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春夏秋冬カルテット  作者: 音吹
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過去⑤





『東京の大学に行く』と両親に話した時は、驚かれたのと同時に反対された。看護大学なんてどこも同じじゃろ、と元も子もないことを言われ、最悪広島を離れられるなら東京じゃなくてもいいかとも思ったが、近くに黒瀬くんがいると分かると途端に『まぁ冬弥くんがいるなら……』と渋々ではあったが東京行きを許してもらえた。


 受験のために東京へ来たときは人の多さにビビり、合格して寮の見学に来たときは建物の大きさにビビり、入学してから半年で方言がほぼ抜けたときは自分の薄情さにビビった。こんなにもすぐ都会に染まるなんて。それは本屋で偶然会った黒瀬くんも同じようだった。


「あれ、井上?」


「あ、黒瀬くん」


 医学書や看護関係のコーナーでお互い同時に気が付いた。久しぶり、と言い合う。黒瀬くんの銀縁眼鏡は変わらなかったが、広島にいた頃より大人びて見えた。


「こっち来て黒瀬くんに全然会わなかったから、ちょっと不安だった」


 親に『冬弥くんが一緒なら安心だ』と言われて東京行きを許してもらえたのに、その安心材料と中々会えず、上京してから八ヶ月が経とうとしていた。さすがに同じ大学ではなかったけど、割と近くの大学で会おうと思えば会える距離にはいたのに。黒瀬くんは困ったように笑った。


「ごめん、俺が会わないように避けてた。なんか、方言が抜けた俺と会って欲しくなかったっていうか……井上も抜けてるかもしれないって考えはなかったな」


 それから黒瀬くんは電話番号を変えたから、と新しい番号を教えてくれた。


「なんで変えたの?」


「もう広島には戻らないって決めたから」


 黒瀬くんとはたまに連絡を取り合って時間が合えば会ったりしていた。勝手に医学部はめちゃめちゃ忙しいというイメージを持っていたが、サークル活動に勤しんだり合コンに時間を割いたりできるくらいには忙しくないらしかった。黒瀬くんはサークル活動も合コンも参加しないと言っていたけど。


 わたしはというと、座学や病院での臨床実習やらで目まぐるしい日々を送っていた。同期はサークル活動や合コンに積極的に参加していたが、わたしは興味がなかった。


 気が付けば大学二年生の十二月を迎えていた。この頃はわたしも黒瀬くんも実習などはなくあとは冬休みを迎えるのみだった。


 クリスマス目前で夜の街はイルミネーションに彩られ、すれ違う男女がみなカップルに見え始めた。


「黒瀬くんは彼女作らないの?」


 ちょっとお茶しようと夜に大学近くのカフェで落ち合い、窓際のカウンター席に並んで、行き交う人を見ながら黒瀬くんに訊いた。


 東京に来て二年経ったが、黒瀬くんの浮いた話を聞いたことがなく、それはわたしも同じだったのだが、医学部でこの容姿だったら周りの女子は放っておかなさそうなのに、単純に不思議だった。


「え、嘘だろ。それ俺に聞くの?」


「え、ダメなの?」


 目を丸くする黒瀬くんにわたしも目を丸くした。もしかして訊いちゃいけないことだったのかな。黒瀬くんは小さくため息をついた。


「……本当は井上を諦めようと思って東京の大学を志望したんだ」


「え……」


「でも、まさか夏樹から離れるために俺と一緒に上京するって言うなんて思わなくて。ま、誘ったのは俺だけど。それでもこっち来れば会うことはないかなって思ってたのに、今こうして隣にいる」


 銀縁眼鏡の奥の瞳に見つめられた。


「俺はずっと井上が好きだよ」


 ドキンと心臓が跳ね上がった。黒瀬くんは幼馴染でずっと好意を寄せてくれていたことは知っていた。それと同時にわたしが夏樹を好きなことも知っていて、その夏樹は秋菜、そして秋菜は黒瀬くんが好きでみんな片想いなのは周知の事実だった。


 でもわたしは高校三年生の夏に夏樹への想いに蓋をして鍵を掛けた。彼が広島で何をしているかなど知らない。


「……わたしも黒瀬くんのこと、好きだよ」


 見つめ返すと黒瀬くんの双眸が揺れた。わたしは「でも」と続ける。


「正直、恋愛の意味での『好き』かどうかは分からない」


 わたしは力なく首を横に振った。


 黒瀬くんのことは普通に好きだった。高校三年の夏、広島を離れて一緒に東京に行こうと言われた時、黒瀬くんと一緒なら大丈夫だと思ったからこっちに来た。それなのに中々会えなくて不安だったが、会えて心底ホッとした。それは幼馴染として会えて安心したのか、恋愛感情があって安心したのか分からなかった。そんな宙ぶらりんの気持ちのまま黒瀬くんと付き合うなんてことは出来ない。


「それでもいい」


 黒瀬くんは食い気味に身を乗り出した。銀縁眼鏡のガラスにわたしの顔が映る。


「え……」


「井上が俺を恋愛的な意味で好きじゃなくても、俺は井上と付き合いたい」


 あまりにも必死でわたしはたじろいだ。心臓が早鐘を打つ。黒瀬くんはこんなに真っ直ぐ気持ちをぶつけてきてくれるのに、わたしの気持ちは曖昧なまま頷いてもいいのだろうか。それはあまりにも残酷なことのように思えた。


「黒瀬くん……」


「クリスマス、一緒に過ごしてくれる?」


 目の端に窓の外で光る色とりどりのイルミネーションが映る。黒瀬くんに今まで見たことのないほど眉尻を下げて見つめられ、わたしは高鳴る心臓の音をごまかすように首を横に振った。


「ごめん。やっぱり黒瀬くんはわたしにとって、大切な幼馴染の域を出ない」



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