95話 かつての戦友でした!?
先ほど助けた若い男の一人が言う。
「悪いね。荷物まで運んでもらって」
「気にしないでくれ。手押し車よりこのほうが速いはずだ。もう日も落ちるし、急いだほうがいい」
俺は馬車を走らせながら言った。
荷台には、人間たちが集めた食料が積まれている。
「そうだな。でも、もうおかげで、砦はすぐそこだ。橋が見えてきただろ? あれを渡って、森を抜ければ」
人間がそう言うと、メルクが橋に先行して、足で蹴った。
「大丈夫そう。広いし頑丈」
メルクの言う通り、十分な広さがあり馬車でも進めるだろう。
石造りの堅牢な橋だ。
柱も橋板にも破損している場所は見えない。
というか、この橋……どこか見覚えが。
ここに来るまでの道もそうだ。街道からの道が綺麗に舗装されていた。その道もしばらく使われてなかった割には、石材が剥がれた場所も全く見えなかったし、なんというか見たことのあるような。
「ああ。そこそこ年数が経っているはずなんだが、だいぶしっかりしていてな……うん? 不安か?」
橋を進む男は、馬車を進めない俺にそう言った。
「い、いや。進んでも大丈夫そうだな」
俺は男たちの後を追って馬車を進める。
もう薄暗いので、あまり詳しくは見えない。ただの勘違いかもしれない。
俺の隣に座るイリアが言う。
「まるでヨシュア様が作られた橋みたいですね!」
「ま、まあ橋なんてだいたい形が一緒だから」
そう言って馬車を進ませると、すぐに灯が見えてきた。
テントが多いが、掘っ立て小屋もある集落……少なくとも千人以上はいそうな規模だ。
その集落の向こうには、高くそびえる石造りの建築が見えた。
跳ね橋を備えた城門と城壁に囲まれ、砦というよりはちょっとした領主の城のようだ。
「暗くてよく見えなかったけど、高い」
「あんなものが作れてしまうんですね……」
驚くイリアとメルクに、男は嬉しそうな顔で言う。
「そうだろ! なんでも、将軍の戦友が作られた場所のようで、ここに逃げろと導いてくれたんだ。なんでも、あの砦を一日で築いたとか」
「あんなものを作れるのはヨシュアだけ」
メルクが俺を見て呟くので、男は笑って首を横に振る。
「さすがのあんたでも、あれを一日で作れはしないだろう。そもそも、一日なんて嘘に決まっている」
他の人間たちも違いないと男の声に笑って頷く。
一方の俺はただ呆然としていた。
「間違いない……ここ、俺が作った場所だ」
「ヨシュア様が?」
イリアが不思議そうな顔で訊ねた。
「……ヨシュア?」
後ろから聞こえてきた聞き覚えのある声に、俺は体が震える気がした。
ゆっくりと振り返ると、暗闇から鎧を身に着けた恰幅の良い男が現れる。
近づくにつれ、その顔は月明かりに暴かれていった。
「……ソルム?」
男は、俺もよく知る男だった。
かつての戦友、シュバルツ騎士団で主に前線で指揮を執っていた清貧な騎士。
最後の最後まで俺を追放したロイグを諫め続けたが、ロイグの怒りを買って斬られてしまった。
その後は古参の騎士に運ばれていくのが見えたが……
ソルムも俺がここにいることが驚きだったようで、目を丸くしている。
後ろから現れた彼の側近も、俺を見て思わず身構えた。
だがしばらくすると、ソルムは破顔して歩み寄ってくる。
「ヨシュア、殿……ヨシュア殿! 何故ここに!」
「たまたま近くを通りかかっただけだ」
俺が答えると、先程助けた若い男が答える。
「しょ、将軍。知り合いだったんですか。実は食料集めた帰りに魔物に襲われ、この人たちに助けてもらったんです」
「そうだったか! かたじけない」
ソルムは俺やイリアに頭を下げる。
「しかしソルム、驚いたよ。こんな場所にいたなんて」
「ヨシュア殿と会い、元団長に斬られたあの後、古参の騎士とここに逃げ延びたのです。団長は決して、反逆と抜け駆けを許さないでしょうから。もっとも、ほとんどの騎士が戦わず戦場を離れたと聞きます。シュバルツ騎士団はもう」
俺は目を閉じて頷く。
「ロイグも腕を折られた。騎士団の再起は難しいだろう」
「そうですか……」
複雑な思いなのは俺も同じだ。
共に身を尽くしてきた騎士団が今はないのだ。俺は騎士団創設からのメンバーだし、ソルムも騎士団創立間もないころに入団した男。
だがソルムはしばらくすると吹っ切れた顔をする。
「でもこれですっきりいたしました。もう私を縛るものは何もない。これからは魔王軍と戦うためだけにこの身を捧げるつもりです」
「そのために、ここに人を集めているのか」
ソルムはコクリと頷く。
「すでにご存じかもしれませんが、魔王軍によっていくつかの南方の都市が陥落し、防衛線に穴が開いている状態です」
すでに俺たちはビッシュが率いるオークの軍勢を退けている。
しかし、他の軍勢もこの機を逃すわけがない。
「魔王軍は北への侵攻を強めるでしょうし、家を失った人々も北へ逃げてくるでしょう。私はここを防波堤として、魔王軍と戦い、住処を失った人々が身を寄せられるようにするつもりです」
そう言ってソルムは、砦の中心に目を向けた。
「幸い、ここは東西を川に囲まれている。そしてヨシュア殿が作った、堅牢な施設が残っている」
その言葉に、先程助けた人間たちはざわつき始める。
「ま、まじかよ」
「手押し車を一瞬で直すぐらいだもんな……」
一方でイリアとメルクはやっぱりといった顔だ。
砦を見て思い出したが、ここはまだ騎士団が魔王軍と精力的に戦っていたとき、南方との中継拠点として俺が築いた場所だ。
魔王軍と戦わなくなってからは、自然と放棄されたのだろう。
「や、役に立ってよかったよ」
「大いに助かっています。倉庫群は枯れ葉やツタを除くだけで、立派な住居になりましたから。とはいえ、さすがに避難民が増えてきましてな」
あの砦で寝泊まりできるのは、せいぜい千人ほどだろう。
「家が足りないわけだな」
「ええ。作らせてはいるのですが、食料を集める必要もあり。お恥ずかしい話ですが、私は金を貯えることを知らなかったため……仲間や知り合いの貴族に寄付を募ってはいますが」
物資を北に買い求める余力もないというわけか。
騎士団の中でも、ソルムは贅沢とは無縁だった。俺のように薄給だったのだろう。
ソルムは俺に深く頭を下げる。
「ヨシュア殿……どうか、私たちに手を貸してはいただけないだろうか? あなたの生産魔法は」
「俺はいい。だけど」
俺は、不安そうな顔で俺の手を握るイリアを見て頷く。
「俺には帰る場所がある。だから、手を貸すだけだ」
そういうと、イリアは顔を明るくする。
「ヨシュア様……私たちも魔王軍からは襲われています。協力できることがあれば、協力します」
「イリア……」
相手は人間だ。
奴隷商のこともあって心象はよくないはずだ。
でも先ほどもそうだったが、イリアもメルクも人間を助けてくれた。
もちろん、ちゃんと相手を見てイリアも言ってくれているのだろうが。
「ありがとう、イリア」
「私たちはいつもヨシュア様にお世話になってますし。それに困っている方を放ってはおけません」
イリアが笑顔で言うと、ソルムも俺たちに頭を下げる。
「かたじけない。もちろん、我らも協力できることは協力する。近隣の者同士、良い関係を築いてまいりましょう」
それからソルムは、表情を緩めて言う。
「ともかく今日はもう遅い。先程のお礼というのも変ですが、食事にしましょう」
この後俺たちは、ソルムに砦へと案内されるのだった。




