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88話 密偵でした!

「よし。皆、乗ったな!」


 皆の乗船を確認し、俺はオールで桟橋を押した。


 ボートは桟橋を離れていく。


 俺がオールで漕ぎ出すとイリアが言った。


「ヨシュア様、私が漕ぎます!」

「いや、イリア! 君は敵の攻撃を!」

「攻撃!? っ!」


 イリアはすぐに気が付いたように、ミノタウロスのいる川岸へ体を向けた。


 ミノタウロスたちの混乱は解け、川岸の岩を俺たちや城壁に投げ始めたのだ。


 向かってくる岩を、イリアは刀の峰で受け止め、目にも留まらぬ速さで細切れにしていく。


 船尾でオールを漕ぐ俺だが、思わず声が漏れる。


「す、すご……」

「ヨシュア、メルクが漕ぐ。ヨシュアは魔法でイリアを守る。メルクもそれやりたい」

「あ、ああ。頼むよ」


 メルクは狼の姿のまま、オールを受けとり、船を進めた。

 俺より腕力があるせいか、すいすい進んでいく。


 俺はマジックシールドで、イリアとメルク、船を守っていく。


 一方のエルフたちは城壁に隠れ、ミノタウロスの投石を防ぐ。

 川岸の岩が小さいので城壁にそこまでの被害はないが、大きな岩を投げられる前に何とかしなければ。


 エルフたちも投石の隙を見計らって、負けじと矢を放つ。

 もちろん、的確に足だけを狙っていった。

 全て足に命中している。鬼人でもここまで精密に狙うのは無理だろう。


「がぁあああああ!」


 ミノタウロスたちはその場でばたばたと倒れ、脚を押さえる。


「よし、岸へ着くぞ!」

「道は私が切り開きます!」


 接岸する前に、イリアはボートから跳んだ。


 そして降下する途中、斧を持って迫るミノタウロスの脳天を峰打ちにて処す。


「命が惜しくば、道を開けなさい!」

「ニンゲンの小娘が! 言わせておけば!」


 すると、ミノタウロスの長が斧を持って現れる。

 間近で見ると本当に大きい。

 大陸の東方でかつて見た象の三倍はあろう大きさだ。


 その時、メルクが言う。


「ヨシュア。アスハが見つけた」


 どうやらミノタウロスを操る音を発している者が見つかったらしい。


 それを聞いたイリアが言う。


「メルクさん。ヨシュア様と一緒に。ここは私に」

「だが、一人じゃ」


 俺が言うと、周囲のミノタウロスたちが斧を振り上げ迫ってきた。


「よそ見するな! お頭が出ずとも、オレたちが!」


 襲い掛かってきたミノタウロスたちの脚にエルフの矢が突き刺さる。


 城壁を見ると、手を振るモニカたちが。

 援護は任せろということか。


「……分かった。イリア。だが、無理はするな。そしてもしもの時は……」

「斬ります。ですがご安心を。この者の攻撃では、私を傷つけることはできません」


 そう言ってイリアは長へと走る。

 途中で攻撃してくるミノタウロスを峰打ちで薙ぎ払いながら。


「ヨシュア。イリアは強い。私たちは行く」

「ああ!」


 俺とメルクはそのまま森へ入る。


 しばらく進むと、メルクが急に足を速めた。


 向かう先に何かがいることは俺にも分かった。

 禍々しい……魔力の集まりだろうか。


 かつて川の向こうにあったダンジョンで、俺は魔法のスクロールを見つけた。

 それを使用した俺は、魔素の形を捉えられるようになり、周囲の存在を察知できるようになったのだ。


 そのせいか、俺は不安を覚える。


「メルク、気を付けろ!」


 すぐにメルクに分厚いマジックシールドを展開した。


 だがすぐに、前方から突風が吹く。


 このままでは吹き飛ばされてしまうだろう。


「くっ!? メルク、後ろへ!」


 後方にメルクが来たのを確認して、俺は手を前にやった。

 魔法工房に風を送り、耐えることにしたのだ。


「ほう……こんな魔法は初めて。ならば……」


 そんな声が響いたと思うと、今度は風でなく、漆黒のブレスがこちらに向かってきた。


「これは、闇魔法!?」


 俺はそれをも魔法工房に吸収していく。

 だがいずれは工房もいっぱいになるだろう。そうなれば、受け止めきれない。


 だから俺は、吸収した闇のブレスを逆に前方へと放出し、ブレスを防ぐ。

 そうすることで、何とか均衡状態を


 そんなことがしばらく続くと、やがてブレスが止まった。

 

 視界が開けると、そこにはぱちぱちと拍手する者が。


「私の存在を見抜き、魔法を防ぐとは……なかなかですね、あなた」


 俺たちの前にいたのは、人間の貴族風のコートを着た者だった。


 狐の顔の仮面をつけ、背筋をピンと正している。

 何も言わなければ、仮装した人間にしか見えない。

 体格は分厚いマントのせいでいまいち分からないが、華奢だ。長身のため、やせ細った男ということも考えられる。


 不気味なのは、仮面が異様な笑顔のものであることか。口角をぎゅっとあげ、馬鹿笑いしているような。


「……お前がミノタウロスを操っているのか?」

「私はそこまでの術者ではありませんよ。ただ、彼らの恨みを、あるべき場所へと向けているだけ。私は彼らを暗い奥底から解放しただけです」

「そして魔王軍の敵である人間にけしかける……魔王軍の者だな?」

「……おお、これは申し遅れました。私は魔王軍の密偵、キュウビ」


 キュウビを名乗る者は高い声で言った。

 これでも女性か男性か分からない。


 しかしあっさりと魔王軍だと認めたな……というか、密偵って名乗っちゃいけないだろ。


 俺はかつて焼き払われた故郷を思い出す。魔王軍によって焼かれた故郷を。


 だが俺は今、フェンデルの代表。

 魔王軍と戦いを避けられるなら、やはり交渉すべきだ。


「キュウビだな。俺はフェンデル同盟の代表、ヨシュアだ」

「フェンデル同盟? はて? 人間の国には詳しいつもりでしたが」

「フェンデル同盟は亜人の集まりだ」

「ほう。まさかあの原始的な亜人が手を取り合うとは……」


 キュウビはしばらく黙り込む。

 表情は分からないため、何を考えているか窺えない。


 俺は構わず主張することにした。


「ああ。だから俺たちは人間にも魔王軍にも敵対するつもりはない。ミノタウロスの攻撃をやめさせてくれ」

「面白いことを仰いますね。我らからすれば、人も亜人も変わりません」

「なら、力ずくで止めさせてもらうとしよう」

「お待ちを。やめさせないとは言ってないでしょう?」

「信用できると思うか? 仮面をつけて話す者を」


 俺はそう言って、キュウビに手を向けた。


 メルクもじわじわとキュウビの後方へ向かっていく。

 空からは、アスハが杖をキュウビに向けていた。


 キュウビはふうと息を吐く。


「残念ながら、私ではあなた方は倒せません……負けですよ。先ほどの魔力を吸収したのです。魔王様にしかどうにかできないでしょう」

「……? 何を言っている?」

「この件は、私の手にはあまるということです。敵意がないと口にするあなた方に対しても、どう臨めばいいか判断を仰ぐ必要がある……私があなた方をどう思っているかは別としてね」


 キュウビは胸元から何か宝石のようなものを取り出す。


「だから、ここは退かせていただきます。北でやることが残っているのでね。それでは」

「おい待て! くっ」


 宝石が光ったと思うと、キュウビは跡形もなく消えるのだった。


 近くに魔素の反応も見えない。アスハとメルクも探すが、見つからないようだ。


 メルクが呟く。


「消えた。匂いも気配も。こんなの初めて」


 あの宝石は魔道具の類だったのだろう。

 転移魔法という、とてつもない魔力を要する魔法がある。ある地点と地点の間を瞬間移動できる強力な魔法だ。


 北へ行く……人間の国へ行くのだろう。


 しかし今の俺には関係ない。


「……今はイリアのもとに戻ろう」


 俺たちはすぐにイリアのほうへと戻るのだった。

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