9話 防具をつくりました!
「うまぁ……」
ポニーテールの少女メッテは肉を口に含むと、頬に手を当て、至福そうな表情を浮かべた。
昼のきりっとした表情はどこへやら、だらしない蕩け顔を俺に見せつける。
「ヘルアリゲーターの肉もいいが、アーマーボアもなかなか」
「ああ、ボアのほうは口でとろけるな……」
鬼人たちも久々のお肉なのか、皆ご満悦の様子だ。老若男女、皆ワイワイと食事をしている。
気が付いたことだが、この村は若い男が少ない。
昼、アーマーボアに挑んだ男のように、無理をする傾向があるのかもしれないな……なんとかしてやりたいところだ。
しかし、俺もここまでしっかりした肉を食べるのは、いつぶりか。
だいたいスープかパンだったもんなあ。
「うむ、やはり肉は良い……うん?」
俺が肉を食べていると、ある天幕から白銀の髪の娘が出てきた。
彼女はフェンデル族の族長イリアだ。
イリアは俺と目が合うと、見張りの制止も振り切り、足早にやってきた。
「イリア、まだ安静にしていたほうがいいんじゃないか?」
「いえ、ヨシュア様のおかげですっかりよくなりました。ところで、皆のためにお肉を獲ってきてくださったとか」
「いや、俺はただクロスボウを作っただけだ。実際に狩ったのはメッテだよ」
肉をいっぱい含んでいるのか、リスのように頬を膨らませたメッテはぶんぶんと首を横に振る。
そしてごくりと丸呑みにすると、こう言った。
「とんでもない! クロス棒がなければ狩れなかったのはもちろん、アーマーボアは、ヨシュアが一人で仕留めたのです!」
周囲にいた鬼人たちが、「一人で!?」とざわつき始める。
イリアも驚くような顔をしたが、すぐに頭を下げる。
「わ、私たちのためにそんな危険なことを……感謝申し上げます。お昼のことも含め、なんとお礼を」
「イリア、礼はいらない。しばらく俺は、ここで道具や武具をつくらせてもらうことになった。食事と寝床を見返りにな。狩りも時間があったら手伝うよ」
はっとした様子のイリアに、メッテが頷く。
「はい! ヨシュアは私たちのために、しばらく滞在してくれることになったのです!」
「な、なんと……あ、ありがとうございます、ヨシュア様! 私たちにできることなら、なんでもいたしますので!」
またもや頭を下げるイリアに、俺は言った。
「そんなにかしこまらないでくれ。俺はただの生産魔法師。道具や武具を作るのが仕事だ。それよりも……」
俺は切り株の上にある、鱗や皮に目を移す。
「メッテ、明日からは自分で狩れるか?」
「ああ、この武器さえあれば無敵だ! ……あっ。もちろん、もう叫んだりはしないぞ!」
「そうだな、狩りは基本的に喋らないのが良いだろう。だけど、潜んでいてもどうにもならないことがある。防具もあるに越したことはない」
「防……具?」
「鎧、って言葉は聞いたことがあるか?」
首を傾げるメッテだが、イリアが頷く。
「ヨロイ……鎧。たしか、体に装着する盾のようなものですよね? 私たちの先祖も昔は持っていたようなのですが、もう作れなくて久しいようで」
そういってイリアは、天幕の中に向かい、一枚の布を持ってきた。
「たしか、これが鎧の絵だったかと思います」
布には、小さな板を連ねた鱗のような鎧を着た鬼人が描かれていた。
東の人間の一部の傭兵が、こんなのを着ていた気がする。
ドーマル式とか、オーヨロイ式だとかいうラメラーアーマーだ。
「これがその先祖の鎧か。この板は見たところ小札で間違いないな。ちょうどいい。これを再現してみようか」
アーマーボアの鱗は頑丈だ。それらの鱗を繋ぎ合わせ、このラメラーアーマーっぽいものをつくるとしよう。
その他の部分は、ヘルアリゲーターの皮をなめして使ってみる。
俺は早速、鱗と皮を回収し、倉庫からウィズに麻糸を取ってこさせる。
だが、イリアが言う。
「これ、をですか。先祖の伝承だと、この鎧はつくるのに一年掛かったとか」
「他の作業も並行しただろうから、それぐらいかかっただろうな。でも、俺なら……」
ラメラーアーマーを最後につくったのは五年前か。
一応レシピ化されているが、たしか俺も三日ぐらいかけて作ったっけ。
騎士団は全身を覆うプレートメイルを好み、ラメラーアーマーを使う者はほとんどいなかった。
単純な板金鎧と違い、ラメラーアーマーは小札という板に穴を開け、そこに織物のように糸を通していく複雑な工程を経る。
この糸を通すのに、結構時間がかかったんだよな……
「……大丈夫だ。きっとすぐにできる」
俺はウィズの運んできた麻糸を回収する。
だが、下準備として、メッテの体の大きさを調べる必要があるな。
「メッテ、少し体を測らせてもらうぞ」
「え? わ、分かった! ……だが、ここだと少し恥ずかしいというか。天幕の中じゃ駄目か?」
メッテは顔を真っ赤にして恥じらう様子を見せた。
胸を隠すようにして、なんだか色っぽい。
「い、いや、そのままでいいんだ。ウィンド」
「へ?」
俺は風魔法で、首を傾げるメッテの体を覆う。
風をそのままの形に維持し、魔法工房に吸収。鎧の大きさの指標にする。
「よし、これで大丈夫だ。クラフト──ラメラーアーマー」
安全に狩りをするための重要な防具だ。
しっかり、丁寧につくるぞ。
そんなことを思い、俺は持っている魔力を総動員することにした。
すると、一分も掛からない内に完成してしまう。
こんなに早く作れるか……
「メッテ、じっとしていてくれ」
「え? あ、ああ……っ!?」
メッテの体を光が包む。
光が収まると、そこにはラメラーアーマーを身に着けたメッテがいた。
「おお! これが棒……具か!」
メッテは自分の体を見回す。
いや、棒から離れないか……?
メッテの鎧を見て、皆が驚く中、しくしくと一人の老人が泣いていた。
鬼人の一人がその老人に声を掛ける。
「ど、どうした、長老?」
「わしが、まだ五つの時じゃ……父はワシらを守るため、魔物と戦い死んだ……その時、身に着けていた鎧とそっくりなのじゃ……」
老人は声を震わせると、ありがたそうにメッテのほうに手を合わせた。
イリアが俺に言う。
「あの者は今年で二百三十歳、この族で唯一の百歳越えです。昔の我が一族を知る、数少ない人物でして。彼が子供のとき、鎧はまだあったようですね……」
「そうだったか……」
自分の作るものに涙まで流してくれるなんてな……
「まだ材料に余りがある。他に狩りに参加するやつのも作ろう」
俺はその後、一族選りすぐりの戦士のため、五領のラメラーアーマーを作るのだった。