82話 逃げきりました!
俺たちは中州から川岸へと渡り終えた。
結構な犠牲を出したせいか、ヘルアリゲーターは追ってこない。
「はあ、はあ……何とか渡れましたね。しかし……」
モニカは息を切らしながら、ミノタウロスの赤子を見た。
驚きを隠せないのだろう。
しかし自分たちを助けてくれたことに、すぐに礼を言う。
「助かりました……ありがとう」
その言葉に、ミノタウロスの赤子は顔を明るくした。
だがモニカの顔は晴れない。
あの小さな体で、自分の十倍以上もあるアーマーボアを吹っ飛ばしたのだ。
やはりミノタウロスの赤子で間違いないと思ったのだろう。同時に、やはりミノタウロスは恐ろしい種族だとも。
俺はそんなモニカに声をかける。
「怪我はなかったか?」
「私もフレッタも大丈夫です。ヨシュアさんたちも、本当にありがとうございます。またも助けていただきました……本当にどうお礼をすれば」
「気にするな。それにしても……」
俺はモニカにそう答え、視線をフレッタに向けた。
フレッタはミノタウロスを抱き寄せ、その頭を撫でている。
「もう! 勝手に飛び出したりして! ……でも、ありがとう。助かったよ」
ミノタウロスはもうもうと声を返した。
その様子を見て、メルクが口を開く。
「名前つけてない? なら名前はモーにするといい」
「それはあまりに安直では……」
アスハがぼそっと言うが、メルクは分かりやすくていいと返した。
「モーちゃん! いい感じ! モーちゃんで良い!?」
フレッタの問いかけに、ミノタウロスはすぐに頷いた。
アスハ同様俺も安直な気がしたが、本人がいいと思ってるならいいか……
「ともかく、ここはヘルアリゲーターが多くて危険だ。フレッタ。仲間の場所まで案内してくれるか?」
「そうでした。フレッタ、皆はどこに? 無事なのですか?」
モニカの声に、フレッタは元気よく頷く。
「うん! あっちのほうの森に皆いるよ!」
フレッタが指さしたのは北側だった。このまま川沿いを北にいけばよさそうだ。
「そうでしたか、よかった……」
モニカが胸を撫でおろすと、フレッタも嬉しそうな顔でモニカの脚に抱き着いた。
「お姉ちゃんもよかった……お父さんもお母さんもまだ見つからないのに、お姉ちゃんまでいなくなったら……」
「フレッタ……本当にごめんなさい。でも、この方々が力を貸してくださいますから」
モニカの声に、俺たちは自己紹介した。
最後にメルクが言う。
「任せる。ヨシュアは強いから、牛も余裕。きっと明日には牛の美味しい焼き……」
すぐにアスハが翼でメルクの顔を覆った。ミノタウロスの赤子モーを気遣ってのことだろう。
「ヨシュアさんに、イリアさん、メルクさん、アスハさん……あと、ウィズさんね。うん! とっても強くてびっくりしたよ!」
フレッタの声に、モニカも頷く。
「私も驚きました。まさかここまでとは……」
イリアとメルクのさっきの戦いぶりを見れば、誰だって舌を巻くだろう。俺だって少し恐ろしさを感じてるぐらいだ。
フレッタが続けた。
「ヨシュアさんたちなら、悪い牛さんたちも倒してくれるね!」
「こらっ! 戦うのはあくまでも私たちです! あなたも誇り高きエルフとして、弓を取るのですよ!」
「……戦いは嫌だなあ」
いやそうな顔をするフレッタに、モニカも寂しそうな顔をした。
「それは私だって同じです……ですが、こうなった以上……とにかく、皆の場所まで案内してください」
「わかった……こっちだよ!」
フレッタはそう言って北へと向かった。
俺は先ほどイリアが倒したヘルアリゲーターを魔法工房で解体しつつ、それに続いた。
いっぱいヘルアリゲーターを倒せた。
肉はエルフたちの食料になるだろうし、ヘリアリゲーターの骨や皮を使えば強力な複合弓が作れる。
モニカの先ほどの腕前を見れば、エルフたちはきっと強力な射手になれるはずだ。
しかし、戦いたくないか……逆になんでミノタウロスはエルフたちを襲ったんだろう。しかも急に突然に。
モーを見る限り、彼らは生まれつき好戦的というわけでもなさそうだ。恩を感じた者は襲わないのだから。
ミノタウロスがエルフたちを襲った理由が分かれば、これ以上の争いを避けられるかもしれない。
俺はそんなことを考えながら弓を作る。
そうこうしていると、エルフたちが逃げてきた森へと到着するのだった。




