いつ止まるか分からんのんじゃって」
「うん。知っとるよ」
余命の話は母から聞いていた。
『夏樹くんは心臓の病気で、もしかしたら一緒に中学校に上がれないかもしれないけど、仲良くしなさいね』
まだ誰かの『死』というものを経験していなかったわたしは、『いなくなる』とか『会えなくなる』ということに対して鈍感だった。ゲームだって、ゲームオーバーになってもコンティニューできるんだから全く姿を消すわけじゃないんでしょ、と思っていたのだ。
「僕な、怖い」
背負ったランドセルの肩ベルトを両手でそれぞれギュッと握りしめて、夏樹は下を向く。
「怖い? なにが?」
「死ぬのが、怖い」
わたしには意味が分からなかった。首を傾げる。
「なんで? 死んだら天国ってとこに行くんじゃろ? そこで生きれるじゃん」
純粋にそう思っていたので、夏樹は何をそんなに怖がっているのか理解できなかった。夏樹は力なく首を横に振る。
「死んだらな、真っ暗になってな、もう、みんなに会えんくなるんじゃって。僕が、僕じゃなくなるんじゃって」
死と隣り合わせだった夏樹に、ご両親は包み隠さずすべての真実を伝えていたんだと思う。親も辛い事実を、たった九歳の子どもにきちんと教えるということはどれだけ心苦しかったろう。
「……まだ、死にたくないっ!」
顔を上げた夏樹の目から、涙がポロポロ零れた。突然の涙にわたしは戸惑った。
なんで泣いているのか、どうしたら泣き止んでくれるのか分からず、わたしまで泣きそうになる。しかし「怖い、怖い!」と泣きじゃくる夏樹を見て、わたしは大声を出していた。
「わたしがずっとそばにおっちゃるけぇ!」
「え?」
「夏樹くんは死なせん! わたしが夏樹くんを死なせん!」
ツカツカと夏樹の前まで行き、ポケットに入れたハンカチで目元を拭く。夏樹は大きな目を瞬かせて「ホンマに?」とわたしを見上げた。
「ホンマ! 約束!」
小指を突き出すと、夏樹は泣き笑いの顔で小指を絡ませた。
「じゃけぇ、もう泣かんで。わたしが守るけぇ」
「うん!」




