96話 貴重な豆をもらいました!
先を行くソルムは、砦の門をくぐる。
今まで歩いてきた集落とは違い、ここには俺が建てた堅牢な石造りの倉庫が軒を連ねていた。
ここにも見えるだけで、百人以上の人間が住んでいる。
集落の人たちと違い、ここにいる人たちは傷病人などが多いようだ。
それを見てか、メルクはそそくさと杖を手に彼らに近づく。
あれは俺が作った回復の杖だ。メルクは皆を癒してくれるのだろう。
メルクを前にした老人は首を傾げる。
「どうしたんだい、お嬢ちゃん?」
「任せる」
メルクは杖を向けて、老人の傷ついた腕に回復魔法を放つ。
「おお……すっかり傷口が塞がったわい。ありがとう」
「気にしない。これはヨシュアの作った杖」
メルクはその後も、周囲の人々を癒していった。
皆、喜ぶだけでなく、メルクの回復魔法に驚いている。魔石を使っているだけあって効果てきめんのようだ。
俺も回復魔法でそれを手伝った。
治療をしていると、ソルムが額から汗を流して言った。
「ヨシュア殿……回復魔法もずいぶんな腕前だったのですね」
「そう見えるか? ただのヒールだ。生産魔法以外は、基本の魔法しか使えないからな」
「……ヒール? 私も詳しいわけではないが、もっと高位の魔法ではないのですか?」
ソルムは首を傾げた。
俺が治療した者は傷だけでなく、骨折も治っている者もいたようだった。確かにヒールでは骨折までは治せないとされていた。
「いや、全く。多少は魔力が増えてきたからかな」
「そういうものなのですかな? いやはや、剣ばかりで。生産魔法は、間違いなく当代一の腕前と思っていましたが」
「やめろ、恥ずかしい……」
ソルムはいつも俺にそんなことを言ってくれた。
褒められて嫌な気はしないが、ここまで真面目に言われると恥ずかしい。
一方で、メルクも周囲の者たちから褒められていた。俺なんかより、全然メルクのほうが魔法は使えるように見える。杖のおかげもあるだろうが、それ以上にメルクの素質もあるのだろう。
ちょうど治療を終えた頃、砦の入り口から先程魔物に襲われていた者たちがやってくる。
俺が先ほど修理した手押し車には、木箱が載せられていた。
間一髪のところでイリアが助けた少女は、俺たちを見つけ目を丸くする。
「あれ? お姉ちゃんたち、まだ砦に入ってなかったの?」
「皆の治療をしていたんです。ヨシュア様とメルクさんは魔法が使えますから」
「ほんとだ! じいじの腕がきれいになってる!」
少女は最初にメルクが治療した老人の孫だったようだ。
俺たちをここまで案内してくれた若い男は言う。
「本当になんでもできる人だな。ちょうど、あんたたちにお礼をしたいと思っていたんだよ。といっても、こんなものしか用意できなかったんだが」
男は箱の中身を俺たちに見せてくれた。
イリアが不思議そうに箱を覗き込む。
「豆、でしょうか?」
「ああ。一見大豆だが……この魔力は、マギ豆か!」
マギ豆とは、魔王領で栽培されていた豆だ。
見た目と味は特に大豆と変わらない。
だが、これはフェンデルの畑で埋めた魔王カブと同様、魔王が品種改良して生みだした作物だ。大気中にある魔素を吸って、普通の大豆の三倍の速度で育つ。
しかし成長が速いだけの魔王カブとは違う。
成長に魔素を使う一方で、豆と葉に魔素を蓄えるということだ。
故に、豆や葉を口にしたものは一定時間、魔力が向上する。
薬やポーションでよく使われる素材でもある。
男はコクリと頷く。
「生産魔法を使うならって思って。ポーションとか作るんだろ? 南では大豆を育ててたんだが、それだけじゃ生活が厳しいから、こういった高い作物も育ててね」
早く育つので大豆より安い……ということはなく、あまり間を詰めすぎて埋めると必要な魔素が足りず枯れてしまう。なので、大豆と同じ量を栽培するのに、大豆の十倍の土地が必要なのだ。
虫や野鳥に食べられやすいし、周囲の雑草も刈るなどしないといけないので、非常に手間のかかる作物だ。
そのため、同量の大豆の十倍以上の値段で取引されていた。
俺は男に訊ねる。
「こんな高価なもの、いいのか? 畑を作って埋めたっていいのに」
「周囲は森ばっかりだ。開拓が終わるまで持っていたら、腐っちまう。飯にでも薬にでも、好きに使ってくれ」
「ありがとう……これは、村で大事に育てさせてもらうよ。育ったら、同じ量を返す」
「そんなこと気にしないでくれ。命を助けてもらったんだし。本当にありがとうな」
男たちは深く頭を下げると、俺たちも夕食にしようと集落のほうへ帰っていった。
俺は受け取った豆入りの木箱を見て言う。
「いいものをもらったな。豆だけでなく葉っぱも美味しいようだし」
「モープさんたちも喜びそうですね!」
「エクレシアに育ててもらう。きっと早く育つ」
イリアとメルクも嬉しそうに呟いた。
「そうだな──うん?」
魔法工房に豆をしまうと、ソルムが穏やかな表情で俺を見ていた。少し寂しそうにも見える。
「うん? どうした、ソルム?」
「いや……団長は本当に惜しいことをしたなと。ともかく、食事にいたしましょう」
俺たちはソルムと共に、騎士たちの館へと入るのだった。




