過去③
「いやーやっぱ店内は涼しいっすね」
そう言いながら小西くんはスーツのジャケットを脱いで壁のハンガーにかけた。ネクタイもゆるめて胡坐をかく。
経理部みんなで何度か飲みに行ったことはあったが二人で飲みに来るのは初めてで、完全プライベートな雰囲気を醸し出した小西くんに、少したじろいだ。みんなで飲んだ時は会社と同じように身なりをキッチリしてみんなに気を遣ってふるまっていたのに。
「一応確認だけど、ジョッキ半分で酔いつぶれるなんてことないよね?」
この前の夏樹みたいに介抱させられるのはまっぴらごめんだ。小西くんに限ってそれはないだろうけど、一応確認してみた。
「え、俺五杯飲んでも平気っすけど。飲めない人は知ってますけど、半分で潰れる人なんているんですか」
「信じられないと思うけど、いるんだよ。わたしもこの間初めて見た」
少し談笑して雰囲気に慣れたところでお通しとビールが来たのでジョッキを合わせて乾杯した。
「今週もお疲れっす」
「お疲れー」
二人してジョッキを傾ける。暑い夏には冷たいビールが一番だ。ましてや明日は休みなのだ。浮かれないではいられない。半分まで一気飲みしてぷはぁとジョッキから口を離した。
「経理部での飲み会の時も思いましたけど、井上さんいい飲みっぷりっすよね」
ケラケラと笑われてムッとした。
「どうせ女らしくないですよ」
唇を尖らせると小西くんは「違う違う」と手を振った。
「褒めてるんですよ。見てるこっちが気持ちいいんで、どんどん飲んじゃってください」
ならいいけど、ともう一口追加する。小西くんもゴクゴク飲んで一息ついた。
「あれ、小西くんって地元どこ?」
「地元ですか? 北海道っす」
「え、見えない。むしろ九州っぽい」
「えー初めて言われました」
何頼む? とメニュー表を二人で覗き込む。刺身とか家で食べないから上から下まで全部頼みたい衝動に駆られる。
「井上さん、食べられない刺身とかあります?」
「ううん。基本なんでも食べるよ」
「じゃあ、適当に頼んでもいいっすか?」
「うん。任せる」
呼び鈴を鳴らして店員さんを呼ぶと、小西くんはリズム良く「コレとー、コレとー」とメニュー表を指さしながら五品ほど注文した。
お願いしまーすと店員さんを送り出したのを見て、わたしは感心した。
「小西くんって年下だけど、いざって時は引っ張ってくれる頼もしい人だよね」
さっき褒められたので褒め返したつもりだったが、小西くんは平然と「そっすか?」と首を傾げた。
「合コン行ったらモテそうだよ」
「マジすか! 行こうかな」
「あれ、結構遊んでそうだけど」
「どういう意味すかそれ! 俺こう見えて奥手なんですよ!」
本当に奥手ならそんな気配りできないだろう。今だって小皿に刺身醤油を入れてわたしの前に差し出してくれてるし。
「ありがと」
小西くんといると自分の女子力の無さをこれでもかと自覚させられる気がする。いや、これは彼が気付きすぎるのがいけないのだ。そう思うことにしよう。
「ところで井上さん、前職医療関係者って言ってましたけど、お医者さんだったんすか?」
好奇心は一丁前に男の子だった。前言撤回。この後輩はデリカシーがない。
店員さんが、何皿か注文した品を持ってきた。わたしはもう一杯注文し、ジョッキと交換してもらったところで口を開いた。
「大学で看護を学んで看護師になって三年目で体調を崩して辞めた以上」
一息でそう言ってジョッキをあおった。もしかしてわたしは要約するのが得意なのかもしれない。簡潔かつ端的に。天才じゃないか?
「……体調を崩して辞めた……」
前職を訊いてきたくせに、辞めた理由を反芻する小西くん。わたしの何を知りたいのだろう。




