24話 事変
あの日も雨が降っていた
雨漏りのするゴミだらけの古びたアパート、その一室の部屋の隅で私は小さく座っていた
私に父はいない、母が私を身ごもったのと同時期に浮気がバレて家を出て行った
そしてその母にも私は愛されていなかった、父の浮気と私が身ごもったのが偶然にも同じタイミングだったせいで私のせいで自分が捨てられたとそう思っているようだった。
私は母が嫌いだった、突然発狂し私を怒鳴りつけては何度も殴る
「あんたなんか生まなければよかった」とそう私に言いつづけた。
心の底から私が憎いんだ
それから少し経ち、母が男を連れてきた
美的な男で心落ち着く声をしていた
いかにも母が好きそうな男だった
私はバツの悪そうな表情を浮かべ顔をうずめる
唯一の私の居場所であったこの部屋の隅からも私を追い立てるというのかこの女は、
私の居場所はここしかない、こんなところでも私の居場所なんだ、
それでも私は邪魔ものだと、なぜだ?
私の心の中にはそんな黒くどろどろした感情が渦巻いていた
その時だった、うずめた頬に暖かく優しい感触を感じた
顔を上げると、母が連れてきた男が私の頬を触っていた
「どうして泣いてるの?」
男が優しく問いかける
私はこんなやさしさ知らない
そのことに気づいてからはもう手遅れだった、
涙があふれだして止まらない
今まで私の事を気にする人なんていなかったのに、気にかけてくれた
たった一言なんてないことを言われた、それだけでこの乾いた心には十分だった。
この人の名前はダリン、母が仕事先で出会った人らしく
家に連れてくる前からちょくちょくあっていたらしい
ダリンは母にも優しくそして私にも優しくしてくれた、それこそ本当の家族のように接してくれた
そして母にも変化があった、以前のように突然怒り出すことが減り、今ではほぼなくなった
仮にあったとしても、すぐにダリンが助けてくれた、そして母に寄り添い言いなだめてくれた
そのあとにはいつもダリンと一緒に母が私に謝ってくれた
今まででは考えられないことだ
それから月日がたち、ダリンは私たちの家にほぼ住んでいるみたいなものだった、家は相変わらずのボロアパートだったが、母と一緒に出勤し母と一緒に帰ってきた
私は普通の家族とやらを初めて知ったのだ
母は私に今日何食べたい?なんて聞くようになった
それに私は「ええっとね、ハンバーグ!がいい」
なんて答えたりして、そこにダリンが
「それなら僕の得意、料理だね!」
普通なんてものではなかった。はたからみたら普通の家族の会話だろう、だが私にとっての幸せだった。
三人で旅行にもいった、母の少ない給料で払えるようなボロアパートに住んでいたからこそ
二人分の稼ぎのおかげで余裕もあったのだと思う
はしゃいだ母は満面の笑みをうかべ
「なにあれ、初めて見たわ!あれはなに?」
幼い私の手を引き歩き回る
「あぁ、あれはねーーー」
そして得意げに母に知識を披露するダリン
こんな母を見たのは初めてだった。
私が生まれたときから私を殺したいほど恨んでいた母がだ。
そんな母につられて私も思わず笑みを浮かべる
こんな幸せが一生続けばいいとそう心から本当に思った
私が10歳の誕生日を迎え、盛大にダリンと母から祝われた後、
寝室で眠っていると隣の部屋から話し声が聞こえてきた
どうやら母とダリンが何か話をしているらしい
寝ている私に気を使っているらしく、こんな壁の薄いアパートでもよく聞こえない
だが時々、結婚だとかそんな文言が聞こえる
そうか遂に二人も結婚か、確かにダリンと母は出会ってからもう長い、そういう時期なのかもしれない
と恋愛どころか恋心なんて全く知らないながらにも生意気なことを思った
そしてそれから三日後
何も変わらず二人は仕事に出かけた、荷物が多いような気がしたがここまではいつも通りだった
だがいつもと違ったのはここからだった。
その日、時間になっても母とダリンの帰りが帰ってくることはなかった
まぁ二人でどこかでディナーでも楽しんでいるのだろうと思い、家にあった適当なものを食べ私は
ベットに入った、そういう事なら何か連絡してくれてもいいのになんて考えていた
ところが目を覚ましても、母とダリンはいなかった
それからのことはもう覚えていない
いや、記憶に残したくなった
どれだけ朝を迎えてもあの二人が帰ってくることがなかった。
遂に家にある食料が底をついた
その時には私はすべてを悟った、正確には少し前から気づいていたのかもしれない
だがそう思いたくなかった、なぜあの二人がそうしたのか、全く見当もつかないからだ
だんだん呼吸も早くなる、不安と恐怖が同時に襲ってくる、涙があふれだす
「そ、そうだきっと事故か何かに遭ったんだ!だからきっと連絡できないし帰ってこれないんだ」
なぜかわからないが突拍子もなく口に出す
そんなわけないとわかっている、もしそうなら家に警察や母の職場の人とかから連絡が来るはずだ
「あぁ、あぁ・・・」
力なく声にならない声が口の隙間から漏れ出していく
「なんで、どうして」
わけがわからない、なんで私だけこんな目に???
涙が止まらない
昔はこんな事なかった、母にどれだけ手を出されても罵倒されても
泣かなかった、あの幸せが私を弱くした
あの時間は全部嘘だった、母が私を愛してるわけなかったんだ
ダリンも、あの男もだ、私なんかどうでもよかったんだ
「うわぁぁぁー
手当たり際に家具やあの幸せの思い出も全部投げたばした
「はぁ、もうどうでもいい」
もう全部どうでもよくなった、乱れた呼吸を整えはあの居場所へ小さく座った
私は小さな幸せも何もかも全部失った、もともと何もなかった、けれどあの時間は私にすべてを
与えてくれた、あんまりだ
「なら、何も与えるな!」
失うよりも最初から何もないほうがずっといい
「私の幸せを返せ!」
こう叫んでも全部外の雨音がかき消してくれる
雨は全部きれいに流してくれる、恨みも妬みも怒りも、そして幸せも
私だけ仲間外れ
あいつらだけが幸せなのは許せない
そう心になかでまたあの時の黒く汚れたものが沸き上がってくる
この日の雨音はやけに大きかった気がする




