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春夏秋冬カルテット  作者: 音吹
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過去②

 明日はお休みの土曜日で、今日はいわゆる花の金曜日だった。月曜日は『まだ月曜か……』と落胆し、週末になると『あっという間の一週間だったな』と過ぎ行く時間の流れに驚愕する。この止まらない時間の流れに、わたしは未だ付いていけていないと思う。


 今ここで経理の人として領収書を見ているのも、あまり実感がない。仕事に対して熱意がないわけではないが、目標を持って働いているわけではなかった。どうしてわたしは今ここで数字を入力しているのか……


 ──意識が宇宙に飛びそうになるのは、決まって月初めから一週間経った頃だった。


「井上さん、白目向いてますよ」


 左側から遠慮がちに腕をつつかれて現実に引き戻った。


 お昼休憩後の午後一時半。月見班が後三十分で休憩から帰ってくる時間だった。頭を振って脳みそを叩き起こす。


「平和すぎて眠い」


「うわー分かるっすわぁ。月初めの処理が終わったらあとやること少ないから眠くなりますよねー」


 小西くんは恥ずかしげもなく大口を開けて欠伸をした。ああ、うつるうつる。


「コーヒー淹れようか?」


 右側で静かにパソコンのキーボードを打っていた理佳子先輩がそう言って席を立とうとしたので、慌てて立ち上がった。


「わたしが行きます」


「いいよ、眠いでしょ?」


「眠いからこそ歩かせてください」


「そ? じゃあわたしの分もお願いしてもいい?」


「任せてください!」


 警察官よろしく敬礼して給湯室へ向かった。広報部の人が居たが、すぐ出て行ったので使わせてもらう。


 紙コップを置いてボタンを押す前に軽くストレッチをしていると、小西くんが入ってきた。


「井上さんすみません。一番下っ端の俺が行くべきでしたよね」


 お盆を持ってわたしの隣に並ぶ。小西くんはいつも『一番下っ端の自分が』と動くので前に一度『ここではそんなに上下関係厳しくないよ』と言ったことがあった。


「小西くんは気を遣いすぎだよ。気にしないでって言ったのに」


「いや、もう癖というか、性分なんすよ。学生の時野球部で上下関係厳しかったし、刷り込みというか、俺の一部というか」


「それは大変な性分だね」


 ゴゴゴと音を立ててコーヒーが紙コップに注がれていく。カフェインを鼻から吸ってそのまま脳髄に行き渡ったような錯覚に陥り、目が覚めた。カフェインは蒸気で吸えないけど。


「……井上さん」


 二つ目のコーヒーを淹れていると遠慮がちに呼ばれたので、注ぎ口から目を離さずに答えた。


「なに?」


「今日の夜、空いてますか」


「なんで?」


「この間、二人で飲みに行きましょうって言ったじゃないですか。今日行きません?」


「…………」


 お盆に三つ目の紙コップを置く。小西くんと二人で居酒屋。まぁ別に悪くはないか。断る理由もないし。


「いいよ。行こっか」


「マジすか! やった!」


 小躍りし出した小西くんを見て、思わず癒される。しかしそこでハタと考えた。上下関係が厳しい後輩と飲みに行くということは、先輩であるわたしがお会計を持たなければならないということか……? まぁ可愛い後輩だから全く問題ないけど。


 そんなわたしの考えを読み取ったのか、小西くんはお盆を持ち上げて満面の笑みを浮かべた。


「あ、俺のおごりですからね。誘ったの俺だし」


「え、いいの? 上下関係は?」


「ちょっと、井上さん。勘弁してくださいよ。俺、男っすよ? 女性に財布なんか出させませんよ」


 そんなことをサラッと言って給湯室を出た小西くんに、体育会系の男子って本当に大変だなと思った。





「ごめん、井上ちゃん小西くん。先帰るね」


「はい、お疲れ様でした」


「うす、お疲れっした!」


 午後六時。定時きっかりに立ち上がった理佳子先輩は、すまなそうに両手を擦り合わせて足早に退社した。なんでも今日は旦那さんの帰りも早いらしい。美人の奥さんが美味しい手料理を作って待っていてくれる家に帰るってどんなに幸せなんだろう。わたしが理佳子先輩と結婚したかったな。


「っしゃー終わったぞい! 月見班も撤収~」


「花金だ~」


「お疲れ様でした~」


 向かいの席の三人も揃って退社した。わたしもパソコンをシャットダウンする。


「よし、じゃあわたしたちも行こうか」


「うす」


 外に出るとまだ明るかった。蝉も元気に鳴いている。約八時間ぶりの太陽に少し目眩がした。


「どっか行きたいとこあります?」


「飲めればわたしはどこでもいい人だけど」


「あ、じゃあ刺身食いたいんで魚蔵家(うおくらや)行きましょ」


 小西くんのおごりなので文句はない。頷いたわたしを見て、歩き出した。


 魚蔵家は八十郎のある駅前の飲み屋街にあった。八十郎のある通りの一本隣だ。金曜の仕事終わりとあって、飲み屋街はたくさんの人で賑わっていた。すでに出来上がっているグループもいて、「明日は休みだー!」と叫んでいた。


 看板が華やかな魚蔵家の暖簾をくぐると、「いらっしゃいませー」と野太い店員さんの声に歓迎された。八十郎と違って個室で座敷タイプの居酒屋だった。予約していなかったが空いている席があったらしい。すんなり通された。とりあえずビールを注文する。

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